表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/430

―親離れ―

 メンテ……だと? そんな訳で、いつもより遅れました。そして、ちょっと短め。

「ま、そういうことなら、姉妹2人でしっかりと別れを済ませておきな。

 俺の方はいつでも出発できるからさ。

 いくら時間をかけてもいいぜ?」

 

 と、ベーオルフは飛竜の背に登り、寝ころんだ。

 

「うん、ありがと……」

 

 それからベルヒルデは、シグルーンへと向き直った。

 ひょっとしたら妹とは、これで今生の別れになるもしれない。

 そう思うと、酷く別れがたいものを感じる。

 

 だが、すでに決断したことを、今更曲げる訳にもいかなかった。

 それにこれは、妹も望んだことなのだから……。

 それでもベルヒルデの胸中には、後ろめたい感情が膨れ上がっていく。

 

「ごめんなさいね……。

 私、ずっとあなたの側に、いてあげるって言ったのに……」

 

「そんな3年も前の約束なんか、憶えていないよ」

 

 シグルーンはあっさりと言う。

 しかし「3年前」と、約束をした時期がスラリと出てきたということは、その約束を彼女はしっかりと憶えていた。

 そしてそれは、彼女にとってその約束がそれだけ尊かったことの証明でもある。

 本当は別れたくはない――ずっと姉に側にいて欲しいのだ。

 

(でも……いつまでも姉様に甘えて、あたしに縛りつけていてはいけないんだ……)

 

 親離れ――シグルーンにとって、この別れはそう呼んでもいいものだろう。

 彼女は親離れするにはまだまだ幼い年齢だったが、それでも姉からは沢山のものを貰い、そして学んできた。

 それは極一般的な子供が親から受ける物と比べても、充分過ぎるものだったのかもしれない。

 

(だから今度は、あたしが姉様に返す番なんだ)

 

 シグルーンは爽やかに微笑む。

 彼女は泣くまいと決めていた。

 泣いてお互いに別れが辛くなるのは、避けたかったのだ。

 それでも瞳が(うる)んでくることを抑えるのは難しく、それを誤魔化すかのように、彼女は明るく声を張り上げた。

 

「姉様! あたし頑張って姉様みたいな人になるからね! 

 姉様みたいに優しくて、強くって、沢山の人を護れる人に……!」

 

「そ、そう……? 

 でも、それはきっと大変なことよ、自分で言うのもなんだけど……。

 今は無理しないで、子供らしい生き方を楽しんだ方がいいと思うよ? 

 人間、一生の内で、子供でいられる時間が1番短いんだから……。

 変に背伸びをすると、損よ?」

 

 ベルヒルデのこれまでの生き方は、同じ年頃の娘達と比べると、損な役回りが随分と多かった。

 王族としての責務や、高い理想――それらに彼女が真剣に向き合えば向き合うほど、それは重責となって彼女をがんじがらめにした。


 勿論、自ら選んだ生き方だ。

 後悔は殆ど無いが、他者に同じ生き方をさせる気にはとてもなれなかった。

 それでも、シグルーンは、

 

「いいの! あたしがそうしたいの。

 姉様を目標にしたいの!」

 

 そんな迷いの全く無い告白を聞くと、ベルヒルデには反対する言葉が見つからなかった。

 自身の子が本気で望んでいることを、完全に否定できる親は多くない。

 しかもそれが、自身を目標としてくれると言うのなら、親としてこれ以上の喜びはそう無いだろう。

 それは自らの生き方が、子にとって尊敬できる物として示すことができたという、その証明なのだから。

 まさに今、ベルヒルデはそんな気持ちを抱いていた。

 

「そう? それなら、姉様はシグルーンのこと応援するわよ。

 精一杯頑張りなさい」

 

「うん」

 

 姉妹は笑顔で互いの顔を見交わした。

 だが、その笑顔もどことなくぎこちない。

 そして数秒間の沈黙の後、2人は抱きしめ合った。

 まるでお互いの涙を隠すかのように。

 

「元気でね……シグルーン……」

 

「うん……姉様もね……」

 

 それから2人は抱き合ったまま微動だにしなかったが、出発を急かすかのように飛竜が吠える。

 そんな気の利かない飛竜を殴りつけて(たしな)めているベーオルフの姿を目にして、姉妹は顔を見合わせて笑った。

 

「そろそろ行くね。

 たまには帰ってくるから……」

 

「うん。いってらっしゃい、姉様」

 

 先程の雰囲気とは一変して、姉妹の別れは穏やかであっさりとしたものだった。



 ――この姉妹の別れの時から、世界は新たな動きを見せ始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ