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―生誕祭の昼―

 ポン、ポポン。


 透き通るように澄んだ春の青空に、軽快な花火の音が響き渡る。

 今日、4月1日はアースガルの住民が、日々心待ちにしていた祭りの日だった。

 この祭りは、もう200年近く前から毎年のように行われる伝統的なものであり、その由来はかつてこの地を治めていた偉大な女王の生誕を祝う為のものだったという。

 

 だが、長い年月を経た結果、今日(こんにち)ではそんな由来を知っている者も少なく、ましてや、かつての女王の生誕の日を寿(ことほ)いでいる者は、一般住民の中には皆無だった。

 

 そう、住民達にとっては、大騒ぎをして日々の生活の中で鬱積したストレスを発散できるのならば、それでいいらしい。

 そんな調子なので、今年の祭りが例年よりもかなり大掛かりなものとなっていることについて、いちいち、気にしている者は特にいなかった。

 

 ともかくアースガルの城下町は、陽気に浮かれた住民や、旅芸人の一座、露天商、祭り目当ての観光客と、それを獲物とする盗賊などでごった返している。

 街中が日常とはかけ離れた別世界の雰囲気で包まれており、だからこそ事件や事故も起こりやすい。

 

 そんな訳で、非公式にではあるが祭りの主役であるかつての女王と、その近親者を除いた「戦乙女騎士団」の面々は、総出で街の警備にあたっている。

 彼女らにとって、1年のうちでこの日が1番忙しい。

 

「うわ~、凄い騒ぎだなぁ……」

 

 城の尖塔の小窓から、街の様子を見下ろしていたザンは、感嘆の声を漏らした。

 

「それにしても……私の為にパーティーを開くとか言っていたので不安だったけど、結局は叔母様の誕生祝いだったんですか」

 

 ザンはホッとしたように振り向いて、シグルーンに語りかけた。

 

「まあね。

 でも、いつもはここまで派手にはやらないのよ。

 この騒ぎの3分の1は、リザンちゃんの為のものよ」

 

「3分の1?」

 

 シグルーンの言葉に、ザンは小首を傾げる。

 このお祭り騒ぎはシグルーンの誕生日と、自身の全快を祝うものだとザンは認識していた。

 だが、あともう1つの要素があるらしい。

 

「ええ、3月25日はルーフ君の誕生日でしょ。

 私と近かったから、ついでに祝ってしまおうと思って」

 

「そ、そうなのか?」

 

 ザンは横にいたルーフに問うが、彼はかなり(いぶか)しげな表情で、シグルーンの方を見ていた。

 

「な……なんで知っているんですか? 

 教えた憶えはないんですけど……」

 

「ほほほほ、仮にもかつては一国の女王。

 正体の知れぬ者を、側において置くはずがないでしょう? 

 私の情報網を見くびらないことね!」

 

((怖っ……))

 

 ザンとルーフは、改めてシグルーンの恐ろしさを思い知った。

 確かに城の安全を守る立場にある城主としては、城の滞在者が問題のある人物かどうか、その素性を調べる必要性があったことは否定しないが、だからといって何処でルーフの素性を調べたというのだろうか。

 

 ルーフのことを詳しく――それこそ誕生日までも知る人物は、彼と同郷の者でもそう多くはないだろう。

 しかもその故郷であるコーネリアは、邪竜によって消滅させられているのだ。

 かつての住民が何処へ移住したのかを捜すだけでも、かなり骨の折れる作業になるはずだ。

 

 それにも関わらず、ルーフの誕生日さえも調べあげたシグルーンの情報網は、やはり恐るべしと言わざるを得ない。

 

「ふ~ん、そうか、ルーフも誕生日なんだ。

 何歳になったんだ?」

 

「15歳ですけど」

 

「ええっ!? 

 13歳になったんじゃなかったのっ!?」

 

 ルーフの答えに、シグルーンは驚愕した。

 

「…………何で叔母様が驚くんですか? 

 誕生日まで調べておいて、年齢は調べなかったとでも?」

 

「へ……変ねえ……。

 でも、報告書では確かに12歳……くらい? 

 なんなの、この『くらい』って? 

 確かに正確な報告ではないわねぇ……」

 

 シグルーンは手元の報告書を見つめながら、首を傾げた。

 

「まあ、見た目は確かにそのくらい……って言うか、15歳になんかとても見えないもん。

 みんな間違えて憶えていたのかもな……」

 

「そ、そんな……。

 皆の僕への認識って、その程度だったってこと?」

 

 同郷の者から誤った認識をされていた事実に、ルーフは愕然とした。

 

「まあ、ともかく。

 夜のパーティーまでにはまだ時間があるから、祭りの様子でも見物してきたらどうかしら、リザンちゃん?」

 

「え、いいんですか?」

 

「ええ、せっかくの祭りなんですもの。

 沢山遊んできなさい。

 でも着付けとかの準備もあるから、陽が沈むまでには帰ってくるのよ?」

 

「分かりました。

 それじゃあちょっと行ってきますね。

 私、祭りって行ったことが無かったから、実は楽しみにしていたんですよ! 

 さあルーフ、行っくぞーっ!」


「わわっ、そんなに急がないでくださいよ、ザンさんー!」

 

 ザンはルーフの手を引いて、慌ただしく走り去っていく。

 そんな2人を見送りながらシグルーンは、

 

「さて、私も遊びに行こうかしら~」

 

 と、ザン達の後に続こうとした。

 しかし、その時――、

 

「あ、母上。ここにおられたのですか? 

 そろそろ一族の者が集まってくるので、出迎えの準備を……って、何を悔しそうに舌打ちしているのですか……?」

 

 不思議そうな顔で問いかけるフラウウヒルデへ、シグルーンは沈鬱な表情を向けるのであった。

 

「…………フラウのいけず」

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