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―極限奥義―

「……次が最後の一撃だわ。

 これであなたを倒せても倒せなくても、たぶん私はもう戦えない……」


『ほう……? 

 もう最後の悪足掻(わるあが)きに出るのか……』


 ベルヒルデの宣言を受けて、火蜥蜴はまだ遊び足りないと言わんばかりに、やや残念そうな態度を示す。

 それはここで火蜥蜴を倒さなければ、彼は次の遊び相手(犠牲者)を探すであろうことを意味していた。

 つまりベルヒルデは、これ以上犠牲者を増やさない為にも、ここで絶対に勝たなければならない。

 

『……まあ、いい。

 つまらぬ技を使って、我を失望させるなよ?』

 

「たぶん……つまらなくはないわ!」

 

 ベルヒルデは剣を鞘に収めるような、奇妙な構えを取った。

 左手は、剣を持つ右の手首を握っている。


 この構えから彼女が取る次の攻撃方法は、ある程度予想できる。

 剣を鞘に収めるような形に構えたのは、高速で踏みこむ――つまり走る時に剣が邪魔にならないようにする為だ。


 そして掴んだ右腕を左手で押し出すように、斬撃を後方から前方へと大振りし、遠心力を、更には踏み込みの突進力を乗せて敵に叩き込む――そんなところだろう。

 それは技術も防御も殆ど関係無い、極シンプルな技である。


 そして捨て身に近い技だとも言える。

 だが、だからこそ絶大な威力を発揮し得るのだ。

 

「受けてみなさい、我が極限奥義……飛嚥凄轟斬華(ひえんせいごうざんか)!」

 

 ベルヒルデは精神を集中させ、闘気を高めた。

 闘気とは主に肉体へ作用する力であり、身体のあらゆる部位から普段は使用していない潜在的な能力を引き出す効果がある。

 彼女は活性化させた闘気によって、身体能力を限界まで引き上げようとしていた。

 飛嚥凄轟斬華は、そうすることで始めて発動できる技である。

 

 だがしかし、ベルヒルデがこの技を生物に向けて使用したことはただの1度も無い。

 それはこの技が敵を倒す為のものではなく、ましてや殺すためのものでもない――敵の肉体を完全に破壊する為の技だからである。

 

 おそらく普通の人間がこの技を受ければ、その肉体は木っ端微塵に消し飛ぶ。

 だが、どのような戦いの状況下にあろうとも、そこまでの威力がある技を繰り出し、敵の肉体を消滅に近いほど破壊する必要がどこにあろうか。

 ただ敵を倒すだけならば、剣をたったの一振り、相手の身体に潜り込ませればそれだけで事足りる。

 

 だからベルヒルデは、この技を倒木などの無生物で軽く試し斬りしたことはあるが、それ以外では使用したことが無い。

 彼女は剣を学ぶ者として、剣技の奥義中の奥義の1つに数えられるこの技を習得してみたものの、使いどころの無い無意味な技だと感じていた。

 

 しかし今、何の遠慮も無くその技が使える。

 使うに値する強敵が目の前にいる。

 これからベルヒルデが命を懸けて放つこの技が、どれだけの威力を発揮するのか、それは彼女自身にも分からなかった。

 

(でも、これで分かる。

 私の本当の力が、強さの限界が!)

 

 ベルヒルデの口元には自然と笑みが浮かんだ。

 現状は絶望的なのかもしれない。

 今も沢山の仲間が命を落としているのかもしれない。


 だがベルヒルデは今、剣士として最高の舞台を得ていた。

 全てを注ぎ込んで己の力の限界を試し、確認することができる。

 一生の内でその機会を得られことは、そう何度もないだろう。

 おそらくこれから彼女が放つ技は、生涯最高の物となるに違いない。

 

「はあぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 ベルヒルデは闘気を、更なる高みへと昇らせてゆく。

 

(皆ごめんね……。

 助けには行けそうにない……。

 でも、これ以上皆には負担を増やさないから。

 絶対にここで、この竜を食い止めてみせるから……!)

 

 ベルヒルデは一瞬、仲間達に詫びた。

 だが、すぐに目の前の敵に集中する。

 それ以降の彼女の頭の中には、「最高の技を放つ」――ただそれだけしかなかった。

 

 一方火蜥蜴は、急速に危機感を増大させていた。

 当初は「所詮、脆弱な人間の技だ」と(あなど)り、正面からその技を受け止めて耐え切って見せようと考えていた。

 しかし、今目の前の人間から感じられる闘気の充実具合を見る限り、これから放たれる技は人間のレベルを大きく超越しているのではないかと感じる。

 

(まともにこの技を食らえば、我とて無事では済まない……!?)

 

 最早、状況を静観している場合ではなかった。

 火蜥蜴は迅速に攻撃呪文の詠唱を始める。

 

『炎よ、螺旋と舞え!』

 

 その術式は、瞬時に完成した。

 もっとも、本来はより大きな攻撃力を上乗せする為に、魔力を充填する為のタメの時間が必要だ。

 だが、人間が相手ならば、必要最低限の威力で十分にその生命を奪える。

 今はベルヒルデの攻撃を食い止める為に、彼女よりも先制して攻撃することの方が肝要であった。

 

 火蜥蜴はすぐさま呪文を発動させる。

 

渦旋炎熱流(ゲイガ)!!』

 

 ベルヒルデの足下から炎が螺旋状に噴き出し、彼女の身を包み込む。

 いや、火蜥蜴の目には、炎に包み込まれる前に、彼女の姿は消えた。

 消えたようにしか見えなかった。

 

『!?』

 

 ベルヒルデは火蜥蜴の目にも視認できないほどの神速で駆け、そして火蜥蜴目掛けて跳躍する。

 「飛嚥凄轟斬華」――その名の通り、ベルヒルデの身体は(つばめ)の如く滑らかに宙を滑り、そして抜刀よろしく振り抜いた剣先に遠心力と突進力、更に渾身の力と闘気の全てを乗せて火蜥蜴へと叩きつけた。

 

『ッガァ!?』

  

 悲鳴と共に上がる爆音──。

 その技の炸裂によって生じた衝撃は、最早爆発に近い。

 そして周囲へと無数の血飛沫と肉片が飛び散るその様は、まさに風に吹き散らされた紅い華のようであった。

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