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―異 変―

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 旧アースガル神聖王国・王城。

 現在はクラサハード王国・アースガル領々主の居城となっている。

 

 その一室では、ソファーの上で幸せそうな表情をして眠りこけている、20歳(ハタチ)くらいの女性の姿があった。

 美しい銀髪と、引き締まった肢体を持つ彼女の名は、ザンという。

 普段の彼女ならば、どことなく人を寄せ付けない鋭い雰囲気を持っているのだが、今はその鋭さの欠片も、その寝顔からは見出すことができなかった。

 まるで幼い少女のように、無邪気な寝顔だ。

 

 そんなザンと向かいあってソファーに座っているのは、これまた銀髪で少し年上に見える女性だった。

 彼女の瞳は紅く、そして実のところザンも、今は眠っている所為で傍目からは確認できないが、同様に紅い瞳を持っていた。 

 しかも2人の顔立ちもかなり似通っており、確かな血の繋がりが感じられる。

 そう、2人は叔母と姪という間柄だった。


 ザンの叔母だという彼女の名は、シグルーンという。

 

 ただ、叔母と姪とは言っても、ザンが身体に簡易的ではあるが鎧を纏っているなど、その風貌には粗野な印象があるのとは対照的に、シグルーンは質素ながらもドレスで身を包み、全身に確かな気品を漂わせている。

 それらの差異から、この2人が全く異なった人生の道筋を辿って来たということが、窺い知れた。

 

 シグルーンはかれこれ1時間ほどの間、読書に没頭していた。

 体内に宿す竜の血の影響により、200年以上もの長き年月を生きている彼女にとって、読書はうんざりするほど有り余った時間を費やす為の、良い手段となっている。

 だから彼女の書斎には膨大な量の図書が収蔵されており、それらの本から得た知識を元にして、彼女が暇潰しに何らかの研究を始めたりすることもさして珍しくはない。

 

 その結果シグルーンは、あらゆる分野においてそれぞれの専門家以上の知識を誇っているといっても過言ではなく、そんな彼女のことを「賢者」と称してもあながち間違いではないだろう。

 ただ、今彼女が読んでいるのは、学術書でもなければ小説でもない。

 それどころか、一般に流通している書籍ですらなく、その実態は彼女自身が今までに書き綴って来た日記だった。


 その200年以上にも及ぶ人生の中で(したた)めた日記の量は、実に数百冊余り──。

 書斎の書棚1つを丸ごと占領している。

 シグルーンはそんな日記の中でも、特に古い年代の物を選んでこの応接間に持ち込み、一心不乱に読み(ふけ)っていたのだ。

 

 それは遠い過去の日に、姉と姪がこの城へ訪れた時の様子を書き記した物であった。

 だが、幼き少女が書き綴ったその文章はかなり稚拙であり、書いた本人ですら意味不明な部分も少なくはない。

 更に経年によって紙やインクが変色している部分や、破れかけたページの補強跡も多く、非常に読みにくいものだった。

 

 それでもそこには、子供だった頃の無邪気で純粋な感性と、懐かしい想い出が溢れている。

 微笑ましいその内容に、自然と笑顔になってしまうのも当然のことだった。

 シグルーンは時折ザンの顔を眺め、

 

「あんな小さな子が、こんな風に育つのねぇ……」

 

 と、感慨に耽る。

 そして、ふと窓の外が薄暗くなってきていることに気がつき、


「さて、そろそろ夕食の準備でもしましょうかね……。

 今日はリザンちゃんもいるから、腕によりをかけて沢山作らなきゃ」

 

 シグルーンは食事の準備に取りかかろうと立ち上がった。

 アースガル城で働く使用人の数は、その城の敷地面積からすると意外なほど少ない。

 やはり暇潰しなのか、シグルーンは身の回りのことを殆ど全て――料理・掃除・洗濯などを独りでこなしてしまうからである。

 食事も娘の分どころか、使用人の分まで彼女自らが作ることさえあった。

 

 事実上、一国の王にも等しい権力を持つ者として、彼女はかなり変わり種な存在だと言える。

 そんなシグルーンが、部屋から出ていこうとしたその時――、

 

「──っ!?」


 シグルーンが何かの気配に気がついたのと同時に、ザンが慌てたように飛び起きる。

 

「リザンちゃん……!」

 

「い、今邪竜の気配が……!」

 

「あなたも感じたの? 

 ひょっとしたら、あなたの連れか何かなのかと思っていたのだけど……気の所為じゃなかったのね」

 

 そんなシグルーンの目には、鋭い光が帯び始めていた。

 

「やっぱり、あいつがこの地に来たんだわ……」

 

「あ、あいつって……?」

 

「確か……名前はリヴァイアサンとか言ったっけ」

 

「……四天王……!!」

 

 シグルーンの口から漏れ出た最悪の名に、ザンは慄然とした。

 それは邪竜四天王で最強と讃えられた、巨大な水竜の名である。

 

 シグルーンは部屋の隅に設置されていた伝声管に向かって吠える。

 

「フラウ! 結界装置の準備はいいわよね? 

 すぐに発動させてちょうだい。

 私達も出陣するわよ!!

 それと戦乙女騎士団(ワルキューレナイツ)には、領民の避難誘導の命令を!」

 

 数瞬遅れて、フラウヒルデの、

 

「了解しました母上。

 こちらはいつでもいいです!」

 

 との声が、伝声管から返ってきた。

 アースガル城の伝声管は、魔法の力も使われている為に、かなり遠くまで声が届くようになっていますし、あらかじめ設定していた場所にのみ声を届けることができるようにもなっています。

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