―不 穏―
「あら……?」
その時、シグルーンは何かに気がついたらしく、訝しげに小首を傾)げる。
その表情もわずかに険しい。
「は? どうかしましたか?」
「いえ……なんでもないのよ。
たぶん気の所為だとは思うのだけど……ね」
と、言いつつもシグルーンの表情には、スッキリしないものが残っていた。
「……ねえ、フラウ。
ちょっと、お願いしたいことがあるのだけど」
と、シグルーンは手招きして娘を呼び寄せる。
「一体何用ですか、母上?」
「ちょっと耳を貸して。
……あのね……」
シグルーンはボソボソと、娘に耳打ちする。
ちょっとくすぐったそうな反応を見せていたフラウヒルデだったが、突然──
「ええっ!?」
すっとんきょうな声を上げた。
そんなフラウヒルデの顔は、心なしか蒼白となっている。
しかし、すぐに狼狽した自身の醜態に気付いた彼女は、恥じ入ったように「失礼しました」と、ザンへと頭を下げた。
その後は何ごとも無かったかのように、再びシグルーンとひそひそ話を続ける。
ザンは怪訝な表情で、2人の様子を見守っていた。
彼女の常人と比べるとはるかに聴力のある耳には、
「本当にアレを……?
超軍事機密ですよ?
それほどの事態だと?」
「ええ用意しておいて……結界装置も……」
「あの子が気付いてないから……気の所為かも……でも一応」
などと、聞こえてくる。
(な……何だ?)
何が起こっているのか全く分からないザンの胸中には、漠然とした不安感が広がっていった。
「……誠に勝手ながら、私は所用がありますので、この辺で失礼致します」
母との密談を終えたフラウヒルデは、礼儀正しい調子で――敬礼は余計だが――ザンに挨拶をし、慌ただしく部屋を後にした。
「あ、あの~?」
「リザンちゃんは気にしなくていいのよ」
不安そうなザンの声を、シグルーンは遮る。
その声は穏やかではあるが、何故か命令の如く絶対的な強制力を感じさせた。
「でも……」
「そんなことより、お話の続きをしましょうか。
聞きたいでしょ?」
「え、ええ……まあ……」
ザンは曖昧に頷いた。
確かに話の続きはとても聞きたい。
しかし現状に何か釈然としないものがあるのも事実だ。
そんな彼女の心情を察したシグルーンは、
「それじゃあ、お話の続きをしましょうね。
これからベーオルフ様が大活躍するのよ」
満面の笑みを作りつつも、強引に話を進めた。
それでもその笑顔には、ザンの不安を多少なりとも和らげる効果があったようで、彼女は大人しく話を聞く態度を示した。
しかし実のところ、シグルーンの胸中には不安とも恐怖とも、あるいは憎悪ともとれる複雑な感情が増大しつつあった。
(確かに……竜の気配を感じたような気がしたのだけれども……ね。
それも、随分と懐かしい……)
だが、シグルーンはその感情を振り払い、過去の記憶に集中する。
今打てる手は既に打った。
ならば慌てふためいても仕方がない。
「城の結界を破られてからの姉様達は――」
詠うように紡がれるシグルーンのその言葉が、室内にとどまるかのようにゆったりと響き渡っていった。
今回はちょっと短いので、夜にでももう1回更新します。
 




