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―母の真意―

「……『騎士である自分が、こんな卑怯な技術は学べません』なんて、よく考えもしないで答えようものなら、あなたごとその本を()しちゃおうかと思ったけど……。


 まあ、いいでしょう。

 騎士だの礼節だのにこだわっている割には、柔軟な思考だわ。

 さすがは私の娘ね」

 

 シグルーンはニッコリと微笑み、指先の炎を消した。

 一方、フラウヒルデは安心するどころか、一層蒼白となった。

 あなたごと本を燃す――間違った答えを言えば、シグルーンは本気でやっていただろう。


 勿論大怪我しない程度には手加減はしてくれるだろうし、後でちゃんと治癒魔法も施してくれるのだろうが、だからこそやる時には躊躇(ちゅうちょ)なくそれを実行する。

 後々のフォローはするが、その代わりに容赦も無い──母はそういう人間だった。


(あ…………あぶなかった……)

 

 少しは騎士の形にこだわりたい気持ちがあったフラウヒルデは、自身の思い切った英断に拍手を送った。

 

「そうそう、柔軟な思考ができない人間は、何をやってもすぐに行き詰まってしまうのよ。

 常識に囚われて、自分の能力の限界を見てしまうの。

 でも、本当はちょっと見方を変えるだけで、色々な方向に伸びる道があることに気付くことができるはずよ。

 その道を見ることができない者は、いくら努力しても堂々巡りで成長できないし、その程度の人間が他の誰かを守ったり、人の上に立ったりするなんて、もっての(ほか)ね」

 

「それでは……この本が、私の新たな道となるというのですか? 

 いえ、それ以前に私の騎士としての道は、行き詰まっているのでしょうか……母上?」

 

 何処か傷ついたような表情をしたフラウヒルデの言葉に、シグルーンはゆっくりと首を左右に振る。

 

「ううん、騎士道には終わりは無いし、あなたの騎士としての剣術はまだまだ伸びるわよ。

 いずれは、私と並ぶことだってできるでしょう」

 

「それでは……母上?」

 

「でもね、あなたの剣の技術は殆ど完成しているから、これ以上の急激な成長は無いと思うの。

 後は長い年月の中で、実戦経験の蓄積しかその技を磨く(すべ)は無いのよ。

 私だって200年という経験の積み重ねがあったからこそ、現在のこの能力(ちから)がある訳で、元々剣術は得意ではなかったし、100年くらい前は今のあなたと大差無い実力しかなかったわ」

 

「100年前の母上が、今の私と同じくらい……。

 それでは……私が今の母上と同じくらいの実力を得るには、あと100年くらいかかるということですか?」

 

「ううん、あなたは私よりもはるかに剣の才能があるから、もっと早く私を超えることもできると思うわ。

 それでも何年か、あるいは何十年かはかかるかも知れないわね……。

 だから、今すぐにあのリチャードとかいう男と互角に戦えるようになる為には、もっと思い切ったことをやらなくては駄目だと思うのよ」

 

「その打開策が……この本ですか」

 

 フラウヒルデは本の表紙に目を落とし、表情を引き締めた。

 

「そう、その本には隠形(おんぎょう)の方法から、東方の剣術、投擲手裏剣などの多種多様な武器による戦闘方法、果ては火薬の扱いまで――様々な技術が記されているわ。

 幸いフラウは器用だから、技術の習得には苦労しないでしょう。

 それで確実にあなたの戦闘スタイルの幅は広がる。


 後はその習得した技術を、状況によって使い分けることができるか、騎士剣術と手裏剣などの異なった武器や技術を組み合わせて使うことができるかどうかで、あなたは今よりももっと強くなれるはずです」

 

「私にできるでしょうか……?」

 

 不安そうなフラウヒルデ。

 しかし、シグルーンはそんな彼女の不安を一蹴するように、

 

「できます! 

 あなたは私の娘で、姉様の姪で、ベーオルフ様とファーブニル様の血を受け継いでいるのですから。

 その潜在能力は、あなたと同じ血を持つこの私が、生きた見本として保証します!」

 

 と、力強く娘を激励した。

 

「…………分かりました。

 私、やってみます!」

 

 フラウヒルデは自信を得たように、口元に笑みを浮かべる。

 

「うん、頑張りなさいね。

 あ、そうそう……、さっきのあなたの答えは満点ではないのよ」

 

「え? と……言いますと……?」

 

「現状では、剣術では私やリザンちゃんに、魔法でも私とそしてルーフ君にさえも、あなたが勝つことは難しいでしょ?」

 

「ううっ、それは……!」

 

 母の容赦ない言葉に、娘は激しく傷ついた。

 

「だけどやっぱり何かで、1番になりたいじゃない? 

 その点この『忍術』という技術は、殆どこの大陸では無名で、あなたがこれから切り(ひら)いて行かなくちゃならないのよ。


 どうせやるからには、一流派を(おこ)すくらい極めなさい。

 それができればあなたはこの分野において、世界有数の使い手であることになり、歴史に名を残すことだって不可能ではありません。

 武人としては、悪い話ではないでしょう?」

 

 結局のところ、シグルーンがフラウヒルデにこの本を渡したのは、「娘に花を持たせてあげよう」という、母親としての甘やかしであった。

 それでも、娘としてはその心遣いが嬉しく、彼女は満面の笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます、母上っ!」

 

 娘の喜ぶ顔を見て、シグルーンも満足そうに「うんうん」と(うなづ)くのだった。

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