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―母娘への刺客―

「我々邪竜は200年前の大戦当時も、このアースガルには迂闊に手を出せなかった。

 ことあるごとに何故か斬竜王が現れたからな」


 ここで一旦、リヴァイアサンは勿体ぶるように言葉を切る。

 ザンはイラつくが、それを楽しむかのように確認した彼は、話を再開した。


「しかし斬竜王亡き後も、このアースガルは我々にとって鬼門だった。

 それはあのシグルーンがいたからよ。

 この200年、幾度か中位の眷属共がアースガルにちょっかいを出したが、その度にあの女の手によって敗れ去った。


 それで……だ、仲間の仇討ちなどという、殊勝な心掛けがあったとも思えんがな。

 おそらくはあの魔女が目障りだったのだろう。

 1匹の闇竜(ダークネスドラゴン)が眷属を率いて、アースガルに戦いを仕掛けた。

 しかし、結局は返り討ちさ。


 それ以来、この地に関わることは、我々にとって暗黙の禁忌(タブー)となっている。

 人の身でありながら、竜種にその存在をこれだけ危険視されたのだ。

 まさに「魔女」と呼ぶに、相応しいだろう?」

 

「……叔母様が闇竜を……?」

 

 闇竜は邪竜と呼ばれる竜の中でも、最上位に位置する種族だ。

 彼らの1個体で、国の1つや2つの全域を、焦土と化すことは造作も無い。

 それほどまでに巨大な戦闘力を誇っている。


 本来、人間が倒せるような相手ではなく、ザンでさえ闇竜との戦いの中で命を失いかけたこともある。

 それだけに、その闇竜を倒すほどシグルーンが強いとは思っていなかった彼女は、唖然とした。

 

「クックック……あの魔女が何故あれだけの力を得たのか、それは俺にも詳しいことは分からぬが……。

 おそらくは同類であろうリチャードでも、荷が重いだろうよ。

 ……だが、貴様とあの魔女を、俺だけで同時に相手にするのは、さすがに少々厄介そうだからな。

 思わぬところで役に立ったわ」

 

「仲間をあっさりと捨て駒にするか……。

 何が何でも、あんたをぶった斬りたくなってきたたよ……!」

 

「ふん……あのような竜の能力の欠片(かけら)を手に入れただけの半端者など、別に仲間でもないがな。

 そんなことよりも、くだらない心配をせずに、全力で俺を楽しませろよ? 

 そうでなければ、わざわざエキドナの口車に乗って、こんな田舎にまで出向いて来た甲斐も無い」

 

 リヴァイアサンは肉食獣を思わせる犬歯を剥き出しにして、ニイっと狂暴な笑みを浮かべた。

 その笑みにザンは珍しく怯みかけたが、それを振り払うかのように叫ぶ。

 

「楽しめるものなら楽しんでみろ!!」

 

 ザンはリヴァイアサン目掛けて、猛スピードで駆け出した。




「あ~あ、随分とリザンちゃんから出遅れちゃったわねぇ。

 人1人を抱えているとはいえ、この私が全然追いつけないなんて……あの子、結構飛行スピードが速いわ。

 フラウ、あなた少しは飛行魔法を習得しなさいよ。

 もしくは痩せなさい」


 シグルーンは背後から(フラウヒルデ)の腰を抱えながら、飛行していた。

 そんな彼女の出で立ちは、フラウヒルデが鎧で武装しているのとは対照的に、先程までのドレスを多少動き易くした程度の違いでしかない。

 ただしドレスの色は黒く、何処となく攻撃的な印象になっている。

 

 また、フラウヒルデが剣を携帯しているのに対して、シグルーンは武器らしい武器を何1つ所持していないようだ。

 とてもこれから、竜と一戦を交えようとしている風には、見えなかった。

 

「済みません……母上。

 でも、私は魔法がからっきしなのをご存じでしょう? 

 あまり無理を言わないでくださいよ。

 それに……重いのは鎧の所為ですっ!」

 

 フラウヒルデの抗議には、少々の(いきどお)りの色が混じっていた。

 飛行魔法はただでさえ高等な術なのだ。

 たとえ魔術士だとしても、才能の無い者は一生かかっても習得することは難しい。

 騎士である彼女にそれを習得しろというのは、かなり無茶な話だった。


 それに普段は体重のことなど気にしないフラウヒルデでも、面と向かって「重い」と言われるのは、気分の良いものではない。

 やはり彼女も、まだ若い娘なのである。

 

「そんなに難しいものかしらねぇ? 

 私は9歳くらいの時に、3日でマスターしたものだけど……」

 

「そんなのは世界広しと言えども、母上だけだと思いますが……」

 

 フラウヒルデはげんなりとした。

 実のところ彼女にとってこの母の存在こそが、魔法を苦手とする要因の1つとなっている。

 彼女も幼い頃は魔法を学んだりしたものだが、いつからかその習練を放棄していた。

 

 それは母があまりにも超絶的な魔法の腕を誇っていたが故に、大きなコンプレックスを感じてしまった所為だ。

 絶対に超えられない壁は、彼女の劣等感をすくすくと育てるという結果になっている。

 

 とは言え、殆どの事柄を万端滞りなくこなしてしまう母と一緒に暮らしている限り、フラウヒルデは魔法以外の事柄にもコンプレックスを感じることが少なくはなかった。

 実際彼女は、騎士(・・)としても母に対してコンプレックスを感じている。


 だがそれでもフラウヒルデは、騎士としての自身が好きだった。

 それは自身が生まれる直前に父を亡くしてしまった彼女にとって、騎士道を追求していたという父と同じ道を歩むことが、その矜持や想いなどを知り得える手掛かりであり、また、共有できる手段でもあったからだ。

 能力が母より劣るなどということは、二の次である。

 

 それが故に、フラウヒルデはコンプレックを感じつつも、母に対しての反発心はあまり無い。

 そしてやはり尊敬もしていた。

 そうでなければとっくの昔に、城を飛び出していたことだろう。

 

 だが、色々と気苦労が多いのも事実だった。

 シグルーンは色々な意味で、常識を超越しているのだから……。

 

「ふぅ……。

 む?」

 

 ちょっとした心労を感じて嘆息したフラウヒルデは、何者かの気配に気が付く。

 その気配には、確かな殺気が混じっていた。

 

「母上っ!」

 

「言われなくても、分かっているわよ」

 

 シグルーンが急激に高度を下げた瞬間、先程まで彼女達がいた辺りを衝撃波が通りすぎてゆく。

 

「何者!?」

 

 フラウヒルデは空中半ばでシグルーンの腕を振り払い、難なく地面に着地する。

 そして剣を抜き放ちつつ、衝撃波が撃ち出された方向へと走り出した。

 だが、そんな彼女の前にシグルーンは回り込んで降り立ち、その動きを(さえぎ)る。

 

「無闇に敵に近付かないの。

 危ないでしょ?」

 

 (さと)すようなシグルーンの言葉に、フラウヒルデは異議を唱える。

 

「しかし、このまま逃げられたら……」

 

「逃げやしないわよ。

 こんな強い殺気を発している者が、今更逃げたりしますか。

 ねぇ?」

 

 シグルーンのその言葉はフラウヒルデにではなく、前方の岩陰に投げかけられたものだった。

 

「確かにこれから殺そうとしている相手から、逃げる奴はいないな……」

 

 そう答えなつつ、岩陰からリチャードが姿を現す。

 その姿を見て、シグルーンはわずかに表情を険しくした。

 同時にリチャードも、アースガルの母娘の姿に顔をしかめた。

 

「銀髪……あの女の血族か?」

 昨日は休んでしまってすみません。家族の入院手続きは終わりましたが、今後もこういう事はあるかもしれません。

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