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―彼女を癒やす方法―

 これではあまりにもザンが可哀相だ──と、ルーフは思う。

 勿論、胸の傷の有無に関係無く、彼女が幸せになる方法はいくらでもあるだろう。

 この先、彼女が愛すべき相手を見つけた時、その者が胸の傷をものともせずに、彼女を受け入れることができれば、それだけで充分だ。

 

 そしてそれは、もしかしたらルーフの役割なのかもしれない。

 その時は「ザンさんのことを本当に好きならば、傷痕など関係無く受け入れることができる」と、彼は思っている。

 

 だが、このままではおそらくザンの方が、心を開かない。

 「醜い傷痕」というコンプレックスを抱え、それを克服できない限りは、いかなる者にも彼女は心の底から気を許さないだろう。

 

 だからザンの心を完全に開かせるには、ルーフを始めとする周囲の人間が、彼女の心をもっと理解して、その不安やコンプレックスを取り除いてあげなければならない。

 つまりは、彼女の心を癒やしてあげなければならない。

 そして周囲の人間がどれくらいザンのことを大切に思っているのかを、彼女に伝えなければならない。


 その過程では、沢山の心のすれ違いが生じるかもしれない。

 反発や衝突もあるだろう。

 きっと長い時間がかかるはずだ。


 しかも、それだけの時間をかけてザンとの最良の関係を築いていけたとしても、その全てを新たな出会いと別れが帳消しにしてしまう可能性だってある。

 ザンの事情を知らぬ者の何気ない一言が切っ掛けで、彼女が再び心を閉ざしてしまうこともあるだろう。


 更にはルーフやファーブ達が、ザンの側にいられなくなる状況だって有り得る。

 そうなれば今度は、ザン1人で他者との関係を築いていかなければならず、その過程で彼女は再び心を閉ざしてしまうかもしれない。

 そして彼女は、以前のように他人を拒絶しながら、生きていくことになるだろう。

 

 結局、ザンの胸に傷痕がある限りは、その心を完全に癒やすことも、本当の幸福を手に入れることも難しいのかもしれない。

 やはり「傷痕」という根本的なものを、解決する必要があるのだ。

 

(でも……どうしたら……? 

 僕の精霊の力じゃ、どうにもならないし……。

 傷を消すには……傷を消すには……う~ん。

 ……そういえばさっき、ファーブさんが竜なら傷を消すの簡単だって……)

 

「そうだっ!」

 

「な、何だ!?」


 突然大声を上げたルーフへ、皆の視線が集まる。


「あ……済みません。

 それよりもファーブさん、ひょっとしたらザンさんの傷を、消せるかもしれませんよ?」

 

 そんなルーフの言葉に、

 

「それは本当なのですか!?」

 

 と、ファーブではなく、シグルーンの方が身を乗り出した。

 

「本当にできるかどうかは、まだ分からないです……。

 でも、ファーブさんなら、自分の姿を自由に変えられるんでしょ?」

 

「まあ……そうだが……」

 

「じゃあ、チャンダラで僕の身体を操った時みたいに、ザンさんの身体を操って、その能力(ちから)を使えば、傷を消すことができるんじゃないですか?」

 

「む……そうか。

 しかし……俺も他人の細胞を操ったことなんかないしな……。

 それに元々、そういった機能を持たないザンの身体にその能力を使うと、かなりの負担をかけるかもしれないぞ。

 下手をすれば命に関わる……」

 

 ザンの身体のことを心配してか、その提案にファーブはあまり乗る気ではないようだった。

 そこでルーフは、更に提案を続ける。

 

「それなら、ファーブさんの血をザンさんにあげてみたらどうですか? 

 竜の血でリチャードさんに翼が生えるくらいですから、ザンさんにだって変身能力が身に付きますよ。

 そうなれば身体の負担も少ないだろうし、ファーブさんの血ですから再生能力も強化されるかもしれないですよ?」

 

「それはいい考えかもね。

 ファーブニル様の血なら、私も平気だったんだから、リザンちゃんとも相性がいいはずだわ」

 

 シグルーンは、ルーフの意見に賛同した。

 確かにザンは、ベーオルフとアースガルの血を受け継いでいる。

 これにファーブニルの血を混ぜたところで、殆どど拒絶反応も無いのではなかろうか。

 なにか問題があるのならば、とっくの昔に同じ血を持つシグルーンが、どうにかなっているだろう。


 しかし、ファーブは逡巡する。

 

「う~ん、ザンに俺の血をかぁ~? 

 勝手にそんなことしたら、怒られないかなあ……」

 

 彼にとっては、ザンを怒らせることが――ひいては彼女に嫌われることが1番怖いらしい。

 

「私も勝手に血を入れられちゃいましたけど? 

 でも恨んでいませんよ。

 結果オーライですから」

 

 シグルーンの言葉にファーブは「う……」と、言葉を詰まらせた。

 

「ファーブニル様、可能性があるのならば、やってみた方が良いと思います。

 どの道、こんな傷痕が身体にあるなんて、この子にとって良いはずは無いのですから……。

 できれば消してあげたい……。


 それに今やっておかなければ、この子が目覚めて傷痕を見られたことを知ったら、きっとショックを受けるでしょう。

 ひょっとしたらそれが原因で、私達に対しても心を閉ざしてしまうかもしれない……。

 そうなればもう、傷を消すチャンスは当分無くなると思います……。

 今やるしかないのです」

 

「……………………」

 

 ファーブは暫し沈黙し、そして――、

 

「…………やってみるか」

 

 ついに決断した。

 

「お願いします!」

 

 シグルーンの嬉しそうな声に後押しされ、ファーブは気合いを入れる。

 

「よし、ならば善は急げだっ!

 え~と、シグルーン、いくらザンに俺の血を与えたとしても、すぐに効果が出るとも限らんし、どのみち身体に負担はかかるだろうから、ガンガン体力を回復させる系統の治癒魔法をかけてやってくれ。

 細胞分裂を促進させる系統の治癒魔法は、逆に体力を削るから注意な」

 

「はい!」

 

「僕もやります!」


「僕も……って、ルーフ……。

 そういえばさっきも結界を張っていたけど……できるのか、治癒魔法?

 いや、やっぱりお前は寝てろよ。

 かなり疲れているんだろ?」

 

 思わぬルーフの申し出に、ファーブは戸惑った。

 普通に考えて、昨日まで――いや、つい1~2時間前まで、初歩の魔法1つ使えなかった人間が、この状況で役立つと思う方がどうかしている。

 しかし――、

 

「大丈夫ですよ。

 疲れたくらいでは、人間って簡単には死にませんから。

 それに――」

 

 ザンの身体が緑色(りょくしょく)の光に包まれる。

 同時に、凄まじいばかりの生命力の波動に、室内は満たされた。

 

「精霊達が、力を貸してくれるそうです」

 

「ルーフ……お前一体……!?」

 

「なんか……僕のお母さんって、とある精霊族の女王様だったみたいなんですよね。

 その能力が僕にも受け継がれていたみたいで……」

 

 と、ルーフは苦笑する。

 そんな彼の言葉にファーブは暫しポカンとしていたが、唐突に笑い声を上げ始めた。

 

「ハ……ハハハハハハハッ! 

 そーか、そーか。

 もうザンに「足手纏い」なんて言われなくても済むなぁ! 

 これならかなりの無茶をやっても大丈夫だ。

 よし、イケるぞ! 

 全く……お前を旅に連れてきて、正解だったよ」

 

「……その台詞は、ザンさんの口から聞きたいですねぇ」

 

「その為にも、まずはこの傷痕を完全に処理しておかないとな。

 気を抜かずにいくぞ!」

 

「ハイ!」

 

 シグルーンとルーフのかけ声がハモる。

 そんな盛り上がる三者を余所に、

 

「え~と…………」

 

 治癒魔法などの特殊な能力を持たないフラウヒルデには、特にやることがなかったので――、

 

「皆さんにお茶を入れてきまーす……」

 

 彼女はそう小さく呟き、「ビシッ」と敬礼をしてから部屋を退室しようとした。

 だが、その姿には誰も注目せず、ちょっと寂しい思いをした。

 

(そういえば、例の水竜は結局襲ってこなかったな……? 

 後でもう1度、モルタウ山に登ってみようか)

 

 と思いつつ、フラウヒルデは茶器(ティーセット)がある応接室へと向かった。

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