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―山津波―

 ドドドドドドド……。

 

 シグルーンは大規模な山の斜面の崩落を、結界を形成することでひたすらに耐えていた。

 勿論、娘のフラウヒルデを守ることも忘れない。

 ただ、あの男のことはすっかり別れていた。

 まあ、助ける義理が無いのも事実だが。

 

「ウワアアァァァァァァーッ!?」

 

 轟音に混じって、リチャードの悲鳴が聞こえてくる。

 崩れ落ちてくる土砂に、飲みこまれたのだろう。

 シグルーンにとっては、どうでもよいことだったが、

 

「ちえっ、トドメは私が刺そうと思ったのに……」

 

 それだけが心残りだった。

 

「………………母上って」

 

 フラウヒルデはそんな母に対して、何か見てはいけないものを見てしまったかのように、心底脅えた視線を送っていた。


 やがて崩落が収まり、シグルーンは結界を解除して不安げに山頂の方を見上げた。

 

「ふう……。

 上の方で突然大きな音がしたと思ったら、この大規模な山の崩落……。

 一体何事なのかしら……?」

 

「もしかして……従姉殿に何かあったのではないですか、母上?」

 

「そうね……この様子だと、戦いの決着が付いてしまったのかも……。

 リザンちゃんのことが心配だし、先を急ぎましょうか。

 でも、あの男の生死を確かめないで行くのも、ちょっと嫌ねぇ……」

 

「そうですね。

 たぶん土砂で、街の近くまで流されたはずですから……。

 だとしたら、ちょっと放っては置けませんね。

 私が戻って、様子を見てきましょうか?」

 

「う~ん。

 一応、街は結界で護られているけど……。

 私との戦いと、今の崩落で受けたダメージを計算に入れても……フラウに勝てるかしら?」

 

「大丈夫ですっ! 

 今度は油断しま……あっ!?」

 

 抗議をしようとしたフラウヒルデは、シグルーンの肩越しに何かを発見する。

 

「え、何?」

 

 シグルーンが振り向いてみると、彼女達よりも100mほど山頂寄りに、うつ伏せの状態で倒れている男の姿があった。

 勿論リチャードである。

 

「お……俺はまだ死なん……」

 

 やはり崩落に巻き込まれた際に受けたダメージが、大きかったのだろう。

 リチャードは這い(つくば)って、再生されかけの短い両腕と、有りえない方向に折れ曲がった右足と、なんとか無事な左足を駆使して、必死に、それでも少しずつシグルーン達から遠ざかろうとしていた。

 

「あの男……あの大崩落をさかのぼったのか。

 なんて奴だ……」

 

 フラウヒルデはそのしぶとさに、半ば呆れ返る。

 

「う~ん、その諦めの悪さ、少し見直したわ。

 まあ、これで手間が省けたわ。

 山を登るついでに、サクッと片付けちゃいましょうか」

 

 シグルーンが山を登ろうとして踏み出した──その時である。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 

「え?」

 

 正体不明の振動音が、山の上の方からシグルーン達に近づきつつあった。

 

「は、母上……これは?」

 

「や、山津波第二波ってところかしら?」

 

 シグルーンのその答えはほぼ正解であった。

 ただ、彼女たちを襲いかかろうとしているのは山津波ではなく、本物の津波である。

 膨大な量の水流が山の山頂の方から押し寄せて来た。

 

「なあぁぁ~っ!?」

 

 リチャードの悲鳴が上がる。

 彼は為す術無く津波に飲みこまれた。

 そして津波は更に、シグルーン達をも呑み込もうと、迫ってくる。

 

「ま、まさか、これが母上の話していた、200年前に湖を形作ったという……」

 

「まずいわっ! 

 今度は確実に街まで届く」

 

 この津波が街に直撃すれば、街にとんでもない被害が生じることが予想された。

 一応、街全体を結界装置で保護してはいるが、やはり構造上、出入り口には結界が形成されない仕組みとなっている。

 もしも入り口から水が侵入すれば、結界に四方を囲まれている為に排水が困難なアースガルの街は、水没してしまいかねない。

 最悪の場合、住民の大半が溺死してしまう。

 

 勿論、結界も無しにこの津波の直撃を受ければ、街は瞬時に壊滅するだろうから、今すぐ結界を解除する訳にもいかない。

 それ以前に、これだけの規模の津波に結界が耐えられるかどうかも怪しいし、仮に結界のお陰で街に被害が生じなかったとしても、結界外の農地や森林が壊滅的打撃を受けることは目に見えていた。

 何百人という農業・林業従事者が職を失うだろう。

 

「このまま街には、行かせないわっ!」

 

 シグルーンは慌てて、手にしていた斬竜剣の切っ先を津波に向けた。

 

「剣よ、我に力を貸し与えたまえっ!」

 

 そんなシグルーンの叫びに呼応し、剣は紅く輝き始める。


「集いたまえ、地水火風の精霊王よ! 

 四王1つに交わりて、大いなる力を生み出さん。

 其の力、注ぎて解放せしは、混沌の扉!」

 

 その剣の先端には、光り輝くエネルギーの球体が形作られた。

 それは瞬時に何倍もの大きさに膨れ上がってゆき、ついにはシグルーンの身の丈よりもその直径を膨張させた。

 剣がシグルーンの魔力を増幅させているのだ。

 

 そして、シグルーンは叫ぶ。

 

極大烈破(ラヴァルギス)!!」

 

 数ヶ月前、チャンダラ市でファーブが使用した烈破(バルギス)の比ではない。

 それに数倍する超巨大エネルギー波を、押し迫る津波に向けてシグルーンは撃ち放った。

 

「…………!!」

 

 その瞬間、誰かの悲鳴が聞こえたが、それはすぐに爆音でかき消される。

 津波は巨大魔法の直撃を受けて、ある部分は山を逆流し、ある部分は霧散して雨となり、地に降り注いだ。

 ついでに極大烈破によって、地形は大きく変化し、激流の流れを変える。


 これで土砂崩れくらいは起きるかもしれないが、津波がアースガルの街に直撃することだけは免れただろう。

 

「……こ、これが我がアースガルを幾度となく救った、最大最強の攻撃魔法……母上の極大烈破かっ……!」

 

 フラウヒルデはその凄まじい魔法の威力に、愕然とした。

 実の所、彼女もこの極大烈破を見るのは初めてである。

 過去において、このアースガルに襲撃を仕掛けた邪竜を、シグルーンがこの超攻撃魔法を使用して撃退したという話は半ば伝承に近い形で聞いていたが、まさかこれほどまでに威力があるものだとは、さすがに思ってはいなかったのだ。

 

(「斬竜剣を超機密兵器封印倉庫から出してきて」と、母上に言われた時には、この魔法が見られることを少し期待していたが……。

 これなら見ない方が、良かったのかもしれないな……)

 

 顔面を蒼白に染めつつ、フラウヒルデは思う。

 今回の件で彼女は、更に母に対する畏怖の念を深めてしまった。

 もう二度と母には逆らえないのではないか――そんな気がした。

 

「しかし、これでは……あの男(リチャード)、さすがに今度は生きていませんよね……?」

 

 何処か茫然としたような、フラウヒルデの呟き。

 

「生きていたら、ちょっと尊敬するわよ、私」

 

 得意満面で笑うシグルーン。

 しかし、すぐにその表情は青ざめてゆく。

 

「って……、あの竜(リヴァイアサン)が津波を起こしたのは攻撃の為よね……? 

 ひょっとして、あの津波にリザンちゃんが飲み込まれていたりする可能性もある訳!? 

 私の魔法にも巻き込んでいないわよねっ!?」

 

 シグルーンは慌ててザンの安否を確かめる為に、山の斜面を駆け上り始めた。

 

「あっ、母上っ、待ってくださいよ!」

 

 フラウヒルデもすぐに後を追う。

 そんな2人が、途中で泥塗れのとある物体を踏みつけたことには、ついぞ気付かなかった。

 

「あ……あの2人もいつか殺す……」

 

 言うまでもなくリチャードである。

 まさに尊敬に値するしぶとさであった。

 結界装置の構造については、3章を参照のこと(ギャグではない)。

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