―ドレスを着よう―
「ええっ、私にドレスですかぁ!?」
アースガル城のとある一室――。
シグルーに呼び出されたザンは、彼女から告げられた提案にすっとんきょうな声をあげた。
「そ、やっぱりパーティーには、ドレスで出席しなくちゃね」
「でも……私、そういうの着たことが無くて……」
「大丈夫、大丈夫!
姉様って凄くドレスの似合う人だったから、その娘のリザンちゃんもきっと似合うはずよ。
なんなら、姉様のドレスが残っているから、着てみる?」
「え、母様の?」
ザンの顔は途端に、好奇心に充ち溢れたものとなった。
今亡き母の着ていたものに、やはり興味はあるらしい。
「う……ん、それじゃあ見せてもらえますか?」
「ええ、いいわよ」
と、シグルーンがドレスを用意し始めたその時、
「なあ、ザン。
さっき、怪しい連中を見かけたんだけど……」
竜の目玉のファーブが、何処からともなく姿を現した。
「あ~、そんなのあとあと!
今忙しいんだから」
しかしザンは、今はそれどころではないと、「しっしっ」と手を払ってファーブをぞんざいに扱った。
「いや……しかしだな……」
「駄目ですよぉ、ファーブニル様。
これからリザンちゃんは、姉様のドレスを着るのですから。
着替えを覗く気ですかぁ~?」
「そんな訳無いだろ…………ん?
母親のドレスか。
じゃあ……暫く駄目だなこいつらは……」
「うん、駄目~」
と、ザンはウキウキとした様子で答えた。
ファーブもザンが母親のことになると性格が変わると言うか、見境が無くなることを熟知しているし、彼女の相手をしているシグルーンも似たようなものなので、あっさりと諦めることにする。
「仕方がない……それじゃあ……あいつに」
と、ファーブは姿を消した。
「さて、邪魔者も消えたし……。
リザンちゃん、これなんてどう?」
「あ、綺麗。
へぇ~、母様ってこんなの着ていたんだぁ~」
しげしげとドレスに見入るザン。
そのドレスは200年も過去のものなのに、少しも古びた様子が無かった。
素材がかなり良質だったということもあるのだろうが、シグルーンが余程大切に保管していたということは、想像にかたくない。
「まあ、パーティー用のドレスだから、姉様はあまり着なかったのだけどね。
姉様ったら、いつも剣のことばっかりで……。
それでも、たまにそのドレスを着たら、やっぱり綺麗だったわよ」
「ふ~ん……」
ザンは母がこのドレスを着ている所を想像して、何故か思いっ切り照れてしまった。
無意識の内に、自身の姿を想像に重ねてしまったのかもしれない。
こんなドレスを着る機会は今まで無かったが、彼女も全く興味が無かったという訳ではないのだ。
「見ているだけじゃなくて、着てみなさいよ。
城に居た頃の姉様と、今のリザンちゃんの身長って、殆ど同じだから着られるはずよ」
「え……でも……う~ん」
ザンは暫しの間悩む。
やっぱり着てみたいという想いはあるが、今まで全く縁の無かったものに触れるというのも、ちょっと怖い気がしてしまうのだ。
自分のように粗野な人間に、こんな繊細な衣装が似合うのだろうか……とも思う。
それでも――、
「着て……みようかな?」
やはり、1度は普通の娘のように着飾ってみたいという、誘惑には逆らえなかった。
そして、数分後――。
室内は重苦しい空気で満たされていた。
「うん……、大体サイズは同じようね」
ザンのドレス姿を眺めつつ、シグルーンは呟いた。
しかし、その言葉は何処か乾いた響きが混じっており、彼女の頬には一筋の冷や汗が流れている。
ザンが着た母のドレスは、概ねサイズも合っていたのだが……ただ1ヵ所だけ、致命的にサイズが違っていた。
「なんか……胸の所が、めっちゃスカスカするんですけど…………」
ザンは重い口調で呻く。
ザンの母、ベルヒルデの胸は、世間一般の婦女子と比べても特別に豊満ではなかった。
だが、だからと言って貧弱でもなかった。
つまり平均レベルである。
しかし、ザンの胸のサイズは、その母よりも大きく下回っていた。
その現実を思い知らされて、彼女はかなりのショックを受けているようだ。
「だ、大丈夫よ、ちゃんとリザンちゃん用に仕立て直して上げるから。
フラウ、フラウはいる!?
いないなら、アイゼでも誰でもいいから、ちょっと仕立屋さんを呼んできてちょーだいっっ!!」
「………………」
慌てたように伝声管に向かって叫んでいるシグルーンの様子を見て、ザンは気分を更に落ち込ませた。
床にしゃがみ込み、指で「の」の字(に形状が該当する、この世界の文字)を書いていたりする。
(あちゃ――――っ!)
シグルーンは、そんな痛々しいザンの姿に、声をかけることも躊躇う。
しかし、このまま放っておく訳にもいかず、
「…………姉様のドレスを着せるなんて、余計な真似してごめんなさい。
最初っから、オーダーメイドにしておけばよかったわ……」
取りあえず、済まなそうに詫びる。
「叔母様が悪い訳じゃありませんよ。
……私の胸が小さ……いえ……えと…………とにかく私の胸が悪いんですから……」
と、ザンは弱々しく首を左右に振り、「フッ」と微かな笑みを浮かべた。
何処か自虐的な笑みだった。
「……元気だして、リザンちゃん。
大丈夫、胸が……その……なんだって……生きていれば、きっといいことあるから……」
シグルーンはザンの肩にポンと手を置いて励ましつつも、思わず涙するのだった




