―パーティーの準備と学ぶ少年―
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パーティーという、かつて経験したこともない事柄を持ち出されて、ザンは少し身構えるが、
「美味しいものとか、沢山用意するわよ」
「あ、それは楽しみですね」
食べることが大好きなザンは、瞳を輝かせた。
美味しい物を食べていれば、彼女はご機嫌なのである。
「あと、一族の皆も呼んで……。
どうせならハデにいきましょう!
そうねぇ……パーティーは1ヶ月半後。
さあ、今から準備しなくちゃ!」
「いっ? 今から!?」
ザンはシグルーンへと、慌てて異議申し立てをしようとしたが、
「それじゃあ楽しみにしていてね、リザンちゃん♪」
と、シグルーンは聞き耳も持たずに、浮かれた様子で部屋を出ていってしまった。
まさに「思い立ったが吉日・善は急げ」を地でゆく人である。
「……準備に1ヶ月半かかるパーティーって、どういう規模……?」
どうやらシグルーンは、ザン1人の為にとてつもなく大掛かりなパーティー――もしかしたら「祭り」言った方が良いのではなかろうか――を開くつもりらしい。
一体、どれだけの人員と大金が動くのだろうか……。
想像するだに恐ろしい。
(なんだか、とんでもないことが、進行し始めたような気がする……)
と、ザンは胸中に不安を募らせるのであった。
ある意味、邪竜なんかよりもずっと怖かった。
「ふ~ふふん、ふ~ん♪」
酷く調子の外れた鼻歌を鳴らしながらシグルーンが廊下を進むと、前方から1人の少年が歩いてきた。
「あら、ルーフ君。
これからリザンちゃんへのお見舞い?」
と、シグルーンは陽気に呼びかける。
彼女はこの女の子にも見えなくもない、線の細い少年がお気に入りだった。
理屈抜きで可愛いと思う。
それに精霊の血を引いているということで、ザンの傷を癒やす時にはかなり助けられているし、性格も多少頼りなげだが、誠実で礼儀正しくて大変に宜しい。
(ふふ……この先リザンちゃんとの関係が楽しみねぇ。
きっとお似合いだわ)
やはり姪には立派な男性と結ばれてほしいらしく、シグルーンは早くも余計なお節介を画策し始めている。
まあ、彼女も無理強いするつもりは無いようで、「やっぱり自然に出会って、自然に親密になっていくのが1番ね」――と、今のところは最も理想的な条件を満たしているルーフを、標的にしているようだった。
「あ、シグルーンさん。
シュークリームを焼いたので、差し入れに行くところなんですよ。
良かったら1つどうですか?」
「じゃ、2つもらおうかしら」
「……………………いや、いいんですけどね」
ルーフの表情は(1つって言ってるのに、何で2つって返すかなぁ~、この人は……?)と言外に語っている。
未だにシグルーンの性格が掴み切れていないらしく、困惑していた。
もっとも彼女の性格は、生まれた時からの付き合いである娘のフラウヒルデでさえ掴み切れていないのだから、ルーフ如きではどうしようもないが。
ルーフが差し出した手さげかごの中には、ふっくらと焼かれたシュー生地の間に、たっぷりと生クリームが挟み込まれており、更に表面に粉砂糖がまぶしてあるシュークリームが20個ほど入っていた。
甘い物が大好きなザンへの差し入れとしては、うってつけと言えるだろう。
「あら、美味しそうね。
悪いわねぇ~、こんな美味しそうなのをタダで貰っちゃって」
「いえ、いいんですよ。
僕だって、厨房を使わせてもらっているのですし。
あんな設備の整った厨房って、僕初めてですよ。
あそこなら、色々な調理方法に挑戦できそうです」
「そう、気に入ってもらえて嬉しいわ。
この城にいる間は、食材とかも好きなだけ使っていいからね」
「わあ、ありがとうございます!」
はしゃぐルーフの様子に、
(う~ん、やっぱり笑顔が1番可愛いわねぇ)
と、シグルーンはご満悦であった。
「あ、そうだ。シュークリームのお礼に……。
ルーフ君、魔法の勉強をしたいって言っていたでしょ?」
「あ、はい」
「それじゃあ……私の書斎にある魔法書を、好きなだけ読んでもいいわよ。
何か分からないところがあれば、私が教えてあげるし」
「えっ?
本当にいいんですか」
「ええ。
ただし、『禁呪』って表紙に書いてある本には、気をつけてね。
あなたにとってどうしても必要なら、読むなとは言わないけど……。
なにか事故とか起こしたら、ちゃんと君が責任をとるのよ?」
「そ、それは勿論ですけど……。
そんなに危険なものもあるんですか?」
「まあ……普通の魔法でも、ちょっと制御を間違うと暴発することもあるからねぇ……。
危険と言えば全部危険なんだけど……。
モノによってはこの城を半壊、もしくは全壊させるようなものもあるわね。
それだけ危険な術だから、禁呪な訳だし……」
「こ……心しておきます」
少し顔が青ざめてはいるが、それでも揺らぎ無い向上心に溢れるルーフの顔を見て、シグルーンは満足そうに頷く。
「うむ、頑張って精進したまえ!
……これからはあなたが、リザンちゃんを守るのよ。
お願いできるかしら?」
「は、はい」
ルーフの元気の良い返事に、再び満足げに頷くシグルーン。
「ところで、うちの馬鹿娘知らない?
このシュークリームを、差し入れてあげようと思うんだけど」
(ああ、それで2つなのか……)
と、ルーフはようやく納得した。
「フラウヒルデさんなら、僕が厨房に入る前に、中庭の方で剣の素振りをしていたのを見かけましたけど……」
「またなのぉ?
もう……、最近は領主の職務もすっぽかして……。
何か思いつめているわねぇ……。
まあ、いいわ。
後でなんらかの手を打ちましょう。
ありがとね、ルーフ君」
「あ、はい。
じゃあ、僕もこの辺で」
シグルーンは、去り行くルーフの後ろ姿を見つめながら、
(リザンちゃんとルーフ君の子供なんて、そりゃあもう可愛いでしょうねぇ……)
と、かなり早まった想像を抱いていた。
明日は更新を休む予定です。




