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―火炎竜―

「一体……何が起きてるんだろ……?」

 

 ルーフは祭壇の上の方で、何かが光るのを見た。

 しかし彼の位置からでは死角になっていて、どのような状況になっているのかが全く分からない。

 他の人々も、「何が起こっているのか?」と、不安げにざわめきだしている。

 

 その時である、祭壇の上から何者かが落ちてきたのは。

 その人物は「ドシャッ」と、あまり気持ちのよくない音をたてて地面に激突し、そのままピクリとも動かなかった。

 それも当然で、地面に激突する以前に、脳天から(へそ)の辺りまでを、鋭利な刃物で断ち斬られていたのだから。

 それはカードの変わり果てた姿であった。

 

 人々はことの成り行きを理解できずに茫然としていたが、徐々に状況を把握し始める。

 コーネリアを苦しめてきた暴君は、たった今死んだのだということを――。

 

(カードが死んだ! 

 奴に苦しめられることは、もう無い!)

 

 皆が一斉に歓声をあげようとしたその時、

 

「ちょっとみんな、何してるのっ!? 

 カードの制御を離れた竜が暴れ出すかもしれないんだから、早くこの町から逃げないとっ!!」

 

 ルーフは悲鳴に近い声で、周囲の人々に呼びかける。

 その声で住人達がハッと気付いて空を見上げると、竜は既に町の上空へと到達していた。

 

「う……うわああぁーっ!?」

 

 自らの頭上を横切る竜の巨体を目の当たりにした人々は、我先にと争うように広場から逃げだし始めた。

 人々は完全にパニック状態に陥り、慌てふためいて転倒する者や、それを踏みつける者が後を絶たない。

 

 その所為で中には骨折などの重い怪我を負った者もいたが、そんな怪我人達でさえもすぐに起きあがり、一心不乱に逃げまどう。

 この場に留まれば確実に命を落とすということが、彼らにも分かっているのだろう。

 

 そんな喧噪の中、ルーフだけは茫然と立ちつくしていた。

 彼は凄まじい恐怖を感じつつも、上空の竜を見上げる。

 

(なんてことするんだよ、あの人は……!)

 

 カードを倒すことは、町の住人達も1度は考えたことだ。

 いかに竜を使役しているとはいえ、彼が竜より強い訳ではないだろう。

 ならば彼が竜を呼び出す前に倒すことは、可能なのではないか――と。

 

 実際には人外の存在となっていたカードを倒すことは、容易な話ではなかったであろうが、虎の威を借る狐の排除を考えなかった人間の方が、少なかったのではなかろうか。

 それでも彼らがあえてその手段を選ばなかったのは、カード亡き後もなお存在する竜が、どのような行動をとるのか──それが全くの未知数であったからだ。


 カードの制御を離れた竜が、大人しくどこか別の土地に移ってくれるのならばいい。

 しかし竜がこの地に居座り続けるのならば、このコーネリアという絶好の餌場を見過ごすことは有り得ないだろう。 

 もしも竜の襲撃があったとしても、それを鎮める手段が無いに等しい町は、簡単に亡びる。


 いや、この町だけではない。

 竜は更に近隣の町や村を襲い続け、あるいは国の1つや2つを滅ぼすまで、その暴虐は止まらないかもしれない。


 そんな最悪の結末を危惧すれば、カードを倒すなどという危険な賭けに出ることは、誰でも躊躇う。

 それにも関わらずザンは、カードを倒してしまった。

 その結果、これから何が起こるのかは、もうルーフにも分からなかった。

 ただ、この数秒後にコーネリアの町が、地上から消滅してもおかしくない危機的な状況であることだけは分かる。

 

 しかしそんなルーフの危惧とは裏腹に、竜は暴れだす気配も見せず、ゆっくりと祭壇へと降りていった。

 炎と熱を自在に操り、その皮膚の色から赤竜(レッドドラゴン)とも呼ばれる最も気性の荒い竜――火炎竜ファイアードラゴン

 人間にとっては絶対的な死の象徴と言っても過言ではない、破壊の権化であった。

 

 祭壇の上にはその火炎竜を前にしても逃げだす素振りも見せず、ただひたすらに竜を睨み続けるザンの姿があった。

 

『貴様か……。

 我らの邪魔だてをするのは……』

 

 突然、辺りに声が響き渡る。

 いや、声といっても大気中に伝播するものではない。

 その声は人の精神に直接語りかけてくる、思念のようなものであった。

 

「竜が言葉を……!?」

 

 ルーフは竜が言葉を発したことに、驚きを禁じえなかった。

 いかに竜とは言え、カードに操られているような生物が、それほどまでに高い知能を有しているとは思っていなかったのだ。

 実際、この町で竜が言葉を発しているところを見た者は、今までに1人たりともいなかったはずである。

 

(……そういえば昨日もザンさんが、カードの方が操られている……みたいなことを言っていたけど……。

 え……? 本当に……!?)

 

 人間に操られた獣を装いながらも、影から町を支配する――そんな回りくどい真似を何故竜がしていたのか、そんな理解し難い現実を目の当たりにして、唖然とするルーフであった。



 その一方でザンは、別段に驚いた様子も見せず、静かに竜と対峙している。


(この竜が言葉を使うのは、初めてではないな。

 今までカードの口を通して、ずっと語り続けていたはずだ……)

 

 だからこそこの竜がどれほど悪辣な存在なのか、それは最早疑う余地も無い。

 カードが犯した数々の非道な行いは、そのままこの竜の罪となる。

 

「……言葉を操るほどの知能を持った竜が、人間に支配されるはずが無い……。

 あの爺に血を与えて分身として操り、趣味の悪い遊びを演じさせていた黒幕はやはりお前か……」

 

 ザンの言葉に、竜は含むような笑い声をあげる。

 

『クックック……。

 まあ、それでもいい(・・・・・・)

 確かに分身ではあるからな……』

 

「それでも、いい……?」

 

 意味ありげな竜の言葉を、ザンは(いぶか)った。

 が、竜はその疑問に答えるつもりは無いらしい。

 

『まあ……その「趣味の悪い」と貴様が評する遊びも、なかなか楽しかったよ……。

 しかし、それも貴様の所為でもう終わりだ……。

 これをどう償ってくれるのだね?』

 

「償いならあんたの方が先だろう……? 

 町の住人達を苦しめ続けた罪、死をもって償え!」

 

 ザンのその言葉は、怒気に満ちていた。

 彼女は剣を構え、いつでも斬りかかれるような体勢をとる。

 

『グワハハハッ! 

 人間ごときに何ができる? 

 この火炎竜ブロッザム様に逆らうことの愚かしさを、その五体の消滅によって思い知るがよいっ!』

 

 周囲の大気がブロッザムへと向けて、流れ込んでいく。

 いや、大気中に含まれている精霊の力が彼に集中しているのだ。

 

『炎の精よ、出でて我に仇なす者を灰と化せ!』

  

 ブロッザムが呪文の詠唱を始めた。

 もしも竜の魔法攻撃の直撃を受ければ、彼の言葉通り人の体程度は、完全に消滅してしまうだろう。

 あるいは魂すらも残らないかもしれない。

 

 だが、そんな恐るべき魔法攻撃の標的にされてなお、ザンは逃げようともせず、ただ剣を構えて、憎悪の視線をブロッザムに注ぎ続けるだけであった。



「な……何で、あの人逃げないんだ……?」

 

 ルーフが建物の影から祭壇の方を見てみると、ザンはまだ逃げだしておらず、それどころか何やら竜と言い争いをしているようだった。

 

「お前こそ、何でまだこんな所にいる? 

 他の人間達は、全員この町から出たぞ」

 

「いえ……なんかあの人が気になって……って、うわああっ!?」

 

 唐突に背後からかけられた声に、ルーフが返事をしながら振り返ると、そこには巨大な目玉が浮いていた。

 ファーブである。

 

 ルーフは腰を抜かしたかのように――いや、実際に抜かしたのであろうが――地面に尻もちをついた。

 そして震える手で、ファーブを指さす。

 

「よ、妖怪…………?」

 

「よ……妖怪だと……?」

 

 ファーブはちょっとムッとしたように、声音を振るわせる。

 でも、言われても仕方が無いだろう、その風貌では。

 

「失礼な。

 これでも俺は誇り高きド……って、それどころじゃない!

 奴の攻撃魔法がくるぞっ!

 ここら辺一帯が吹き飛ぶ!!」

 

「え…………?」

 

 ファーブの言葉の意味がよく分からずに、ルーフがキョトンとした次の瞬間――、

 

爆炎(クライヴォス)!!』

  

 ブロッザムが呪文を完成させたのと同時に、辺りは超高熱の爆風に包まれる。

 石造りの祭壇さえ溶け落ち、周囲の建物は跡形も無く粉々に吹き飛ばされた。

 

「うわああああぁぁぁぁーっ!?」

 

 ルーフとファーブは、その大破壊の嵐に飲み込まれていった。

 「爆炎」のルビ「クライヴォス」は、現地の古い言葉という設定なので、完全に造語です。だから現実の言語的な意味は、特にありません。今後出てくる魔法も全てそうです。

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