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―竜を斬り裂きし者―

『クク……死体が残る程度に、少しは手加減してやればよかったかな?』

 

 ブロッザムはザンの死を確信する。

 彼の周囲はまだ、魔法攻撃によって生じた炎や煙に満たされており、人間の生死を確認することは不可能に近かったが、今の攻撃は中位の竜族ですら絶命させるだけの威力があった。

 ましてや人間が生き残れるはずが無い。

 本来ならば、その生死を確認する必要は皆無だ。

 

 しかしブロッザムは気付いていなかった。

 爆風に乗って、上空へと舞い上がった存在に。

 やがてその存在は重力に引かれ、ブロッザム目掛けて落下し始める。

 

 それはザンであった。

 その身体には、火傷1つ負っていないどころか、衣服に汚れすらもついていなかった。

 

「ハ――――ッ!!」

 

 ザンは鋭い気合いの声をあげつつ、落下スピードが伴った斬撃をブロッザムへと叩き込む。

 

『グワアアアアァァァーッ!?』

 

 予想外の攻撃を受けたブロッザムは、混乱の念が入り交じった悲鳴を上げた。

 信じられないことに鋼鉄よりも硬いはずの彼の皮膚が、ザンの一撃によってあっさりと斬り裂かれ、大量の血飛沫が傷口より吹き上がっていた。

 

『グワ……ガオオォ……』

 

 おそらく数百年ぶりに味わうであろう激痛に、ブロッザムは悶え苦しむ。

 傷は決して浅いものではなく、普通の生物ならば致命傷だったはずだ。

 だが、竜の強靱な生命力は、その傷すらも瞬時に再生させていく。


 もっとも、その動揺した精神は、容易には回復しなかったが。

 

『ば、馬鹿なっ!! 

 なぜ貴様が生きている!? 

 人間如きが我が魔法を受けて、生きていられるはずが……!!』 

 

「ふん……私が防御結界を張る可能性も、考えなかったのか?」

 

『人の持つ魔力量で形作った結界程度で、我が攻撃に耐えられる物かっ!?』

 

 先ほどまでの超然とした態度は完全に消え失せ、ブロッザムは狼狽しきった声を上げた。

 その姿には最早、超越者としての威厳はどこにも無い。

 しかし彼が傷を負うということは、それだけ異常な事態であった。

 

(しかも、こうも安々と我に深手を負わせるとは……。

 有り得ん! 

 たとえ相手が竜族であったとしても、こんなことは有り得んはずだ!)

 

 ブロッザムには、自身に起こったことがどうしても信じられなかった。

 かつての邪竜大戦の時ですら、これほどまでに敵に後れを取ったことは無い。

 そんな彼に対してこれほどの傷を負わせることが、ただの人間に可能であるはずは無かった。

 

(こ……この娘は一体……!?)

 

 戸惑うブロッザムへ向けて、ザンは嘲笑を浴びせかける。

 

「ブロッザムとかいったっけ? 

 あんたも全然大したことないなぁ。

 分身が斬られてなお、この私を見くびるなんて、ちょっと頭悪すぎないかぁ?」

 

 ザンが発した挑発的な言葉に、ブロッザムは怒り狂う。

 だが──、

 

『ふざけるなっ! 

 このブロッザムが大したことないだと? 

 200年前の大戦でも、数多(あまた)の竜族や斬竜剣士(・・・・)どもを退(しりぞ)けたこの我が――……あ?』

 

 と、自らが今しがた口にした言葉に、ブロッザムはハッと気付いた。

 そうだ、この娘が手にしている剣には、確かに見覚えがある。

 

『ざ、斬竜剣士……?』

 

 ザンは「ようやく気がついたか」とでも言うように、フーッと、大きく溜め息を吐いた。

 だがそんな呆れたような態度をすぐに正し、彼女はブロッザムへと(おごそ)かに告げる。

 

「火炎竜ブロッザム。

 お前のような邪竜が世にはびこることを、竜王ペンドラゴンは嘆いているぞ……!」

 

『……!!』

 

 竜王ペンドラゴン――ブロッザムは、彼ら邪竜族の仇敵たる竜族の統治者の名を耳にして、大いに狼狽えた。

 だがそれも当然であろう。

 

 ただの人間が、その名を知り得るはずはない。

 だから目の前の女は、竜王の息がかかった刺客であることは疑いようもなかった。

 そして人の姿を持つ竜王の刺客には、ブロッザムにも心当たりがある。


 それは邪竜族の「天敵」と呼んでも過言では無い存在。

 竜王が生み出した最強の戦士――「斬竜剣士」と呼ばれる一族である。

 しかし――、

 

『ばっ、馬鹿な!? 

 滅びたはずだ! 

 貴様達は200年前のあの戦いで、滅びたはずだぞ!』

 

「ああ……あんた達邪竜の所為で、確かに滅びたよ。

 私以外の、一族全員がね!」

 

 ザンの表情は見る見る間に、怒りの色で満ちていく。

 

「だから一族を滅ぼしたお前達邪竜を、1匹たりとも生かしてはおけないんだっ! 

 今度は私の手で、お前達を滅ぼしてやるっ!!」

 

 ザンはその台詞が終わりもしないうちに、ブロッザムへ向けて猛スピードで駆け出した。

 手にした剣からは、肉眼でもはっきりと確認できるほどの闘気が立ちのぼっており、それに脅威を感じたブロッザムは、慌てて攻撃魔法を彼女目掛けて撃ち込んだ。

 

 それはとっさの攻撃であるが故に、呪文詠唱を行わなかった所為で本来の数分の一の威力も伴ってはいなかったが、それでもその攻撃は、ザンのいた周辺の地面を爆砕する。

 しかしいかに威力があろうとも、命中しなければ意味が無い。

 そこには既に、彼女の姿は無い。

 

『くっ!』

 

 ブロッザムは続けて攻撃魔法を繰り出すが、その全てが空振りに終わる。

 ザンの移動スピードが速すぎて、狙いが定まらないのだ。

 詠唱省略によって威力を犠牲にし、速射効率のみを重視して放った攻撃にも関わらず、彼女はそれらを物ともせずに、着実に間合いを詰めてくる。

 

 あるいはブロッザムが、周囲の空間全てに及ぶ攻撃を仕掛けていれば、さすがにザンも防御に徹せざるを得なくなり、その動きを止めることができたかもしれない。

 だから彼は、自らにとって最も高い威力を誇り、そして最も効果範囲が広い攻撃を試みる。


 (すなわ)ち、竜種最大最強の攻撃手段の1つに数えられる、(ブレス)攻撃である。

 

 しかし、とっさに口腔から炎を吐き出してザンを迎え撃とうとしたブロッザムだが、時は既に遅く、彼女の剣の間合いは彼の巨体の殆どを占めていた。

 

『ヒッ……!』

 

 ブロッザムが上げようとした悲鳴は、途中で強制的に中断させられることとなった。

 紅い軌跡がブロッザムの喉元に奔る。

 

 バツンという切断音の直後、ブロッザムの首は安々と宙に飛んだ。

 その首をザンは更に数回に亘って空中で斬りつけ、粉微塵に破壊する。

 まさに「殺しただけでは飽き足らない」とでも言うかのように、容赦無く徹底した作業であった。

 

 一方、頭部を失ったブロッザムの胴体は、先ほど吐きかけた炎を首の切断面から吹き上げつつ、切り離された蜥蜴の尻尾のように激しくのたうっていた。

 死してなお、未だ彼は周囲の物体を押し潰し、そして燃やし尽くす巨大な災厄そのものであったが、それでもその動きは徐々に弱々しくなっていき、やがて完全に沈黙する。

 

 3800年以上もの長き年月を生き、人々を苦しめ続けた竜にしては、あまりにも呆気ない最期であった。

 いや、彼を倒したザンが強すぎたからこそ、そう見えると言うべきか。

 

「ふん…………!」

 

 ザンは最早永遠に動かなくなったブロッザムの屍に対し、唾棄するかの如き視線を投げかけた。

 だが、それにはわずかな疑念の色も混じる。

 

(しかし何だ……? 

 どうも分身との意志疎通が、上手くいっていなかったようにも見えたが……。

 この剣に気づいた時や、分身が斬られた時点で、私の正体に気がついても良さそうなものだがな。

 余程私のことを舐めていたのか、それとも……)

 

 竜は自らと同じ血を持つ分身の肉体のみならず、その精神さえも共有・支配することができる。

 だが、ブロッザムがそれを行っていた様子は、殆ど見られない。

 必要無しと、あえてそれを行わなかったのか、あるいはそれができない理由があったのか……。

 

 たとえばブロッザムもまた、カードと同様に何者かの分身の1つに過ぎなかったという可能性だ。

 カードとブロッザムが同列であるのならば、意識の支配や干渉は本体が行うそれよりは、どうしても劣るだろう。


「……『分身には違いない』とか、なんか引っかかることも言っていたし……。

 まさか他に黒幕がいたりするんじゃないだろうなぁ……?」

 

 そんなザンの推測が正しいのならば、このコーネリアから竜の脅威は、未だ払拭されてはいないのかもしれない。

 しかもその脅威の正体は、竜種において上位に位置する火炎竜をも分身として扱うような、凄まじく強大な存在である可能性が高い。

 

(まあ、当面の敵は排除したから、ゆっくりと調べていくか)

 

 と、ザンが気を抜きかけたその時である。

 

「!?」

 

 ザンは背後にあった瓦礫の山の中から、何かが動く気配を感じた。

 彼女が解きかけていた戦闘態勢を、再び取ろうとすると、

 

「プハ――――ッ!」

 

 そこには酸素を取り込もうと、瓦礫の下から必死で這い出してくるルーフとファーブの姿があった。

 そんな訳でザンの年齢は200歳以上ですが、その割に精神が老成していない理由は、後ほど本編で。詳しくは2章かなぁ。

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