―一方ルーフは……―
本日2回目の投稿です。
一方ルーフは、アースガルの城下町にある市場にいた。
彼はザンのもとから飛び出したはいいが、行くあても無く、こっそりと昼食をとった食堂へ戻ってみても、そこに彼女の姿は既に無かった。
ザンがこんな見ず知らずの町に、ルーフを置き去りにするほど無責任な人間だとは思えなかったが、どちらにしろ喧嘩別れ状態になってしまったばかりなので、お互いに顔を合わせづらいのも事実だ。
だからまだ暫くの間は、ザン達が捜しに来る事はないだろうし、彼の方から捜す気にもあまりなれない。
そんな訳で仕方がなくルーフは、この市場で途方に暮れていた。
茫然と市場の隅で何をするでもなく立っていた彼だったが、チャンダラ市での悪夢のような経験を思い起こし、
「また男の人に声をかけられた怖いから、何かしよう……。
とりあえず夕食の材料を、買い出しするかな……」
と、周囲の露天で、食材を物色しはじめた。
結局のところ、ルーフが最も得意とするのは料理である。
何か物凄く美味しい料理を作ることができば、ザンも少しくらいは自分の価値を認めてくれるかもしれない――そんなことを考える何とも健気な少年であった。
「あ、玉子が安いや!
今晩はオムレツがいいかな?
それともスープに使おうかな……」
と、どこぞの主婦のような呟きを漏らしながら、市場を散策していたルーフだったが、ふと見覚えのある後ろ姿を人混みの中に見たような気がして、立ち止まった。
(…………リチャードさん?)
ルーフは慌てて、リチャードらしき人物がいた辺りへと足を運ぶ。
すると十数mほど先にある路地の入り口へと入って行く、男の姿が目に留まった。
それはスラリとした長身で、細身ながらも筋肉の引き締まったしなやかな身体付きをしていた。
その身体を覆う上下とも黒い衣装は、おそらく闇夜の中では視認することを難しくするだろう。
故にどことなく、暗殺者のような印象を見る者に与える。
が、昼間だと逆に目立つので、忍んでいる訳でもなさそうだ。
そしてそんな服装と同じ漆黒の黒髪は前髪だけが妙に長く、その前髪に隠れるような切れ長の鋭い目は、1度見れば簡単には忘れることはできないほど強烈な印象を他者に与えた。
だが、顔全体を見れば20代後半くらいの精悍な造りの為に、それほどキツイ印象にはならない。
そんな彼は間違い無くチャンダラ市で、ルーフが出会った人物──竜の血に身体を侵された殺人鬼のリチャードだった。
(ザンさんを狙って、追ってきた……?)
ルーフはリチャードが入っていった路地の奥を覗き込んだが、どうしたものかと逡巡する。
(追った方がいいのかな……?)
リチャードの目的はまだ分からないが、一刻も早くその目的を知り、対策を講じなければ、チャンダラ市の事件の時と同様に、沢山の人間が死ぬことになりかねない。
ならばこのまま彼の後を追って、せめて何処に行こうとしているのかを突き止めることができれば、それはザンにとってかなり有益な情報として役立つはずだ。
そうなれば自身が「足手纏い」ではないということを、ルーフは証明することができる。
だが、もしもリチャードに追跡を見抜かれしまい、捕らえられて殺されるだけならまだしも、人質にでもされてしまえば、やはりルーフはザンの足手纏いでしかないことを、自ら証明してしまうようなものだった。
しかもそうなってしまう可能性の方が高いことも、間違い無い。
だからルーフは、
(ここは余計な真似をしないで、リチャードさんがこの町にいたことだけを、ザンさんに報告した方がいいかな……)
と、賢明な判断を下した。
下手な功名心を持って自滅するほど、彼は愚かではない。
すぐにその場を立ち去ろうと、振り向いた彼の視界を何か巨大な影が覆った。
「!?」
そこには、2mを超えるかと思われる長身の男が立っていた。
男はそろそろ老齢に差し掛かろうかという年齢に見えたが、異様とも言えるほど生気に満ちており、その無精髭の多い野性的な顔立ちの所為もあってか、ルーフは熊か何かの巨大な獣に出くわしたかのような感覚を覚えた。
その上半身のみを革鎧で武装し、その上に裾の破れた粗末な外套を纏った男の姿は、何処か山賊めいていて、いかにも堅気の人間ではない、不穏な雰囲気を醸し出している。
男はルーフを見下ろし、彼の進路を塞いだまま微動だにしようとしない。
彼は訳も分からず、男の視線と身体の大きさに、ただただ圧倒された。
「あ……あの……?」
ルーフが勇気を振り絞り、ようやく男に話しかけたその瞬間、男は冗談抜きで丸太のように太いその腕を伸ばしてルーフの首を鷲掴みし、そのまま吊り上げた。
「ぐっ、ううっ!?」
混乱と首を締め上げられたことによる苦しさの所為で、苦悶するルーフ。
その表情を愉しむかのように、男は常人よりも幾分大きな犬歯を剥き出しにして、獰猛な笑みを浮かべた。
そして――、
「おい、リチャード!
この小僧、貴様のことを見知っている様子だったぞ。
心当たりはあるか?」
と、男はルーフを吊し上げながら路地の中に入りこみ、リチャードに追いつくと彼の前にルーフを放り投げた。
「……こいつは……。
リヴァイアサン様、この小僧はあの斬竜剣士の女の連れです。
どうやらエキドナ様から頂戴した、この町にあの女がいると言う情報は確かなようですな」
「そうか。
ならばこの小僧で、その斬竜剣士を誘き寄せる為の餌にするなり、人質とするなり、色々と使わせてもらおうか……」
「はい……」
そんな2人の会話を聞きながら、ルーフは身体を小刻みに震わせていた。
それは、恐怖の為でもあるが、それ以上に――、
(やっぱり、僕はザンさんの足手纏いでしかないんだ……!)
そのことを彼は、絶望的に思い知らされていた。
そして200年の時を超えて、アースガルには再び巨大な災厄が訪れつつあった……。
第4章はここまで。次回からは、5章に突入します。




