―親離れ―
メンテ……だと? そんな訳で、いつもより遅れました。そして、ちょっと短め。
「ま、そういうことなら、姉妹2人でしっかりと別れを済ませておきな。
俺の方はいつでも出発できるからさ。
いくら時間をかけてもいいぜ?」
と、ベーオルフは飛竜の背に登り、寝ころんだ。
「うん、ありがと……」
それからベルヒルデは、シグルーンへと向き直った。
ひょっとしたら妹とは、これで今生の別れになるもしれない。
そう思うと、酷く別れがたいものを感じる。
だが、すでに決断したことを、今更曲げる訳にもいかなかった。
それにこれは、妹も望んだことなのだから……。
それでもベルヒルデの胸中には、後ろめたい感情が膨れ上がっていく。
「ごめんなさいね……。
私、ずっとあなたの側に、いてあげるって言ったのに……」
「そんな3年も前の約束なんか、憶えていないよ」
シグルーンはあっさりと言う。
しかし「3年前」と、約束をした時期がスラリと出てきたということは、その約束を彼女はしっかりと憶えていた。
そしてそれは、彼女にとってその約束がそれだけ尊かったことの証明でもある。
本当は別れたくはない――ずっと姉に側にいて欲しいのだ。
(でも……いつまでも姉様に甘えて、あたしに縛りつけていてはいけないんだ……)
親離れ――シグルーンにとって、この別れはそう呼んでもいいものだろう。
彼女は親離れするにはまだまだ幼い年齢だったが、それでも姉からは沢山のものを貰い、そして学んできた。
それは極一般的な子供が親から受ける物と比べても、充分過ぎるものだったのかもしれない。
(だから今度は、あたしが姉様に返す番なんだ)
シグルーンは爽やかに微笑む。
彼女は泣くまいと決めていた。
泣いてお互いに別れが辛くなるのは、避けたかったのだ。
それでも瞳が潤んでくることを抑えるのは難しく、それを誤魔化すかのように、彼女は明るく声を張り上げた。
「姉様! あたし頑張って姉様みたいな人になるからね!
姉様みたいに優しくて、強くって、沢山の人を護れる人に……!」
「そ、そう……?
でも、それはきっと大変なことよ、自分で言うのもなんだけど……。
今は無理しないで、子供らしい生き方を楽しんだ方がいいと思うよ?
人間、一生の内で、子供でいられる時間が1番短いんだから……。
変に背伸びをすると、損よ?」
ベルヒルデのこれまでの生き方は、同じ年頃の娘達と比べると、損な役回りが随分と多かった。
王族としての責務や、高い理想――それらに彼女が真剣に向き合えば向き合うほど、それは重責となって彼女をがんじがらめにした。
勿論、自ら選んだ生き方だ。
後悔は殆ど無いが、他者に同じ生き方をさせる気にはとてもなれなかった。
それでも、シグルーンは、
「いいの! あたしがそうしたいの。
姉様を目標にしたいの!」
そんな迷いの全く無い告白を聞くと、ベルヒルデには反対する言葉が見つからなかった。
自身の子が本気で望んでいることを、完全に否定できる親は多くない。
しかもそれが、自身を目標としてくれると言うのなら、親としてこれ以上の喜びはそう無いだろう。
それは自らの生き方が、子にとって尊敬できる物として示すことができたという、その証明なのだから。
まさに今、ベルヒルデはそんな気持ちを抱いていた。
「そう? それなら、姉様はシグルーンのこと応援するわよ。
精一杯頑張りなさい」
「うん」
姉妹は笑顔で互いの顔を見交わした。
だが、その笑顔もどことなくぎこちない。
そして数秒間の沈黙の後、2人は抱きしめ合った。
まるでお互いの涙を隠すかのように。
「元気でね……シグルーン……」
「うん……姉様もね……」
それから2人は抱き合ったまま微動だにしなかったが、出発を急かすかのように飛竜が吠える。
そんな気の利かない飛竜を殴りつけて窘めているベーオルフの姿を目にして、姉妹は顔を見合わせて笑った。
「そろそろ行くね。
たまには帰ってくるから……」
「うん。いってらっしゃい、姉様」
先程の雰囲気とは一変して、姉妹の別れは穏やかであっさりとしたものだった。
――この姉妹の別れの時から、世界は新たな動きを見せ始める。




