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―飛ぶ姉妹―

「な……何今の……?」

 

「あたしの張った結界だよ」

 

 シグルーンは得意満面で、平らな胸を張った。

 

「ほう? ほうほう……」

 

 ベルヒルデは妹の周囲の空間を、ペタペタと手で触れた。

 何も無いように見えるが、そこには確かに手応えがあり、実際に結界がその身体を包んでいることは間違いないようだ。

 

「凄いわね……!」

 

「でしょ? 

 これなら大丈夫じゃないかな?」

 

「いや……さすがにこれで竜の攻撃を防ぐのは、無理なんじゃないの?」

 

「じゃあ……どれくらい頑丈なのか姉様が調べてみてよ」

 

「危ないわよ?」

 

「大丈夫、大丈夫。

 姉様の腕を信じてるもの」

 

 ベルヒルデが見せたわずかな戸惑いを、シグルーンは信頼感の籠もった笑みで一蹴(いっしゅう)した。

 

「それじゃあ……ジッとしていなさいよ」

 

「うん。それじゃあ、もうちょっと強く張るから」

 

「お……おお?」

 

 シグルーンの周囲に、かなりハッキリと結界の姿が浮かび上がったのわ見て、ベルヒルデは内心で驚愕した。

 結界は肉眼でハッキリと見えれば見えるほど堅牢だ。

 肉眼で見えるということは、魔力が物質化するほど凝縮されているということでもある。

 

 ベルヒルデは帯剣していた剣を、鞘からスラリと抜いた。

 そして慎重に間合いをはかり、シグルーンの頭上の辺りに存在する結界を横薙ぎに払う。

 彼女ほどの剣の腕があれば、並の結界程度は何の抵抗も無く、バターのように斬り裂くことも可能である。


 予定では輪切りになるはずだった。

 が――、

 

「――――っっ()あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 金属音にも似た衝突音が鳴り響くのと同時に、ベルヒデのまだ完治していない両腕に激痛が走る。

 彼女が手にしていた剣は大きく弾かれて床に転がり、その剣身はポッキリと折れていた。

 

 そう、シグルーンの張った結界は、ベルヒルデの能力をもってしても、斬ることができなかったのである。

 

「ああっ、姉様大丈夫!?」

 

 シグルーンは今度こそ(・・・・)本気で心配そうに、姉へと駆け寄る。

 そんな妹に対して、ベルヒルデの答える声は震えていた。

 

「へーき、へーき」

 

「そ、そう?」

 

 妹に心配をかけまいと平静を装うベルヒルデであったが、唇を噛み締め、目に涙を溜めているその姿は、全く平気そうには見えなかった。

 

「姉様……すっごく、やせ我慢してない?」

 

「何言ってんのよ、大丈夫だってば」

 

「顔が青いし、汗も凄いけど……?」

 

「…………」

 

 シグルーンの突っ込みにベルヒルデは応えなかった。

 返す言葉が無いのか、それとも痛みでそれどころではないのか……多分両方だ。

 

「……それにしても凄いわね、シグちゃんの結界。

 竜の皮膚より硬いわよ。

 こんな強力なの張って大丈夫なの? 

 疲れない?」

 

「ううん、全然平気。

 チョイチョイって、作れちゃうよ」

 

「…………!!」

 

 ベルヒルデは絶句した。

 今のシグルーンの能力は、既に人間のレベルを大きく超えかけている。

 いや、既に超えているのかもしれない。

 

(竜の血の影響で、魔力が増大したって言うの……?)

 

 おそらく、それは間違いない。

 早くも人間としての殻を破りつつある妹の力を見せつけられたベルヒルデは、なんとも名状しがたい気持ちとなった。

 力を得ること自体には何ら問題は無いが、今後どのような副作用があるのか知れたものではないのだ。

 それに身体にこれ以上の異変が生じなかったとしても、大き過ぎる力を得たシグルーンが、それを悪用したいという誘惑に駆られることだって無いとは言えないのだから──。

 

 もっとも、それが顕在化していない今から心配しても無駄であり、現状では杞憂であればいいと願うことしかできないが……。

 

「これならお兄さんの戦いを見に行っても、大丈夫じゃないの?」

 

「そうね、遠くから見るくらいなら問題ないかも……。

 でも、今から追いかけても、山をいくつも越えなきゃならないし、どんなに急いでも2時間くらいかかるわね。

 着いた頃には、戦いは終わっているかも……」

 

「それじゃあ、飛んでいこうよ」

 

「……飛ぶ?」

 

 妹の提案を受けて、ベルヒルデの頬がピクンと引き攣った。

 顔も見る見る内に青ざめていく。

 数日前のベーオルフに抱えられて、空宙を飛んだ時の恐怖が蘇ってくる。

 

「飛ぶって……まさか、シグちゃん……?」

 

 恐る恐る妹に(たず)ねるベルヒルデ。

 しかし、シグルーンはいつのまにか彼女の背後に回り込んでいた。

 

(は、速いィっ!?)

 

 そしてシグルーンは、姉の腰に両手をまわした。

 そのま身体を反らせばある種の投げ技となるが、当然そんなことはしない。

 ただ、ベルヒルデは驚くほどの強い力で固定されてしまい、最早逃げようもなかった。

 

「ちょっと待って、シグルーン! 

 ちょっ、いやあぁ~っ!?」

 

「出発進行~♪」

 

 そんなシグルーンの楽しげなかけ声と共に、2人の身体がフワリと宙に浮いた。

 

「降ろしてぇぇー! 

 姉様、最近気が付いたんだけど、高所恐怖症みたいなの~っ!!」

 

「あ、暴れないでよ姉様。

 本気で落ちるよ?」

 

 シグルーンのその言葉を受け、ベルヒルデはビクリと身体を硬直させた。

 その顔から冷や汗が一粒、もうかなり遠のいた地面に向かって落ちて行く。

 

「ひ……」

 

「大丈夫、大丈夫。

 ここ2、3日ね、あたしの魔力とかが凄い充実してるの。

 今なら何でもできそうだから、色々と練習したんだよ。

 空飛ぶのも、もう完璧」

 

「あなた……もう……」

 

(私を追い抜いたんじゃないの?)


 と、ベルヒルデは口に出しかけた言葉を飲みこんだ。

 それを認めるのは、さすがにちょっと悔しい。

 出来の良すぎる(ベルヒルデ)の所為で、肩身の狭い思いをしていた兄バルドルの気持ちが、今ならちょっと分かる。

 

 しかし、シグルーンが自身よりもずば抜けた潜在能力を有しているということは、ベルヒルデも認めざるを得なかった。

 いかに魔力が大幅に増大しようが、それだけで魔法をこれほどまでに容易(たやす)く扱えるものではない。


 おそらく「竜の血」が切っ掛けで開花したのだろうが、凄まじいまでの才能が元々備わっていたのだ。

 そうでなければ、わずか数日で飛行魔法を習得などできるはずもない。

 並の才能ならば、増大し過ぎた魔力を制御することすら叶わず、逆に魔法を正常な形で発動させることも困難になるだろう。

 

「それじゃあ、行っくよぉーっ!」

 

 急速に飛行スピードを上げて飛ぶ姉妹の後には、ベルヒルデの悲鳴が尾を引くように残っていった。

 

「もっと、ゆっくり飛んでぇぇぇぇぇぇ~!」

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