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―そして、歴史は続く―

 空を舞う飛竜(ワイバーン)の背にはベーオルフと、顔を真っ青に染めて彼の背中にしがみついているベルヒルデの姿があった。

 少しでもバランスを崩すまいとして、必死の形相だ。

 

「……お前よー。

 いーかげん慣れたらどうだ? 

 もう、結構飛んでるんだぜ?」

 

「怖いものは怖いのよ!」

 

 吠える狼の如く、ベルヒルデは歯を剥いて(わめ)いた。

 

「……少しは余裕持てよな。

 ほら、ここから見える景色は、凄く奇麗だぜ」

 

「…………」

 

 確かにそう言われてみれば、雲にも届きそうなほど高く飛ぶ飛竜から見える景色は、雄大なものだった。

 空と大地の境界線まで続く山脈(やまなみ)や森林・平原は勿論のこと、遠くには海らしきものも見える。

 山国育ちのベルヒルデにとっては、初めて見る海だ。

 心が奪われそうになる光景――だが、やはり下を見ると目眩を起こす。

 

「やっぱり駄目……」

 

 ベーオルフの背には、ベルヒルデの上半身がよろめく気配が伝わってきた。

 

「……どーでもいいけど、落ちるなよ?」

 

「ふふふふふ……それは保証できないわね……!」

 

 何故か勝ち誇ったように――実際は強がろうとしていたのだろうが、ベーオルフにはそう聞こえた――ベルヒルデは答えた。

 いずれにせよ、あまり嘘を言わないベルヒルデが「保証できない」と言うからには、本当に落ちる可能性もあるのだろう。

 

「お前、てきとーに何か喋っていろよ。

 気が紛れるかもしれねーからさ……」

 

 ベーオルフは本当に墜落されても困るので、ベルヒルデに1つの提案をした。

 

「……何か話せって言われてもねえ……。

 ああっ、そうだ!」

 

 まるで重大なことを思い出したかのように、ベルヒルデは叫んだ。

 

「……なんだ? 

 忘れ物でもしたのか?」

 

「……あなたの名前、なんて言うんだったっけ?」

 

「……あのな、普通は最初に聞くことだろうよ」

 

(そういえば、妹の方にしか自己紹介していなかったっけ……)

 

 そう思いつつ、呆れるベーオルフ。

 それに対して、

 

「だってぇ……」

 

 と、ベルヒルデのふてくされたような声。

 ここ数日間の慌ただしさは尋常ではなかったので、あまりにも初歩的なことを――だからこそなのだろうが――つい失念していた。

 それに、ずっと「あなた」でこと足りていたので、名前を知る必要がなかったのも事実だ。

 

「仕方がねーなぁ……。

 俺はベーオルフっていうんだ。

 お前はベルヒルデでいいんだよな?」

 

「ベーオルフね。

 私の名前は国葬の時にでも聞いたのかしら? 


 それにしても、ベーオルフって言いにくいわね。

 だから『ベーやん』って呼んでもいい? 

 私のことを『ベルベル』って呼んでもいいからさ。

 『ベルりん』でも可」

 

 と、ベルヒルデは、お互い誰にも呼ばれたことがないような愛称を提案してみたりする。

 どうやら軽口が叩ける程度には、余裕がでてきたようだ。

 

「………………どちらも勘弁してくれ」

 

 心底嫌そうにベーオルフは呻く。

 しかし、すぐに「くっくっく」と笑い声を漏らし始めた。

 

「な、何よ?」

 

「いや……これだけボケた奴が、あれだけの剣の腕を持っていたりするんだからな……。

 しかも一国の姫様ときたもんだ、世の中分かんねーなぁ……と思ってよ。

 面白いよ、お前は」

 

「『ボケ』とは失礼な……」

 

 なんだか(けな)されているのか、褒められているのか微妙なところだったが、さすがに「ボケた奴は」聞き捨てならず、ベルヒルデは不満そうに抗議する。

 ただ、多少は自覚があるので――名前を聞かなかったのは事実だし――あまり強い調子ではない。

 

「でも、確かに剣の腕なら、世界でも5本の指に入ることを自負しているわね。

 見ていなさい、私の力であなたを世界最強の男にしてみせるから!」

 

 ベルヒルデのその言葉は途方もない宣言のようでいて、数年後に実現することとなるのだから侮れない。

 

「ふ……楽しみにしているぜ」

 

 ベルヒルデのことを頼もしく思いつつ、ベーオルフは笑う。

 その笑みが何を意味するのかは、彼自身もまだ理解していない。

 ただ、この時の彼は、過去に失ったものを再び取り戻そうとしていた。

 

 ベーオルフとベルヒルデ――この2人の間に、長女リザンが誕生するのは、これより約1年半後のことである。

 


 一方、城に戻ったシグルーンは、多くの家臣達の前で「姉ベルヒルデが竜と戦う為に単身で旅立ち、もう戻らないだろう」と告げた。

 これによって国は、王位継承権をめぐっての混乱に陥るかと思いきや、その場でシグルーンは、恐るべき能力を皆に見せつけた。

 後の世にはその巨大な魔力を用いて、城の壁に軽々と大穴を穿(うが)って見せたと伝えられている。


 その結果、「やはりこの幼い少女も、国の守護神・剣聖ベルヒルデの妹であり、姉に劣らぬ能力を秘めている」ということを人々に思い知らせたシグルーンは、アースガル王族の末席に名を連ねる宮廷魔術士筆頭のホズを後見人として、あっさりと次代女王候補の身分に収まった。

 結果ベルヒルデがいなくなった後も、アースガルには目に見えた混乱も無く、その強国としての基板を更に盤石(ばんじゃく)なものにしていった。

 

 しかしシグルーンが16歳の時に、彼女は生死の境を彷徨うほどの大病を(わずら)った。

 おそらく彼女の身体に宿るベーオルフの血が、邪竜王の呪いに反応したのだろう。

 その際に国内で多少の騒動は生じたものの、その人間離れした再生能力で快気したシグルーンは、(またた)く間に混乱を収め、翌年には正式に女王として戴冠した。

 

 アースガルの歴史上、最初で最後の女王である。

 こうしてアースガルは、女王シグルーンによる善政と、その巨大な力によって守られた平和によって、長い年月の間栄え続けた。

 彼女は前国王である兄以上に為政者としての能力に優れ、前守護神たる姉以上に巨大な戦闘能力を誇り、その上で人心の掌握術に()けていたのだ。

 

 だが時が進むにつれ、シグルーンは人々の前に姿を見せなくなっていった。

 それはいつまでも老いない特殊な身体の秘密を、一族や側近の者達はともかく、一般国民に対して誤魔化しができなくなってきた為である。


 結局シグルーンは、50歳を節目に息子へと王位を譲り、隠居生活に入る。

 それ以後の彼女は、なるべく俗世へ干渉しないことを徹底した。

 本来ならば現役を退き、既に死去していても不思議ではない者が、いつまでも国の支配を続けていくことは、あまりにも人間社会における摂理に反していると考えた為だ。

 

 結果、シグルーンが100歳の(よわい)を数える頃には、旧クラサハード帝国帝室の子孫がアースガルより独立の動きを見せたが、その時もシグルーンは不干渉に徹した。

 徐々にアースガルとクラサハードの立場は逆転していったが、それは長い歴史の流れの中では当たり前のように見られる、国の興亡の1つに過ぎなかった。

 

 ただ、シグルーンは家族との思い出が沢山詰まっているアースガル城と、その城下町だけには何人(なんぴと)たりとも干渉を許さず、彼女自身が幾度となく名を変え身分を変え、アースガル城の(ぬし)として君臨し続けた。

 そしてもしもアースガルへ害を成す者が現れれば、彼女自らが乗り出して、その者を完膚無きにまで叩きのめしたという。

 

 そんな彼女の行いは、アースガルの守護神「救国の戦乙女(ワルキューレ)・ベルヒルデ」が復活し、アースガルを守ったのだと人々の間で真しやかに囁かれることとなった。

 それは後の世に伝承として語り継がれ――、


 そして、現在に至る。

 ちなみに、初期設定ではベーオルフのフルネームに「ベーオルフ・ヘルギ・ハーン」というのがあったけど、現在はただの「ベーオルフ」のみ。

 あと、「ヘルギ」という名前のキャラはそのうち出てきますが、完全な脇役です。

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