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―制圧される者達―

「はあっ、はあっ」

 

 足場の悪い森の中を、男は必死で駆ける。

 もうどれくらい走ったのだろう。

 既に呼吸は激しく乱れ、全身が汗に濡れている。

 しかしその汗は激しい運動によって上昇した体温を調節する為に流したものではなく、焦りと恐怖による冷や汗であった。

 

「……!!」

 

 男は小石に躓き、勢い余って草深い茂みの中へと頭から突っ込んだ。

 しかし彼は「これ幸い」と、その茂みの中に伏せて身を隠す。

 もうこれ以上走れそうになかったからだ。

 

 そして乱れていた呼吸を、必死に落ち着かせようと努める。

 さすがは積み重ねてきた訓練の賜物か、呼吸はわずか十数秒で整い、男はその気配を完全に消した。

 こうなれば最早何者にも、彼の存在を感知できないはずであった。

 

 だが、そんな男へと、何処からともなく放たれた拳大の魔力の塊は、正確に狙いを定めて襲いかかる。

 

「!?」

 

 男は慌てて茂みの中から飛び出し、再び走り出した。

 

(な……何故だっ!? 

 いくら気配を消しても、正確に俺を狙ってくる。

 それ以前に、いくら逃げ切ろうとしても、俺の行く先へ先回りしてくるのは何故だ!?

 一体……あいつは何者なんだ!?)

 

 男は辛うじて攻撃をやり過ごした――かに思えたのも束の間、四方八方から次々と無数の攻撃が続く。

 男はその攻撃の直撃を受けて、力無く崩れ落ちた。

 

「ば、馬鹿な……皇室近衛兵としての訓練を受けたこの俺が、あんなガキに……!!」

 

 本来、彼は集団で行動し、仲間との連動し統制された動きで目的を遂行する、特殊な兵士であった。

 しかし独りであるが故に、彼の持つ力が完全に発揮できなかったとしても、彼単体でもその能力は並の兵士のそれを軽く凌駕する。


 通常ならば、個対個の戦闘はおろか、個対多数の不利な戦闘にさえ勝利することも可能だ。

 そうでなければ、王を守る近衛兵になることなどできはしない。

 

 その彼があっさりと敗北した。

 これはそれを為した相手が、いかに並外れた手腕の持ち主であるのかを、如実(にょじつ)に物語っていた。

 

「まずは1人ですね、ファーブさん」

 

 と、倒れ伏した男の近くにある茂みから、ルーフとファーブが姿を現した。

 

「あっさりとまあ……。

 時々凄いな、お前……」

 

 ファーブが驚愕混じりの口調で(うな)る。

 

「へへへ……。

 ここには()の精霊が沢山いますからね。

 精霊達に聞けば、相手の動きなんてすぐに分かりますから……。

 この森の中にいる限りは、逃がしませんよ」

 

 得意気にルーフは胸を張る。

 

「さすがは精霊の血を引くだけあるな……。

 さて、残る連中は何処だ?」

 

「ああ、それならすぐに片付きますよ」

 

「あ?」

 

 突然、ルーフの頭上の樹の上から、2人の男が飛び降りてきた。

 手には短刀を握っている。

 

「無用な殺生は避けたいところだが、御免!」

 

 彼らはどうやら逃げられぬと踏んで、追っ手の強制排除へと行動指針を切り替えたようだ。

 しかし、ルーフはさほど動じた様子もなく――、

 

「ぶっ!?」

 

 男達はルーフの張った防御結界の壁にぶち当たり、蛙のごとき姿勢でへばりついた。

 そんな彼らに向けてルーフは(てのひら)をかざし、結界を解除すると同時に魔力の衝撃波を放つ。

 2人は衝撃に吹っ飛ばされて近くの樹に激突し、そのまま気絶した。

 

「ハイ、片付きましたよ」

 

「……………………」

 

(まさか短期間でこうも上達するとは……。

 予想外に掘り出し物だよ)

 

「……って、もう1人、仲間がいたような気がするんだが……」

 

「へ……?」

 

 ファーブに指摘されて、ルーフはすぐさま周囲の精霊と交信を試みる。

 

「……駄目ですね。

 確かにもう1人いたのは確かみたいですけど、なんだか報告が混乱していて、何処へ行ったのかは分かりません」

 

「ふむ……となると転移魔法でも使って逃げたか。

 まあいい、とりあえず、こいつらを城に連行しようか」

 

「……この人達、どうなるんですかねえ……? 

 訊問くらいは当然受けるにしても、シグルーンさんのことだから、拷問とか加えかねないような気がするんですけど……」

 

「…………有り得るなな。

 と言うか、確定って感じ?」     


 ルーフとファーブは顔を見合わせた。

 彼らに拷問が加えられるようなことになると、少々後味が悪い。

 

「ちょっと……いや、かなり可哀相かも…………」

 

 自身で捕まえておいてなんだが、思わずこの男達の行く末を、ルーフは哀れんだ。

 ファーブも「見て見ぬふりをしてやればよかったかな……」とか思ってしまう。

 

「しかし……こいつらを逃がして、後々問題が起こった時に、ザン達に責められても嫌だしな」

 

「…………そうですね」

 

「ま、シグルーンのことだから、殺しはしないだろう……。

 別に無茶苦茶悪いことをした訳んじゃないんだしさ」

 

「そ、そうですよね」

 

 と、彼らは自らの安寧の為に、この侵入者達をシグルーンへの生贄に捧げることに決めた。

 なお、国によっては、スパイ行為は問答無用で死刑である。

 

「皆が幸せになれる方法が見つかればいいのに……」

 

 そんな叶うアテの無い空々しい願いごとを呟きながら、ルーフはロープで手際良く男達を縛り上げる。

 

「……結構いい性格をしているよな、お前も……」

 

 言動を一致させていないルーフの姿に、ファーブはなんだか末恐ろしいものを感じるのだった。

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