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―死の絶叫―

「すっ、凄いねー、姉様」

 

 ベーオルフとファーブニルの戦いを、1km以上離れた丘の上で見学していたシグルーンは、感嘆の声を上げた。

 その横では、空中散歩でさんざん怖い思いをしたばかりのベルヒルデが、グッタリと座り込んでいる。

 

「あんな遠いところの戦いが、よく見えるわね……シグちゃん。

 まあ、私も見えるけど……」

 

(この子、こんなに目が良かったっけ?)

 

 とベルヒルデは首を傾げる。

 おそらくは竜の血の影響か……。

 だが、天然で同じくらいか、あるいはそれ以上の視力を持つ彼女と比べると、まだシグルーンの方が普通に思える。

 

「まあ……確かに凄い戦いよね。

 あの人も強いとは思っていたけど、まさか普通の斬撃で地面を割っちゃうほどとはねぇ……。

 あの竜は竜で、無茶苦茶速いし……。

 私でもあの動きを捉えることは、ちょっと難しいかも……」

 

 ベルヒルデは呆れたように言った。

 しかしファーブニルの動きを、「捉えられない」と断言しない辺りが、彼女の怖いところである。

 

「それにあの再生能力……本当に倒せるのかしら……」

 

 彼女達はベーオルフの心配をするが、それよりも先に自分達の心配をした方がいいのかもしれない。

 

「姉様、思ったよりも戦いの規模が大きいから、も少し離れた方がいいかな?」

 

「そうね、そうした方がいいかも……」

 

「じゃ、飛ぶ?」

 

「いや……歩こうよぉ……」

 

 と、ベルヒルデが泣き言を漏らしたその時、周囲の空気が一変した。

 

「!?」

 

「何……? 

 姉様、凄い魔力を感じる……!」

 

 ピリピリとした大気の気配に、2人は肌をざわつかせた。

 その次の瞬間、大地が小刻みに振動し始める。

 

「なんかだかマズイっ! 

 シグルーン飛んでっ! 

 この場から緊急離脱! 

 結界を張るのも忘れないでっ!!」

 

「了解!」


 シグルーンは普通の王族なら絶対に使わないような返事を元気よくしながら――どうやら状況を楽しんでいるようだ――ベルヒルデを抱えて飛び上がった。

 姉妹が大慌てで飛び去った数瞬後、その場は凄まじい破壊の波動に曝される。

 爆風が渦巻き、土砂が津波のように押し寄せて来た。

 

「――っきゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 辺りに響く大音響に紛れながら、ベルヒルデの悲鳴らしきものが聞こえてくる。

 この大破壊に巻き込まれた所為なのか、それとも単純に飛ぶのが怖いのか……。

 どちらにしても、その悲鳴も次の瞬間に起こった更に凄まじい大爆発の轟音にかき消され、彼女達の安否を確認することはできなくなった。

 


「あの程度の攻撃で倒せないのなら、更に強力な攻撃を試してみるまでだな」

 

『同感だな』

 

 そう同意しつつも、ファーブニルが持つ攻撃手段に、強力な物はそう多くない。

 とは言っても竜という種族柄、その能力の殆どは人間から見ればはるかに強大で、絶望的なまでの破壊力を有してはいるが。

 

 だがそれでも、元来生命(いのち)を奪うことを好まないファーブニルは、戦いにおいて敵の生命を奪うほどの強力な攻撃を殆ど必要としなかった。

 大抵の場合は、彼がかなり手加減した攻撃を何度か繰り返せば、決着がついてしまうのだ。

 

 しかしそれでは、彼の持つあまりにも巨大な能力の大半は無意味なものでしかない。

 使いどころの無い大き過ぎる力――それは彼の存在意義を不確かなものとしていた。

 ファーブニルは思う「何の為の力だ――?」と。

 

 竜の巨大な能力は「敵」と戦う為の物だ――そんなことを邪竜王が語っていたのを、ファーブニルは聞いたことがある。

 しかし竜の能力は、事実上この世界で最強だ。

 一体何処に「敵」がいる? 

 邪竜王はそんなファーブニルの疑問には、ついぞ答えてはくれなかった。

 

(竜の能力が敵と戦う為のものなのだとしたら、敵のいない現在の竜という種族は、全くの無意味だ。

 存在価値が無いも同然だ)

 

 だから、ファーブニルは敵を求めた。

 しかし自身と同じ竜の中に敵を求めもしたが、結局は同族だ。

 命を懸けて本気で戦う気には、あまりなれなかった。


 何よりも、彼と対等に戦えるほどの実力を持つ者は、竜という種においてさえもさほど多くはなく、また、ファーブニルが戦ってみたいと思う実力者が、必ずしも彼との戦いを望んでいる訳でもない。

 正々堂々とした真っ向勝負となればなおのことで、卑怯な手段を好む邪竜の中には皆無だと言っても良かった。


 結果、ファーブニルを満足させるような強者との戦いは、未だ実現しておらず、彼は不満を募らせ続けてきた。

 だが、目の前の男は竜の天敵であり、彼の全能力をもって戦うに相応しい相手だ。

 彼が初めて出会う、本当の「敵」──。


 いや、竜王によって生み出された斬竜剣士は、竜にとっての本当の敵ではないのかもしれない。

 それでも今この世界で最もファーブニルの敵として相応しい相手は、この斬竜王ベーオルフだった。


 ベーオルフはファーブニルの能力に、意味を与えてくれた。

 自らの巨大な能力は、この男と戦う為のものだったのだと、彼は思う。

 

(もう……殺す気でやってやる。

 俺の持つ最高の攻撃で――。

 ……いや、それでもこいつは耐え切るのかもしれないな……)

 

 だからこそ、もう何も遠慮はいらない。

 ファーブニルはこの300年間、幾度となく繰り返してきた戦いの中で、常に抑え続けてきた物の全てを解放させた。

 

「……本物の殺気だな……!」

 

 突き刺すような圧力を感じて、ベーオルフは唸る。

 しかしその表情からは、余裕の色が消えることはなかった。

 そしてそれを消し飛ばそうとするが如く、ファーブニルは力強く呪文を詠唱する。

 

『集え、地水火風の精霊達よ。

 汝ら1つに交わりて生み出すは、神秘の(ことわり)

 其の力をもって解放せしは、天の扉!」』

 

 ファーブニルに集中して増幅された膨大な魔力が、周囲の空間を揺るがした。

 

「こりゃあ……この辺一体が吹き飛ぶな……!」

 

 ベーオルフは素早く結界を展開させた。

 魔法攻撃の準備段階にあるファーブニルには大きな隙が生じていたが、今彼が攻撃を行ったところで、不死身に近い再生能力を持つファーブニルは、怯むことなく魔法を完成させる可能性が高い。

 

 防御が遅れればベーオルフでも無事では済まないだろう。

 ここは素直に防御に徹した方が利口である。

 そして彼が結界を完成させた直後――、

 

烈破(バルギス)!!』

  

 ファーブニルが全力で繰り出した魔法攻撃が炸裂した。

 彼を中心に、周囲2km四方の大地が粉砕されて空に舞い上がる。

 しかし、この強力な魔法攻撃さえも、彼にとっては単なる目眩まし程度の意味でしかなかった。

 

 ウオオォォォォォォォォォォォ――ッ!

 

 ファーブニルは狼の如く遠吠えを上げる。

 その遠吠えは尽きることなく、細かく振動してより甲高い物となっていった。

 

 古来より魔力の籠もった竜の声には、様々な能力があると言われている。

 たとえば人の心を魅了し、あるいは戦う者達の闘志を高め、更にはその精神そのものを崩壊させることも可能だという。

 だが、それは殆どの場合、精神に影響を及ぼす力だと言っていい。

 

 しかしファーブニルのそれは、精神干渉の領域をはるかに超越して、物理的破壊力を伴うものとなっていた。

 彼の遠吠えは人間の可聴域を大きく超えて超音波と化し――いや、最早音波とも呼べぬ超振動波となっていた。

 そのあまりにも激しすぎる振動は、分子の結合力すらも崩壊させ、あらゆる物質を(ちり)へと変える。

 

 最早、どんな物理的防御も、完全に無意味であった。

 ファーブニルは声を細く集中させ、ベーオルフのいた辺りへと撃ち放つ。

 

 オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!

 

 竜叫壊波(ドラゴンズ・クライ)――ファーブニル最大最強の攻撃である。

 分子結合を崩壊させる超振動に加え、その振動より生じた膨大な熱エネルギーは、それを発生させたファーブニル本人の身体さえも焼失させていく。

 無限とも思える強力な再生能力を持つ彼でなければ、自殺行為に等しい技であった。


 だが、だからこそその威力は凄まじい。

 ファーブニルの頭部のモチーフは某ギャ●スなので、超音波をメスじみたものも吐かせてみました。

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