―斬竜王と不死竜―
ベーオルフが決闘の地に到着した時、まず目に入ったのは、大地から立ち上る巨大なエネルギーの柱であった。
草木も疎らな荒野の中心から、空を目指して緑色輝く大地のエネルギーが、噴水の如く吹き出ていたのだ。
そのエネルギーの柱の中心には、ファーブニルの姿があった。
星を巡る血管とも言える龍脈──。
彼はそこから膨大な量のエネルギーを集め、一瞬の内に自らの体内へと吸収する。
「……ただ寝て待っていた……って訳でもなさそうだな……」
ベーオルフの見立てでは、ファーブニルの身体に内在する力の波動は、数日前のそれよりもはるかに巨大なものへと膨れ上がっていた。
おそらく今しがたのように、大地のエネルギーを吸収する行為をこの数日間、幾度となく繰り返してきたのだろう。
今や明らかにファーブニルを上回る力を持っていたあの水竜や異形の闇竜にも、彼は力負けしていないのではなかろうか。
『お前とは本気で、心置き無く戦り合いたいからよ。
身体を完全な状態にしておいた……!』
「そんなに気合いを入れなくてもいいのによ……」
迷惑そうなベーオルフの言葉。
しかし顔は笑っている。
そんな彼の様子に、ファーブニルもまた笑う。
『全く動じず……か。
やはり今日こそは本気で戦えそうだ。
生まれて初めて本気で戦える。
お前だってそうだろう?
巨大な力を持ちながら、それを全力でぶつけられる相手は、殆ど存在しなかったはずだ』
「まあな……」
ベーオルフとファーブニル――強すぎるが故に好敵手に恵まれなかった彼らは、自らの能力を完全に解放することができずにいた。
それはある意味、孤独であったとも言える。
だがこれから始まる戦いが、それを解消してくれるのかもしれない。
斬竜剣士と邪竜――お互いに天敵と言える立場であったが、彼らの戦う理由は憎しみでも、怒りでも、ましてや使命感からでもなく、ただ自らの能力を思う存分に解放したいだけなのだろう。
少なくともファーブニルはそうだ。
そして立場が違うからこそ、何の遠慮も無く生死を懸けた戦いができる。
「だが、お前に俺の全力を引き出すほどの、能力があるのか?」
その瞬間、ベーオルフの手の内に巨大な剣が出現した。
そんな彼から発せられる力の波動は、1人の人間から発せられているものとは思えないほど、巨大で底が見えない。
しかし、ファーブニルも臆した様子を見せず、
『試してみろ!』
唐突にベーオルフ目掛けて突進を始めた。
10mにも及ぶ巨体が、凄まじいスピードで駆ける。
「速っっ!?」
ベーオルフは間一髪でその突進を躱し、すぐさま自らの脇をすり抜けるファーブニル目掛けて剣を振り降ろす。
「!?」
しかし、その攻撃は虚空を斬っただけだった。
そこには既に、ファーブニルの姿は無い。
とっくに通りすぎていたのだ。
「チイィッ!」
舌打ちしつつ、ベーオルフはファーブニルの姿を目で追う。
だが、そこには再び自らに向けて突進して来る、竜の巨体があった。
「何っ!?」
ベーオルフの脇をすり抜けてから、わずか1秒そこそこの時間で、ファーブニルはその巨体を反転させ、再度突進の体勢を整えていたのだ。
凄まじいまでの身のこなし――いや、あれだけのスピードで駆けて、全く制動距離を取らずに身を翻すことなど、物理的にまず不可能だ。
慣性を完全に無視しているとしか思えない。
おそらくは、何らかの魔法的な力を使用したのだろうが、どちらにしてもこれほどまでに素早く見事な動きを、ベーオルフは他に見たことが無かった。
「この……!」
ベーオルフはファーブニルの突進を避けようとはせずに、今度は正面から斬りつけようと剣を真横に払う。
この突進を回避することは、不可能だと判断してのことだ。
ところが、ファーブニルはその斬撃を跳躍して躱し、ベーオルフの頭上を飛び越える。
そしてすれ違いざまに上半身を捻り、その鋭利な刃物と同等の切れ味を有する翼を広げて標的へと叩きつけた。
「ジャオン!!」という風切り音を後に残すその翼の攻撃は、ベーオルフの左肩の鎧を浅く斬り裂いただけであった。
だが、ファーブニルの攻撃もそれでは終わらない。
彼の尾が鞭のようにしなって襲いかかる。
それはベーオルフの左腕をひっかくようにして通り過ぎていく――いや、器用にもその尾を曲げて、彼の回避行動に肉薄した。
「……っ!」
しかしその尾での追撃は、鉄板の如き大剣の腹に弾かれる。
結局、ファーブニルの攻撃の悉くは、ベーオルフの肉体に毛ほどの傷も付けるには至らなかった。
もっとも、全く同じ攻撃をもう1度繰り出されたとしても、それを完全に回避できる自信は、ベーオルフにはなかった。
それほどまでにファーブニルの攻撃は速く、そして鋭かったのだ。
いよいよ2章でのVSザン戦の時には見せなかったファーブの本気が、少しずつ見えてきます。
 




