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―アースガルの魔女― 

 リチャードは、シグルーンの言葉の意味が分からなかった。

 機嫌が悪い? 

 だからどうしたというのだ? 

 機嫌が悪いだけなら、自分だって悪いことは悪い――と、彼女の不可解な発言に理解が及ばない。


 しかし──、

 

「ひえええぇ……っ!」

 

 フラウヒルデは顔を青く染め、立ち上がる暇さえも惜しむかのように、わたわたと慌ただしく四つん這いの姿勢のままで、シグルーンから離れていく。

 彼女は知っている。

 (いか)った時の母が、どんなに恐ろしいのかを――。

 

 シグルーンは滅多に(おこ)らない。

 いや、傍目には頻繁に怒っているようにも見えるが、娘に言わせればあれは怒っている内には入らない。

 それは実際に触れてみればよく分かる。

 

 シグルーンの本気の怒りは、普段のそれとは比べ物にならないほど激しい。

 一度(ひとたび)本気で怒り出すと、そこには欠片も容赦が無いのだ。

 しかも元女王としての、あるいは200年もの永き時間を生きてきた者としての威厳がそうさせるのか、その怒り受けた者は大抵の場合、彼女に対する畏怖の念から二度と逆らえなくなる。

 

 フラウヒルデも幼い頃、興味本位で手にした真剣の扱いを誤り、幼なじみに大怪我をさせてしまったことがある。

 結果、それに激怒した母のあまりの恐ろしさに気絶し、癒やしがたい心的外傷(トラウマ)を抱えることとなった。

 あの時は冗談抜きで殺されるかと思った――と、当時の彼女は、幼馴染みに対してよく語っていた。

 

「あ……あの男……本当に可哀相に……!」

 

 フラウヒルデは思わず同情の視線を、リチャードへと送るのであった。

 

「全く……兄様の(かたき)にして、私の人間としての生を終わらせた竜がこの地に現れて……。

 しかもそいつが、私の可愛い姪を危険な目に遭わせているかもしれない……。

 それだけでも、心中穏やかではいられないのに……。

 あなた、私の大切な娘に怪我を負わせたわね……!?」

 

「……だから、どうしたというのだ?」

 

「そんなことはどうでもいい」とでも言うかのような態度をとるリチャードであったが、シグルーンから発せられる怒気を受けて、わずかに怯んでいる様子だった。

 そんな彼に対して、追い打ちをかけるように、

 

「……最低でも、両腕を失うことは覚悟しておきなさいよ?」

 

 シグルーンは不穏な宣言をしつつも、ニッコリと微笑む。

 これが別の状況で見たのであれば、その笑みは人に安らぎをもたらす邪気の無い美しい物だと思えたかもしれない。

 しかしリチャードはその微笑みを見て、激しい悪寒を背筋に(はし)らせた。

 

(こ……この女……。

 あの笑みを一切崩すことなく、どんな冷酷な真似でも、やってのけることができる……!?)

 

 敵にしてはならない者を、敵にしてしまった──そんな本能の直感めいたものが、リチャードの脳裏をかすめた。

 笑顔を崩すことなく、凄まじい威圧感をリチャードへ叩きつけながら、シグルーンは一歩踏み出す。

 そして――、

 

()でよ!」

 

 その(てのひら)に光が生まれ、その光は徐々に剣の姿を形作っていく。

 

「そ、その剣は、あの女の!?」

 

 シグルーンの手には、ザンの「斬竜剣」と比べるとやや剣身が短くて細いが、かなり形状が酷似した剣が握られていた。

 

「へぇ……この剣を見たことあるの? 

 我がアースガルの最終兵器なんだけどね……。

 まあ、元々は拾い物なんだけど……」

 

 シグルーの言葉通り、それはかつてリヴァイアサンに倒されたベーオルフの仲間の装備を、彼女が密かに回収しておいたものだった。

 こういうところは彼女も抜け目無いし、そうでなければ一国を背負うことなどできはしない。

 

「この剣を知っているのなら……その威力の方も知っているわよね? 

 逃げるのなら、今の内よ?」

 

「だ、黙れ~っ! 

 俺はあの女に勝つ為に、この地へ来たのだ。

 貴様があの女と同じ剣を持つのならば、なおのこと逃げる訳にはいかん!」

 

 リチャードの指が鞭のように伸びて、シグルーンを襲う。

 だが、シグルーンは何事も無かったかのように、彼に向かってまた一歩踏み出した。

 

「!?」

 

(な、何だ!? 

 確かに手応えがあったはずなにの……? 

 まさか結界? 

 い……いや……)

 

 リチャードは混乱した。

 彼の攻撃は確かにシグルーンへと命中したはずだ。

 しかし彼女は平然としている。

 結界を張った形跡も、彼には感じ取れなかった。


「何故、平然としているっ!?」

 

 リチャードは更に連続してシグルーンへ攻撃を加える――が、彼女はその攻撃を防御するでもなく、回避するでもなく、ただその身体に受け止めていた。

 そして、何事も無かったかのように、まるで散歩みたいな軽い足取りで、1歩、また1歩とリチャードへと歩み寄ってくる。

 

(な、なんだこれはっ!?)

 

 リチャードは何故自身の攻撃がシグルーンに効いていないのか、それが全く分からず、その顔に動揺と脅えの色を浮かべた。

 可能性として考えられるのは、何らかの手段によって彼女は、自らの皮膚を硬質化しているということだろうか。

 

 先程のリチャードも、腹に硬質の竜の鱗を形成することによって、フラウヒルデが放った「疾風刃」を凌いでいた。

 そうでなければ、上半身と下半身が斬り離されていたかもしれない。

 

 シグルーンもそれと同様の手段を使っている──そう考えるのが、一番自然だった。

 だが、彼女が使った防御手段は、その衣服が攻撃によって破れてはいないことから、全く別の物であることが推測できる。

 いくらなんでも、衣服までもが硬質化できるとは思えないからだ。

 

(やはり、俺の攻撃が奴に届いていないのか?)

 

「うふふふふふ……。

 どうやら私が何をしているのかさえ、分からないようね。

 やっていることは単純なのよ? 

 私はただ、結界を張っているだけなのだから……」

 

「結界だと!? 

 そんな訳あるかっ!」


「そう、信じられないの。

 なら、もう少しゆっくり張りましょうか?」

 

「くっ……クソっ!」

 

 相変わらず微笑むながら歩み寄るシグルーンへ、リチャードは更に激しい連続攻撃を浴びせかける。

 だが、やはり彼の攻撃は全て無効化された。

 ただ、攻撃が無効化される寸前、彼には何か半透明な物質が見えたような気がした。

 

「!!」

 

 その攻撃を無効化していたのは、シグルーンの言葉通り結界だった。

 だが、普通の結界ではない。

 それどころか通常のものよりも、はるかに防御能力が劣るとさえ言っても良い代物だったのだ。

 トンベリシグルーン。

 なお、フラウヒルデの幼馴染みは、次章で登場します。彼女が大怪我をした時の詳細が描かれた外伝も、9章の後くらいに公開予定です。


 ところで拙作の『おかあさんがいつも一緒』が、コメディー〔文芸〕のジャンルで、日刊ランキング52位になりました。ありがたい話です。

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