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―核 心―

 カードに逆らった所為で生贄された者は、まだいい。

 理不尽ではあるが、その死にはまだ「見せしめ」という意味がある。

 しかしそれ以外の、何の罪も無いのに生贄にされてしまった者達の死には、全く意味が無い。


 そもそも死ななければならないという、必然性すら無かったのだ。

 この事実は犠牲者の身内にとって、とてもやりきれないだろう。

 さすがに決死の覚悟で、カードに牙を剥く者が続出してもおかしくはなかった。

 

 そんな「反乱」が起こってしまった場合、その対処にあたらなければならないであろう部下の男は、動揺を隠しきれなかった。

 それに反してカードは、感心したように笑みを浮かべており、余裕の態度を崩さない。

 

「なかなか博識じゃのぉ。

 しかし趣味の悪い遊びとは言うてくれるわ……。

 まあ、確かに遊びではあるがな……。


 町の連中にちょいと力を見せつけてやれば、奴らは犬よりも従順になる。 

 そしてこの儂に媚びへつらうのだぞ? 

 実に笑えるではないか。


 儂が3年前、『手頃な稼ぎ場所がある』と、盗賊達をこの町に招き寄せた張本人であると――最初から全てを欺いていたのだと、それを知らずにな……」

 

「な……!?」

 

 カードの言葉を聞いた部下の男は、驚愕に目を見開いた。

 これも彼にとっては、全くの初耳だったのだ。

 そんな男のことを、カードは馬鹿にしたような笑みを浮かべながらチラリと一瞥し、更に言葉を続ける。

 

「だが、それを知ったところで、この儂に逆らえる者が何人おろうか。

 人は弱いからなぁ……。

 奴等は竜の名を少し出しただけで、簡単に脅える。

 そんな恐怖に怯える人間の姿を見るのは、楽しくて仕方がないわ……!」

 

 そしてカードは、「ヒャハハハ」と、老人とは思えないような甲高くヒステリックな笑い声をあげた。

 そんなカードの様子に、ザンは勿論のこと、カードの部下の男でさえも、不快と怒りの表情を隠しきれなかった。

 

「……それは、あんた自身の意志か?」

 

 不快げな様子で発したザンの問いに、カードは笑いを止めた。

 

「なんじゃと……?」

 

「その悪趣味な遊びの数々は、全部あんたの意志でやっているのか……って聞いてるんだよ!」

 

「なにを訳の分からんことを……。

 全て儂の意志に決まっておろう。

 儂の意志でなかったとしたら、誰の意志だと言うのだね?」

 

 全ての凶行は自身の意志で行っている──それを平然と肯定してしまうあたり、カードは微塵も罪悪感を抱いていないようだ。

 そんな彼の態度にザンは、更に不快げな表情となる。

 

「ふ~ん、そうかい。

 でも私は知っているよ。

 聞くところによると、あんたは火炎竜を操るそうじゃないか。

 確かに魔術の奥義には、竜を操る術はある。

 しかし、その術で操れるのは、どんなに高レベルの術者でも、せいぜい飛竜(ワイバーン)や、緑竜(グリーンドラゴン)などの、下位種族の竜がやっとのはずなんだ。


 人間よりも知能が高い上位種族の、しかも特に気性の荒い火炎竜を、人間が制御できるなんてことは絶対にありえない!」

 

 カードの頬が、ピクンと痙攣する。

 

「何が言いたい……?」

 

「……操られているのは(・・・・・・・・)あんたの方(・・・・・)じゃないのか?」

 

 ザンは不敵な笑みを浮かべて、カードに指摘した。

 それを聞いたカードは「クククク……」と低い含み笑い声をもらし、そして――。

 

 ドゴンと、地下に爆音とも思えるような大音響が響き渡った。

 カードが突然、何かを振り払うような動作で、背後にいた男を壁に叩きつけたのだ。


 男は悲鳴を上げる間も無く、半分壁にめり込むような形でそのままピクリとも動かなくなった。

 信じられないことに、男の鎧の胸部は、人の手の形に陥没している。

 おそらく男が全身を鎧で包んでいなければ、その死に様は更に凄惨なものとなっていただろう。


 男の鎧の隙間からは、大量の血が溢れ出ていた。

 ザンは壁に叩きつけられたトマトを連想して、渋面を作る。

 カードの力は老人の――いや、人間の力をはるかに超越していた。

 

「……少々いらぬことを、聞きすぎたようだな……」

 

「よく言う……。

 途中からこうするつもりで、話を聞かせていただろ?」

 

 ザンの指摘を受けて、カードは唇の端を吊り上げる。

 

「ふ……小娘、貴様が何者かは知らんが明日を楽しみにしておれ。

 この男のように楽には死なせん。

 生かしたまま、貴様の(はらわた)喰らってやるわ(・・・・・・・)!」

 

 そう宣言すると、カードは獣の如き狂暴な笑みを浮かべ、地上へと続く階段を上り始めた。

 しかし階段半ばで、彼は振り返り、

 

「おっと、後始末をしていかんとな……」

 

 カードがそう呟くと同時に、最早(しかばね)と化した男の身体から激しく炎が吹き上がり、一瞬にして燃え尽きる。

 あまりにも常軌を逸した熱量であった。

 

「クックック……これが竜の能力(ちから)の一端じゃ。

 貴様が何を企んでいるのかは知らぬが、この能力の前では人間はどうすることもできんよ。

 まあ、精々足掻いてみよ」

 

 カードはそう言い放つと、再びけたたましく哄笑をあげながら、階段を上っていった。

 

「………………」

 

 ザンは吐き気を催す臭気と熱風に顔をしかめつつも、身じろぎもせずにかつては人間だった燃えかすに視線を注いでいる。

 

(可哀相にな……。

 まあ……今まであの爺の下で、沢山甘い汁を吸ってきたのだろうし、さんざん町の人間を見殺しにもしてきたんだろうから……因果応報さ。

 

 ……それにしてもあの爺……。

 完全に悪魔へと魂を売ってしまったか……)

 

 地下室の中には、まだカードの哄笑が反響し続けていた。

 それを聞きながらザンは、

 

「ふん……今のうちに笑ってろ。

 明日はメインディッシュを喰い損ねて、笑えなくなるんだからな……!」

 

 忌々しげに吐き捨てる。


 

 それから暫くの間、ザンは呼吸を拒むかのように沈黙を守っていたが、やがて思い出したかのように、

 

「……そこの、もう我慢しなくていいぞ?」

 

 と、何者かに呼びかける。

 すると、吐き気をこらえていたのか、苦しげに咳き込む声が、鉄格子の向こう側から聞こえてきた。

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