―本気の一端―
地面に着地したファーブニルは、ベーオルフと対峙して楽しげに笑う。
『ハハっ、まさか直撃無しとはね。
やるなぁ、あんた』
と、はしゃぐファーブニルは、まるで遊びに夢中になっている子供のようだった。
その一方で、ベーオルフは内心で舌を巻いていた。
(あいつに身のこなしの指導をされてなかったら、全部食らっていたかもしれねーな……。
しかしあのスピードに技で対抗しても、勝ち目は無い……!)
あるいはベーオルフにベルヒルデほどの剣の技術があれば、ファーブニルの動きを捉え、互角の戦いに持ちこめたのかもしれない。
だが、1週間にも満たない短期間の修練で身につけた付け焼き刃の技術では、どうにも対抗のしようがなかった。
このままでは、ファーブニルのスピードに対応できなくなり、手数で押し切られる可能性が高い。
それならば──、
(ここはいつも通りの戦い方で、やるのが賢明か……)
ベーオルフは剣を上段に構えた。
その構えから繰り出される斬撃の多くは、大振りとなり隙も大きい。
しかし超重量の剣に、渾身の力を加えて振り降ろす斬撃は、全てが必殺の威力を持つだろう。
(奴のスピードも技も、圧倒的な力の前には無意味だっ!)
ベーオルフは不敵に笑う。
『少しは本気になったって面だな……。
お前の本気がどれほどのものか見せてみろ!』
再び猛スピードで突進するファーブニル。
片や、ベーオルフは剣を構えたまま微動だにしない。
回避行動は無い──と、察したファーブニルは、更にスピードを上げた。
その上で、全身に凄まじいまでの闘気を纏う。
最早、砲弾のごときその突進の直撃を受ければ、アースガルの王城程度なら、全壊させるだけの威力があるのかもしれない。
しかし――、
『何っ!?』
ファーブニルの突進は、ベーオルフの直前で止まった。
何か見えない壁に衝突し、その体勢を大きく崩してしまったのだ。
『――結界!?』
ファーブニルは一瞬、そう判断しかけた。
しかし今の攻撃は、並の結界程度で防げるものではない。
そして彼の突進を止めるほどの堅牢な結界を、事前に察知できないはずがなかった。
それほど膨大な魔力を注ぎ込まれて形成された結界ならば、肉眼で見えるほど実体化している。
(結界……!?
いや違う!
闘気を瞬間的に放出したのか?
それだけで、それだけで俺を止めただと!?)
闘気――魔術において力の源となると「魔力」が精神的エネルギーであるとするのならば、闘気は戦闘時に身体に作用する肉体的エネルギー――極論を言ってしまえば生命力そのものだと言ってもいい。
本来、闘気は肉体の内部にのみ作用し、筋肉組織や感覚器官などの能力を上昇させて、戦闘能力を大幅に高める役割を持つ。
勿論、剣術の奥義にある「烈風刃」のように、闘気を体外に放出して敵を攻撃する技も存在するが、それとて高速の斬撃から発生した衝撃波に闘気を乗せたものであり、闘気のみで敵にダメージを負わせることは、本来困難なことだ。
それにも関わらずベーオルフの闘気は、ファーブニルの突進を食い止めるほど強大なものだった。
これならば闘気のみで敵を倒すことも、さほど難しくはないだろう。
しかし、普通の人間と大差ないその小さな身体の何処に、それほど巨大な闘気を秘めているのだろうか──と、ファーブニルは驚愕する。
(この男の闘気、竜族以上だ……!!)
そんなファーブニルの一瞬の動揺の隙をついて、ベーオルフは大きく踏み込み、剣を振り降ろす。
が、ファーブニルはすぐさま体勢を立て直して、その攻撃をやり過ごした――かに見えた。
『ウオォォォォォっ!?』
斬撃らしからぬ爆音が山々の間に鳴り響く。
ファーブニルを取り逃がしたベーオルフの剣は、大地を叩き割った。
その衝撃により捲れ上がる地面が、偶然にもファーブニルを飲みこむ。
いや、あるいは最初から、彼はこれを狙っていたのかもしれない。
どちらにしろ、ファーブニルの動きは一時的に封じられたことは確かであり、それを見逃すベーオルフではない。
『ガッ……!』
ベーオルフの剣の一閃は、ファーブニルの首を根元から安々と斬り離す。
しかも彼の攻撃はそれだけにとどまらない。
地面に転がったその頭部目掛けて更に剣を振り降ろし、完全に叩き潰したのだ。
一見、やり過ぎと思えるほどの念の入れようだが、こうでもしなければファーブニルは、再び復活してくる可能性が高い。
失った指を、わずか1秒そこそこで再生するような能力を持つ竜だ。
切断された首を再び繋つなぎ合わせることができたとしても、さほど驚愕には値しない。
だが、脳を完全に破壊されてなお、生き続けることができた竜をベーオルフは知らない。
これで終わりのはずだった。
……そのはずだったのだが──現実は違った。
闘気の設定は、当然本作のみで通用するものです。




