―暗闇に差す明かり―
漆黒の闇の中に、少女は独り蹲っている。
その闇はあまりにも暗く、深く、静寂で、果てしない。
まだ幼い少女にとっては、残酷過ぎる空間――。
少女は瞼を閉ざし、耳を掌で塞ぎ、口をぎゅっと噤んでいた。
もう何も見たくない、何も聞きたくない。
そう、周囲には何も存在しない。
恐怖を招く闇も、底冷えするような静寂も、果ては心を蝕む孤独感さえも無い――少女はそう思い込もうとしていた。
存在しないものが、恐ろしいはずはない。
何も感じなければ、恐怖も何も覚えはしない。
しかし、闇の中で孤独に染まるという、その現実は変えようがなく、少女はただ怯えていた。
それでも周囲には誰もいないから、助けを求める声も出せない。
助けを呼んだところで何者も現れず、更に孤独感が増すだけなのだ。
それは少女にもよく分かっていた。
何回も、何十回も、何百回も、そんなことをくり返してきた後なのだから……。
だが、現実を否定したところで、何も変わりはしない。
何かを始めなければ、永久に現実は変わらないままだ。
「……母様……」
少女は弱々しく母を呼んだ。
ほんの小さな希望を込めて――。
だが、何者も応えない。
少女は堪え切れずに、再び泣き出しそうになった。
しかしその時、繰り返し救いを求めた声が実を結んだのだろうか。
その者はついに現れた。
少女のすぐ側に、暖かな気配が生まれる。
「……?」
少女は顔を上げ、気配の主を見上げた。
その目は大きく見開かれ、徐々に大粒の涙が溢れ出す。
そこには懐かしい姿があった。
「母様ぁ!」
少女は現れた母にすがり付き、しゃくりあげるように泣いた。
「母様……怖かった……怖かったよぉ!
もうヤダぁ。
苦しいことばっかりで……怖いことばっかりで……ずっと寂しくて。
……もうこんなの嫌だよぉ!」
「…………」
母は何も言わず、ただ娘の頭を優しく撫でた。
少女が落ち着くまで、繰り返し繰り返し……。
「……こうして……あなたを慰めに来たのは、何回目かしらね……?」
「そんなこと分かんないよ……。
ねえ、母様……。もう何処にも行かないで?
ずっと側にいてよ。
母様がいれば、あたしは寂しくないから……」
しかし、母はゆっくりと首を左右に振る。
「駄目よ……。
私はもう、この世界には存在していないはずの人間なのだから……」
「そんなの嫌だよ!
もう何処にも行かないで、母様ぁ!」
「私がいなくたって、あなたはもう大丈夫よ。
あなたのことを本当に大切に思っている人が、あなたの側に沢山いるもの」
「そんなの……いないよ……」
母の言葉に少女は目を伏せた。
「ううん……あなたがそう思っているだけよ。
だからもう、帰ってあげなさい。
そしてよく周りを――そして自分を見てみなさい」
「自分……?」
「気がつかない?
胸が温かいでしょ」
「…………ホントだ……」
少女は不思議そうに、自身の胸を見つめた。
そこには彼女が最も憎むべきものが、巣くっていたような気がする。
それにも関わらず、そこには母から感じ取れる温もりと同じ、優しい温かさがある。
「帰ればその意味が分かるから……。
だから、もう帰りなさい」
「でも……何処へどうやって?」
少女は自身が何処から来て、そして何処へいきたいのか、よく思い出せない様子だった。
しかし、胸の温もりの正体が気になるのか、帰りたいという気持ちに傾きかけているようだ。
そんな娘の様子に母は微笑む。
「また、帰り方を忘れたの?
簡単なことなんだから、もう忘れないでよ?
それはね──」
母はゆっくりと言葉を句切り、少女の頭を再び撫でた。
そして、確固とした信念のこもった口調で告げる。
「──逃げなければ、いいだけなのよ」
「……何から?」
「自分からよ」
「!」
その瞬間、急速に母の姿が遠ざかっていく。
「自分の本当の気持ち――夢とか希望とか、それらを叶えようという気持ち。
それから逃げて、絶望に囚われなければ、こんなところにいる必要なんかないのよ。
自分をしっかりと保ちなさいね?」
遠ざかる母を娘は必死で追いかける。
「母様っ、まだ行かないでよ!
置いていかないでっ!」
「何言ってるの。
あなたの方から、離れていっているのよ」
「え……?」
確かに少女の周囲には、光が差し始めている。
徐々に明るい方へ、明るい方へ進んでいるようだった。
「あなたが本当にいきたいところは、私のところじゃないってことよ。
……だから、あなたはもう大丈夫。
元気でね、リザン。
もう世話をやかせるんじゃないわよ?」
「……ありがとう母様」
「……別に何もしてないけどね。
そうそう、父様のこと、よろしくお願いね。
もう私の声も届かないの……。
ひょっとしたら、既に手遅れなのかもしれないけれど……。
だからなおのこと、せめて安らかに私のところに連れてきてほしい……」
「え……?」
少女が問い返そうとした瞬間、周囲は眩い光に包まれた。




