―彼女の事情―
ザンはルーフの計画にある、大きな穴に気付いていた。
「あんたの覚悟は尊いが、だからこそ自らの命を省みずに誰かの命を救うなんてことを、親子二代でやってみろ。
あんたら親子を、英雄視する者が現れるぞ。
そうなったら町の人間達への影響も決して小さくはないだろうし、なんらかの抵抗の動きに繋がるかもな。
そんなことを、あの陰湿な爺が許すと思うか?
あの爺はあんたらを英雄にさせない為なら、関係ない人間を虐殺するぐらいのことはするだろう。
あんたが余計な真似をしたからだ──と、責任をなすりつける形でな」
「あ……」
確かにザンの言う通りだった。
カードならば「同じ町に住んでいるから」という強引な理理由だけで、ルーフとは全く関係のない人物に連帯責任を課すことぐらいは平気でやるだろう。
しかも当事者であるはずのルーフだけが、免罪されるとしたらどうだろう。
そうなれば、カードに逆らうことができないが故に行き場を失っていた人々の怒りが、一斉にルーフへと向けられることになるかもしれない。
その結果、ルーフは竜にではなく、同じ町の人々に私刑を受け、ボロクズのようにされて死んでいくのだ。
これはあくまで予測の範囲だが、高確率で起こり得る最悪の結末であった。
実際、只でさえこの町には、ルーフのことを疎んじている者が少なくはない。
特にルーフの父親のように、命懸けで家族が生贄にされることを拒むことができなかった者達にとっては、ルーフの姿を見る度に「何故自分達も同じように家族を救えなかったのか」という、やりきれない自責の念を覚えずにはいられないはずである。
それが積もり積もれば、ルーフへの憎悪へと転化されることは十分に有り得た。
身勝手な話だが、人間は不都合なことを他人へと押しつけたくなるものだ。
だからちょっとした切っ掛けでそれは、一気に爆発するかもしれない。
そんな状態のルーフが下手に動けば、町に更なる混乱と悲劇を呼び込むことになりかねなかった。
彼はこの町において、かなり微妙な立場に立たされているのだ。
「あんた1人の犠牲でどうにかなるなんて考えは、あまりにも浅はかだな」
ザンの言葉は事実であるだけに、ルーフにとって辛辣であった。
だからといって、ただ何もしないで傍観者に徹することも、ルーフには耐え難い。
「じゃあ、どうすればいいって言うんですか!?
僕にただ黙って見ていろと!?」
「ああ……余計な真似をするな。
あんたの気持ちは嬉しいけど、私は逃げるつもりなんて無い。
私はどうしても、竜に会わなければならないんだからな」
ザンはキッパリと言い放つ。
「し、死ぬ気なんですかっ!?」
ルーフは思わず声を荒らげる。
ザンの言葉は、「自殺する」と言っているも同然だからだ。
「そうとも限らないけどな?」
「限りますよっ!?
あなたにどんな事情があるのかは知りませんけど、そんな馬鹿な真似──」
「いいや」
ザンの声がルーフの言葉を遮る。
その声には、抗いがたい威圧感が込められていた。
「事情ならあんたにも分かるはずだろ?」
「わ、分かりませんよ、そんなこと」
全てを見透かしているかのようなザンの口ぶりに、ルーフは混乱する。
知り合ってからまだ1日かそこらの付き合いでしかない彼女の事情を、ルーフが知り得るはずがない。
だが、それでも共感することができるものはある。
「分かるはずだよ、あんたには……。
私は竜が憎い」
「…………っ!」
「竜が憎い」、ただその一言で、ルーフは全てを理解した。
父親を竜に殺された彼には、その気持ちがよく分かる。
やはり昨日感じた「自身と同じ境遇にザンがいる」という彼の直感は、間違っていなかったのだ。
「復讐……する気なんですか?」
「ああ」
ザンはさも当然のことのように答えた。
しかしそれがどれほど困難なことなのかは、ルーフが指摘するまでもない。
だが、それでも指摘せずにはいられなかった。
「無茶ですよ、そんなっ!?」
「そうかな?」
「そうですよっ、それが簡単なことなら僕だって……!
でも、あいつらは世界を壊したんですよ!?」
「よく……知っている」
ザンは再び、当然のことのであるかのように言う。
だが、今度は「竜に復讐する」などという絵空ことではない。
竜が世界を壊したというのは、厳然とした事実だ。
そんな対極に位置するとも言える事柄を、まるで同列であるかのように扱うザンに、ルーフは狂気を見たような気がした。
「この世界で、邪竜大戦を知らない人間の方が、どうかしている」
と、ザンは嘲笑めいた小さな笑みを浮かべた。




