表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/430

―あの日の約束―

「……これで私のお話はお終い。

 …………アラ?」

 

 シグルーンが話を終えると、目の前のソファーの上には、眠っているザンの姿があった。

 

「……まあ、お話はこれからいくらでもしてあげられるものね」

 

 シグルーンは別段怒った様子を見せなかった。

 むしろザンが自身の目の前で眠っている事実が、彼女には嬉しかった。

 その理由は戦いの中に身を置いたことがある者ならば、誰もが分かることだ。

 

 戦士は決して人前では熟睡しない――。

 

 それは時として、自らの死に繋がる可能性があるからだ。

 戦いの中に身を置く以上、何処に敵が潜んで攻撃の機会を狙っているのか分からない。

 それ故に戦士は、人前で最も無防備となる寝姿を曝して、自らの弱点を敵に教えるような真似をしない。

 仮に眠っていても、それは周囲に変化があれば、すぐにでも飛び起きることのできる浅い眠りだ。

 

 だからザンがシグルーンの前で眠ったということは、余程彼女に気を許し、信頼していることの証しだった。

 事実、200年もの長い戦いの中に身を置き続けてきたザンにとって、無防備な寝姿を他者に見せることは殆ど無く、旅の同行者たるルーフやファーブの前でさえも、常にどこか緊張したような眠り方をしていた。

 

 ましてやこれほどまでに安らかな寝顔を見たことがある者は、この200年間では1人としていなかったはずだ。

 おそらく両親の物語を子守唄代わりにしたおかげで、戦士となる前の本来の彼女へと、一時的にせよ戻ることができたのかもしれない。

 

「ふふ……赤ん坊の頃と、あまり変わらない可愛い寝顔ね」

 

 シグルーンはザンの寝顔を見つめ、200年以上も昔に、この姪っ子と初めて出会った時のことを思い出していた。

 


「おかえりなさい姉様。

 もう、1年半ぶりくらいだね」

 

「ただいま、シグちゃん」

 

 姉妹は再開の挨拶を交わした。

 別れの日から約1年と7ヵ月。

 その間にシグルーンはかなり背が伸びた。

 元々長身の家系であった為に、同い年の少女の平均よりも背は高かったのだが、今や彼女の上背(うわぜい)は十代半ばの少女とそう大差ない。

 

 その表情にもやや幼さを残すものの、成人の者と比べても遜色無いほど凛々しく見える。

 姉からの独り立ちと、次期女王候補としての責任がシグルーンを心身ともに大きく成長させていた。

 

 一方、ベルヒルデは少女の面影を脱ぎ捨てて、大人びた柔らかいな雰囲気を身につけていた。

 以前の彼女とは確実に何かが違う。


 そんなベルヒルデの腕に抱かれたものに、シグルーンは「おや?」と、目を留める。

 シグルーンが覗き込んでみると、そこにはおそらく生まれて数ヵ月程度の小さな赤ん坊の姿があった。

 その赤ん坊は、シグルーンやベルヒルデと同様に、銀髪で瞳が紅い。     


「姉様……この子! 

 ……ベーオルフお兄さんとの?」

 

「へへへ……」

 

 肯定するかのように、ベルヒルデは照れ笑いを浮かべる。

 

「この子、男の子? 女の子? 

 名前は?」

 

「リザン──リザン・ベーオルフ・ベルヒルデ。

 女の子よ」

 

「リザン・ベーオルフ・ベルヒルデ……。

 庶民風に、両親の名前を組み入れたんだね。

 姉様らしいや。

 

 それにしても女の子かぁ……。

 それじゃあ、あたしの妹だね」

 

「姪でしょ?」

 

 ベルヒルデは妹の不可解な言葉に、きょとんとする。

 

「妹だよ。

 だって、あたしは姉様に育てられたんだもの。

 姉様があたしの母親代わりなんだから」

 

 そんなシグルーンの表情は、10歳を少し過ぎただけの、年齢相応の少女らしいものへと戻っていた。

 ベルヒルデは嬉しそうに目を細める。

 その言葉に込められた感謝の念が、ハッキリと伝わって来たのだ。

 

「あたしも、姉様みたいに沢山妹を可愛がってあげるんだ。

 そして、色んなことを教えたり、助けてあげたりするの!」

 

「そう? 

 それじゃあ、シグ姉様にお願いしようかな?」

 

「うん!」

 

 シグルーンは元気よく、そして嬉しそうに答えた。

 それに驚いたのか、

 

 ふえっ……。

 

 不意にリザンが泣き出しそうな気配を見せる。

 

「ああっ、まずいよ! 

 ここで大泣きされたら、姉様達がみつかっちゃう。

 一応死んでいることになっているんだから!」

 

 2人は大慌てでリザンをなだめはじめた。

 


「ふふふふ……」

 

 そんな懐かしい過去に想いを馳せていたシグルーンの顔は、自然とほころんだ。

 そしてザンの寝姿を見つめ直し、問いかけるように囁く。

 

「……どんな夢を見ているのかしらねぇ?」

 

 その言葉に反応したのか、ザンはモゴモゴと寝言を漏らす。

 

「……し……わせになるよ……」

 

 その目には、わずかに涙が(にじ)んでいた。

 しかし、その顔は安らかなままだ。

 

「悪い夢ではないみたいね……。

 姉様の夢かしら? 

 ……さて、このままにしておくのもあれかな……」

 

 シグルーンは他の部屋から毛布を持ってきて、それをザンが起こさないように慎重にかけつつ、穏やかな――それでいてどことなく切なげな微笑みを浮かべる。

 

「リザン……私の大切な妹。

 本当によく帰ってきてくれましたね……。

 これで姉様との約束も、果たせそうだわ……」

 

 そんなシグルーンの言葉が聞こえたのかどうか、ザンは微笑みながらも更に深く眠り続けるのだった。

 もうお忘れかもしれませんが、ザンの寝言は、125回目の「―幸せの在処―」における、ベルヒルデの疑問に対する答えです。


 なお、明日は所用で更新を休むので、可能なら今晩にもう1回更新するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ