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―怯える蛇―

 今回もプロローグです。

「信じられない……信じられないよぉ……。

 あのリヴァイアサンが、死ぬなんて……」

 

 幼い子供のような表情で、怯えるエキドナ。

 だが、それはテュポーンにも理解できる反応だった。

 彼でさえリヴァイアサンの死は、(にわか)には信じられなかったのだから。

 

「あの巨大な能力(ちから)持つ男がな……。

 一体何が起きたというのだ?」

 

 そんなテュポーンの問いに、エキドナは震えながら答えた。

 

「分からないよぅ……。

 リヴァイアサンに付けさせた配下も、その死の瞬間は見ていなかったらしいし……。

 ただ、報告では……斬竜剣士の女と、戦っていたということだけは確からしいわ……」

 

「女と……?」

 

 テュポーンは怪訝(けげん)そうに、眉間へと皺をよせた。

 リヴァイアサンは今や、世界に比類無き能力(ちから)を誇っていたのだ。

 その実力は単純に(パワー)だけをとって見れば、かつての邪竜達の支配者「邪竜王」にも匹敵する。


 そのリヴァイアサンを(ほふ)れる者が存在するなどとは、信じがたい話であった。

 いや、もしもあの「斬竜王」が生きていたのだとするのならば、まだ納得できなくもない話ではあったが、リヴァイアサンと戦っていたのは女だったというではないか。

 

「ふむ……興味深い話ではあるな」

 

「『興味深い』って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ!? 

 このままじゃ、あたし達も殺されちゃうよぉ! 

 ねぇ、テュポーン、なんとかしてよぉ! 

 あなたならリヴァイアサンを倒すような相手でも、全く太刀打ちできないって訳じゃないでしょぉ!?」

 

 必死で懇願するエキドナ。

 しかし、テュポーンは渋い表情を作って、冷淡に言い放つ。

 

「断る」

 

「テュポーン!?」

 

 歯牙にもかけないテュポーンの冷淡な態度に、エキドナは驚愕した。

 

「……ふん、結局のところ、貴様達が斬竜剣士に要らぬ戦いを仕掛けて、返り討ちにあっただけの話ではないか。

 まだ私の敵となることが決まった訳でもない相手を、わざわざ貴様の口車に乗って敵対する愚行を犯さなければならない必然性が、何処にあるというのだ?」

 

「そんなあっ! 

 救いを求められたら助けてあげるのが、あなたが好きな人間の情ってものじゃない。

 このままじゃ、あたし殺されちゃうよぉ……。

 助けてテュポーン、おねが……──ヒッ!?」

 

 エキドナの救いを求める必死の懇願は、最後まで口にすることができなかった。

 テュポーンから叩きつけられた凄まじい殺気に、身を凍らせたのだ。

 

「……エキドナ。

 私は他者に利用されることが嫌いだ。

 尻拭いもな……。

 貴様に何の(とが)も無く、理不尽な目に遭っているというのならば助けてやらぬでもないが……。

 自ら招いた災いの種であろう? 

 そこから出た芽ならば、己の責任で摘むのだな」

 

「うく……っ!」

 

 エキドナは目に涙を溜めて黙りこんだ。

 その身体は怒りと悔しさの為か、わずかに震えている。

 しかし、彼女にしては珍しいほどの忍耐強さで、平静を装おうとしていた。


 だが、テュポーンがもう一言か二言付け加えれば、彼女の堪忍袋は簡単に切れてしまうだろう。

 元々彼女は、感情に一切の抑制をかけず、思うがままに生きている。

 決して我慢強い方ではないのだ。

 

 また、かつては夫婦の契りを交わした相手であるエキドナに対して、テユポーンの態度はあまりにも冷徹で情け容赦ない。

 それが彼女には許しがたくもある。

 

 それでもエキドナが、内心の怒りを表面に出すことを辛うじて抑えられたのは、テュポーンの凄まじく巨大な力を恐れてのことだった。

 彼までも敵に回すことは、何としても今は避けたい。

 そう、ことが成就する(・・・・・・・)までは――。

 

「……で、でもね。

 リヴァイアサンが死んだ土地は、あのアースガルなのよ。

 ひょっとしたら、あの魔女と何か関係があるのかもしれなくてよぉ。

 いえ、斬竜剣士の女は、あの魔女と同じ銀髪なのよ? 

 間違い無く関係があるわ。


 アースガルはテュポーンの目的を達成する為には、邪魔なんでしょぉ? 

 そこが斬竜剣士と手を組んで更に力をつけるのは、あなたにとって都合が悪いんじゃなくて?」

 

「…………」

 

 テュポーンはエキドナの言葉を受け、暫しの間、無言で何かを思案しているようだった。

 が、不意にエキドナを(あざけ)るような、それでいて哀れんでもいるかのような笑みを浮かべた。

 

「そうまでして私を動かしたいか、エキドナよ。

 ……良かろう」

 

「そ、それじゃあ」

 

 エキドナは顔を喜色に染める。

 しかし、テュポーンは――、

 

「勘違いするなよ。

 確かにアースガルの内情を探ることぐらいはするがな、私が動くかどうかは別問題だ。

 あの魔女も敵となれば脅威ではあるが、全く話の通じぬ相手では無いしな……。

 まあ、できれば仲良くやっていきたいものだな」

 

 そうエキドナへと無慈悲に告げてから、小さくククク……と(わら)う。

 

「――――――――っ!!」

 

(からかわれているっ!?)

 

 エキドナは顔を赤く染めて、唇をわななかせた。

 

「もう、いいわよっ! 

 あなた憶えておきなさいよっ! 

 絶対にいつか、後悔させてやるからぁっ!!」

 

 ついに切れたエキドナは一声吠えて、怒りに引きつった表情でテュポーンを睨みつけながら、床に潜り込んでゆく。

 そしてその姿が完全に消えた瞬間、彼女の潜り込んだ辺りの床が溶けた飴のように安々と形を変えた。

 

 床は鋭い槍のように伸びて、テュポーンへと襲いかかる。

 しかしテュポーンは動じた様子もなく、迫り来る槍の先端に(てのひら)をかざす。

 その掌に槍が触れたかに見えた瞬間、それは砂のように細かく砕かれて霧散した。

 

「…………相変わらず頭に血が上ると、前後の見境が無い…………」

 

 呆れたように小さく呟いたテュポーンは、おもむろに王座から立ち上がり、大声で吠えた。


「誰かおらぬかっ? メリジューヌを呼んでこい! 

 火急の任務があると伝えよっ!」


 今、帝王は動き始めた。

 そういえば今更ですが、リヴァイアサンは「旧約聖書」に登場する海の怪物ですね。このリヴァイアサンとベヘモスを混同したものがバハムートだとも言われています。そんな訳で本作では、バハムートを竜だとは定義していない為に登場もしません。


 あと、明日は用事があるので、更新は休む予定です。

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