―謎の攻撃―
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「烈風刃!?」
リチャードの攻撃備えて、ルーフが慌てて結界を形成しようとしたその瞬間――、
「――!?」
ルーフの背に激痛が走る。
それは何か鋭い物を突き立てられたような、痛みだった。
思わぬ方向からの攻撃に混乱してルーフは振り返るが、そこには何も無い。
「ぐっ!?」
だが次の瞬間、今度はルーフの左足を何かが貫く。
彼は堪らず地面に倒れ伏した。
(な……何なの!?)
混乱と激痛に顔をしかめながら、その攻撃の正体を確かめようと、ルーフはリチャードの方を仰ぎ見た。
すると、リチャードの腕から、細長い何かが伸びているのが、一瞬だけ見えたような気がした。
しかし、その直後には何も見えなくなる。
(鞭? でもあの人は、何も持って無いみたいだけど……?)
そんな困惑するルーフへと向けて、リチャードは更に腕を振った。
今度は四方八方から同時に、得体の知れない何かがルーフを襲う。
とっさのことにルーフは結界を張り損ね、次々と新しい傷が身体に刻みこまれていった。
しかもその傷の痛みが、結界を形成する為の集中力をかき乱し、既に防御さえも困難にさせている。
そんな彼へと、リチャードの攻撃は情け容赦無く続く。
「あっ、あぁぁーっ!」
次々と増える傷に耐えかねて吐き出されたルーフの絶叫と共に、周囲の地面には彼の鮮血が飛び散った。
その光景に、リチャードは満足そうに嗤った。
「クククク……どうした?
俺は随分と手加減しているのだぞ。
それなのに、もう動けないのか?」
「くぅ……」
リチャードの嘲りの言葉に、ルーフは小さな呻きを返すのがやっとだった。
彼の身体は既に血まみれで、放置していれば遠からず失血死しかねない状態だ。
いや――、
「……む?」
傷ついていたはずのルーフの身体は、精霊の力によって瞬時に癒やされていく。
これならば、今すぐに致命傷になるということはないだろう。
とは言え、使い慣れぬ力の使用と、初めての実戦の緊張により、彼の顔には疲労の色が濃かった。
だからおそらく、これ以上の回復は当面望めない。
つまり絶体絶命の不利な状況から、ルーフが抜け出せていないことには変わりないのだ。
それでも彼は、残された力を振り絞って立ち上がる。
たとえどんなに苦しくても、もう後が無いのだ。
ここで全力を尽くさなければ、ルーフには死以外の辿る道は無くなる。
いや、彼はそんなことなど意識していなかったのかもしれない。
ルーフはただ必死だった。
まるで本能が、命を懸けて戦わなければならない時を、今だと告げているかのように。
「う……んっ!」
ルーフはよろけながらも、再び掌に精霊の力を集中させる。
これが最後のチャンスだとばかりに、持てる全ての力を注ぎ込む。
「チッ、しぶといガキだ……」
リチャードは舌打ちしながら両腕を振り上げ、
「だが、これで最後だっ!!」
両腕を交差させるように、振り降ろす。
斜め十字型に放たれた衝撃波は、これまでで最大規模だった。
その衝撃波を避けるだけの動きは、ルーフが万全の状態でも難しいのに、今の疲弊し切った状態では尚更困難だ。
しかも攻撃態勢に入っていたルーフは、とっさに防御態勢への切りかえも――結界を張ることもできない。
つまるところ、今の彼にできる最善の行動は、掌に集中させた精霊力を全力で撃ち出し、リチャードの攻撃を相殺させることだ。
だが彼の攻撃が、リチャードの攻撃に少しでも劣れば、衝撃波にを押し戻されて彼ごと飲み込みかねない。
当然そうなれば、ルーフの命は失われる。
勿論その逆の場合もあるかもしれないが、むしろそうでなければルーフにはもう生き残る術が無かった。
おそらく、彼は集中した精霊力を撃ち出したが最後、最早反撃はおろか、身を守るだけの余力も残らないだろう。
そうなればルーフの「敗北」=「死」は確定したも同然だ。
それは選択の余地が無かったとは言え、あまりにも彼にとって分の悪い賭けであった。
しかし、彼はそれを躊躇無く実行した。
「いっけーっ!」
全力でルーフが放った精霊力は、超高熱の光の束と化してリチャード目掛けて突き進む。
その直径が1mを超えるであろうエネルギー波は、火炎竜の火炎息に匹敵する威力がありそうだった。
「!!」
衝撃波とエネルギー波の衝突に、周囲の大気が激しく鳴動する。
そして次の瞬間、衝撃波は霧散し、エネルギー波はやや威力が衰えたものの、なおもリチャード目掛けて突き進んだ。
「やったっ!」
ルーフの喜びの声。
だが――、
「甘いわぁっ!」
リチャードの右手からは、更にもう一撃衝撃波が放たれた。
「!?」
ルーフは我が目を疑った。
リチャードが撃ち放った烈風刃の威力は、今までとは桁が違ったのだ。
それはまるで、数発同時に撃ち出した衝撃波の威力を、一纏めにしているかのようだった。
そして衝撃波はあっさりとエネルギー波を貫き、ルーフに襲いかかる。
「うわあああぁぁーっ!」
ルーフの絶叫は、一瞬遅れて爆発の如き轟音にかき消された。
炸裂した衝撃波は爆風と化し、ルーフ諸共周囲のあらゆる物体を破壊し尽くす――はずだった。
「…………………………あれ?」
暫くして、頭を抱えて地面に蹲っていたルーフは、衝撃波がいつまでも自身を襲わないことを不思議に思う。
あるいは、痛みすら感じる間もなく、命を落としてしまったのだろうか?
ここは既にあの世なのだろうか?――とも。
取りあえず現状を確認する為、ルーフは怖々と顔を上げた。
すると、彼の目に紅い色が飛び込んでくる。
マントに覆われた見慣れた後ろ姿だ。
「貴様……っ!!」
続いてリチャードの怒りに震えた声。
彼の胸は深く何かに抉られ、大量の血が噴き出していた。
「ザンさん!」
ルーフの前には、立ちはだかるザンの後ろ姿があった。
彼女は恐るべき速度でルーフとリチャードの間に割り込み、衝撃波を剣で打ち返したのだ。
しかもただ打ち返すだけではなく、正確にリチャードの身体へと直撃させている。
やはり彼女の実力は、別格だと言えた。
「竜の気配を追って来たら、物凄い数の精霊の気配はするし、ルーフは魔法を使っているし……で、一体どうなっているんだ?」
ザンは訳が分からないといった顔で、肩越しにルーフを見遣る。
ルーフの絶体絶命の危機を救ったのは、1度目はファーブ。
2度目は精霊達。
そして3度目はルーフが最も頼りとする者――ザンであった。
(ああ……「三度目の正直」って本当なんだなあ……。
これで助かる……)
と、ルーフはまたどうでもいいようなことに感動しつつ、安堵の涙を流すのであった。




