―いつか思い出になる品―
それから暫くの間、ザンとルーフは祭りを見物していた訳だが、初めて祭りを経験するザンには目に映るもの全てが珍しいようで、そのテンションは天井知らずに上がっていく。
その上、彼女には一般常識が欠如している部分もある為、その相手をするルーフにとって、それに対応するのはかなりの重労働だった。
「ザ、ザンさん、大道芸人への『おひねり』は、銅貨でいいですって。
金貨みたいな大金を、投げないでくださいよ!」
「そんなもんなのか?
でも、めでたい日だし、いいじゃない」
「だぁーっ、そんなことをやっていたら、すぐに文無しになってしまいますってばぁ!
リックさんから借りたお金だって、そんなに残っていないんですからぁ!!」
と、このような問答を幾度となく繰り返している。
しかし、とある露店の前を通り過ぎると、ザンは急に大人しくなった。
「……?」
ザンは商品棚の一点を凝視して、立ち尽くしていた。
訝しみながらルーフが、彼女の視線を辿ってみると、そこには――、
(…………ぬいぐるみ?)
ザンがまさに物欲しそうに見つめているのは、小型犬ほどの大きさの、熊のぬいぐるみだった。
「あの……ザンさん?」
ルーフに呼びかけられたザンは、ハッと我に返り、何故か慌てた。
「な、何だ?」
「あのぬいぐるみ……欲しいんですか?」
「ばっ、馬鹿言うなよ!?
この私が、ぬいぐるみを欲しがるような年齢に見えるかぁ?」
と、ザンはひどく狼狽し、裏返った声で否定する。
「でも、ジッと見ていたし」
「い、いや、それはだなぁ、ルーズベルトみたいで可愛いからつい……じゃなくてぇっ!!
……そうだ! 叔母様ってこういうの好きそうだから、誕生日プレゼントに良いんじゃないかと思ってさ」
「……なんですか、ルーズベルトって?」
ザンが幼少時代に、母から作って貰った熊のぬいぐるみである。
当然、ザンからの説明は無いが。
「それに『そうだ』って、今思いついたのがバレバレじゃないですか……。
大体、シグルーンさんこそ、『ぬいぐるみが欲しい』って年齢じゃないですよ?
…………まあ、あの人なら、思いっ切り喜んでくれるとは思いますけどね……」
「だ、だろ?」
ザンは引き攣った笑みを浮かべながら、ルーフの言葉に同意する。
そんな彼女の様子に、ルーフは小さく嘆息した。
「それじゃあ……旅の路銀からお金を出して、僕とザンさんからの誕生日プレゼントってことで、シグルーンさんへあのぬいぐるみを贈りますよ?」
「う、うん……」
ルーフの言葉にザンは頷いた。
しかし、彼女はちょっとだけ残念そうだ。
やはり叔母へのプレゼント用にではなく、自分用に欲しかったのだろう。
「あ、おばさん。
そこのぬいぐるみ、色違いのを1つずつ――全部で5つください」
「えっ? 5つも買うのか?」
「シグルーンさんを相手に、1つだけではささやか過ぎるでしょ?
それにあれだけ広い城ですから、ぬいぐるみの5つや6つくらい、邪魔にはならないでしょうし」
「ああ……そうだな」
「じゃあ、これザンさんが持ってくださいよ。
落としたりしたら駄目ですからね?
まあ、5つもあるんですから……1つぐらいなら無くしても、どうってことはないですけどね」
ルーフはぬいぐるみの入った大きな袋をザンに手渡し、「無くしても構わない」というところを強調しながらそう言った。
つまるところ彼は、「ぬいぐるみの1つはあなたの分ですから、シグルーンさんへ渡す前に着服して下さい」と言いたいらしい。
ルーフはぬいぐるみは欲しいが、年齢を気にして買えないザンの為に気を利かせてくれたようだ。
彼女は一瞬呆気に取られたような表情をしたが、すぐにカクカクと忙しなく頷いた。
「うんうん、私が持つ。
……ありがと……」
「何で、『ありがとう』何ですかぁ?」
と、ルーフはからかうように笑う。
「お、叔母様の代理で、礼を言っただけだい……」
ザンは照れたようにそっぽを向いた。
ルーフもそれ以上突っ込むと、彼女が本気で怒り出すような気がしたので、さらりと話題を変える。
「さあて……。
ちょっと遅いですけど、昼食にしますか、ザンさん?」
「ああ、そだね。
それじゃあ、この前の店に行こうか。
あそこ美味しかったし。
……あ、私はちょっと用事があるから先に行ってて」
「? そうですか?
じゃあ、先に行って店の前で待ってますから」
去っていくルーフの背を見送った後、ザンは「にへら」と相好を崩し、ぬいぐるみの入った袋をギュッと抱きしめる。
余程、嬉しかったらしい。
「へへ……この子には『ルーズベルト二世』って、名付けようかなぁ」
と、遠い過去に母が作ってくれたぬいぐるみのことを思い出しながら、ザンは嬉しそうに呟いた。
ザンは今、かつての両親と同じように安らぎを与えてくれる人達が、自身のまわりに沢山いることを実感していた。
今の自分は間違いなく幸せなのだと、思う。
そして、この幸せは、このままでは長く続かないということも……。




