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―皇国の支配者― 

 今回は6章のプロローグ部分になります。

 荘厳な王の間には、壮年の男の軽やかな声が響き渡っていた。


「――南方の王国ロマージュは、我が皇国に併合されることとなりました。

 これにより、我が国の国土面積は大幅に広がり、更には――」

 

 タイタロス皇国・皇王(こうおう)――テューポエウスは、得意気な配下からの報告を、さほど感銘を受けた素振りも無く聞いていた。

 

 テューポエウスの年齢は、30代も半ばほどであろうか。

 30代と言えば、王としてはまだ若い。

 しかしそんな彼からは、その外見の若さに似合わぬ威厳と、老獪(ろうかい)さが醸し出されていた。

 果たして彼の年齢は、見た目通りのものなのだろうか。

 

 いずれにせよ、テューポエウスは建国より150年そこそこの、国としてはまだまだ新興と呼べるこのタイタロス皇国の支配者として、采配を振るっていた。

 彼の手によって皇国は、急速に国土と勢力を拡大させつつある。

 併呑(へいどん)された国は既に十数ヶ国にも及び、最早その国としての規模は、このユーフラティス大陸において1~2を争うものとなっていた。

 そのことからも、彼の王としての能力は、極めて高いと言える。

 

「――が得られました。

 このことによって我が国の収益は、以前の2割増しとなることが見込まれており――」

 

 配下の者の報告は、まだまだ続く。

 しかし、先程からその内容は良いものしか報告されておらず、これは不自然なことであると言えた。

 

 ロマージュと言う南方の国を、このタイタロスが併呑した――つまりは侵略戦争に勝利した。

 それはこの国の国土を広げ、その土地の民と産業、その他諸々の利権を手に入れたことを意味する。

 

 しかし、現実はそんな良い話ばかりで終わるはずがない。

 勝利したとは言え、戦争を行ったのだ。

 その人的・物的な損害はかなりのものとなるだろうし、新たに手に入れた土地をどのように治めていくのか、反抗勢力は存在するのか、等々……大小様々な問題が山積しているだろう。

 それにも関わらず、それらの報告が一切無いのだ。

 

「……私に対して、他に報告することは無いのか? 

 アゾート将軍」

 

 テューポエウスは低い声音で、アゾートと呼ばれた配下の報告を遮った。

 

「は……いえ、その……」

 

 途端にアゾートの顔色は青くなる。

 

「悪い知らせを聞かせてみよ……」

 

「い……いえ、悪い情報はこれといって……。

 軍の被害も、メリジューヌ殿下が収集なされた情報の力もあって、極小に抑えられておりますし、陛下のご指示通り、殺戮・略奪の禁止を兵に徹底させておりますので、ロマージュ側の反抗勢力も、今のところは殆ど存在が確認されておりません」

 

 と、アゾートは何処か慌てたように、弁明する。

 

「しかし……先程からの貴様の報告は、どうもこの私への御機嫌取りのように思えてならいのだがな……」

 

「は……それは……」

 

 テューポエウスの言葉に、アザートは押し黙った。

 

「クラサハードへの、侵攻状況はどうなっておる……?」

 

「……トヘロ地区に隣接した国境を10kmほどクラサハード領内へ広げました……」

 

 アザートは苦り切った顔で、歯切れの悪そうに報告する。

 

「それだけか?」

 

「はい……。

 いえ、この度の戦闘で兵を500ほど失っております……」

 

 アザートの報告に、テューポエウスは嘆息した。

 

「確かロマージュを陥落()とすのに要した期間は、半年足らずであったな……。

 しかし、クラサハードへ侵攻してから、どれくらいになる? 

 もう4年になるのだぞ。

 …………そんなにクラサハードは手強いか?」

 

「ハッ……。

 全てはこのアゾートの不甲斐なさに、責任はあります……」

 

 アゾートは恐れ入ったように平伏した。

 

(ふむ……将軍には手に余るようだな……。

 まあ、あの国は、上位竜を飼っているようなものだからな……。

 強い(かなめ)が存在する国は、簡単には揺るぎはしまい。

 その竜(あの女)を取り除かないことには、攻略は難しいのかもしれぬが……。

 さて……)

 

「む……? 

 …………もう良い。

 下がれ……」

 

「へ……陛下! 

 どうかお許しを……! 

 次は……次こそは、良き報告をお持ちしますので……っ!」

 

 アゾートは慌てた。

 彼の能力の無さに王は怒り、見限ったのではないかと。

 その証拠に、今後の行動指針を彼に一切与えないではないか。

 このまま下がってしまえば、数日後には良くて将軍職の剥奪、悪ければ死刑宣告が一方的に告げられるかもしれない。

 

 ここは全力をもって、許しを請わなければならない。

 しかし、テューポエウスはそれを許さない。

 

「貴様が悪いのではない。

 今は我が所用故に、席を外せと命じておるのだ。

 ……生命(いのち)が惜しくないのならば、無理にとは言わぬがな」

 

「ぎょ、御意……!」

 

 冷気のような言葉を吐きかけられ、アゾートは急いでその場を後にした。

 テューポエウスの表情を、これ以上見続けることができなかったのだ。

 かつて見たこともないほどの、不快げな王の表情を――。


 あれ以上あの場に留まれば、王の言葉通りに、自身の生命は無くなっていた――そんな確信がアゾートにはあった。

 

(な……なんだ……? 

 やはり私のことを、お怒りになっているのか……? 

 しかし……所用とは…………?)

 

 だが、いくら考えたところで、アゾートには王の真意を知る(すべ)が無かった。

 結局、彼は次の任務が与えられるまでの平穏な数日間を、不安が拭えないが為に恐怖しながら過ごすハメとなった。

 

 一方、テューポエウス――いや、真の名をテュポーンと呼ばれる男は、その身体から凄まじい殺気を(ほとばし)らせていた。

 

「…………この城への出入りの自由を、許可した憶えは無いのだがな……エキドナよ」

 

 そんなテュポーンの言葉と同時に、彼の正面の床が水面(みなも)のように揺らぎ、そこから若い女の姿が頭から胸、胸から腹という具合にゆっくりとせり上がってくる。


 それは異様な風体の女であった。 

 その小柄ながらも、女性であることを最大限に主張する扇情的な曲線を持つ身体は、面積の小さい革製の衣服で覆われていた。

 

 しかもその美しい顔の額と頬には、何らかの意味があるのか、それとも只のファッションなのか、得体の知れない文様の入れ墨が入れられている。

 あまりにも彼女の姿は、一般の人間のものからかけ離れていた。

 

 それはテュポーンのよく知る女の姿であった。

 しかし彼は、その女――エキドナの姿から、いつもとは違う何かを感じ取っていた。

 エキドナは顔を蒼白に染めて、半ば茫然としていたのだ。

 いつもの邪気を裏側に隠した無邪気さという、何処か矛盾したような陽気さが無い。

 

「どうしたというのだ……?」

 

 エキドナの様子にさすがのテュポーンも、不機嫌な感情を忘れて(いぶか)しげに問う。

 

「リヴァイアサンが……死んだわ……」

 

「何っ!?」

 

 エキドナの震えた言葉に、テュポーンは驚愕した。

 「皇王」はタイタロス皇国独自の王の呼び方です。この世の「皇帝」や「王」の全ての総称的な意味合いで、いずれはテュポーンがこの世界で唯一無二の支配者になる──という感じですね。

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