―牢の中の獣―
カード達は、暗い地下への階段を下りていく。
やがて階段が尽きて地下通路に入ると、壁の左右に3つずつ、計6つの牢屋が見えてくる。
ただ、一般的な物と比べると、かなり粗末な造りであった。
壁や床には岩が自然のままむき出しになっており、これでは横になって眠る事も難しい。
しかしこの町では、そのような粗末な牢屋でも十分だった。
元々田舎町のコーネリアでは、犯罪件数が極端に少ない。
そのおかげで、牢屋というものが本来は存在しなかった。
ところがこの町の支配者としてカードが振る舞い始めた当初は、それなりに反抗する者がいた為、彼らを投獄する目的で急造されたのが、この牢屋である。
だが、結局牢は6つも必要とせず、1つあれば十分だった。
それというのも、投獄された者が精々1日か2日の内に竜の生贄とされてしまい、長期間使用されることが無かった為である。
事実上牢屋と言うよりは、生贄となる者達が儀式開始までの時間を過ごす為の、待合室だ言った方が実態に即している。
その待合室の中を覗き込んだカードは、思わず感嘆の声をもらした。
「ほう……」
男が数人がかりでようやく取り押さえたと聞いていたカードは、「どんな大女なのか見物だな」と思っていた。
しかしいざその女を目にしてみると、なかなかの美形であった。
しかも想像していたよりも、ずっと小柄で細身だ。
そのあまりのイメージとのギャップに、乱闘騒ぎで牢屋に放り込まれたという話が、何か悪い冗談のようにさえ思えた。
いや――、
女は鉄格子越しに、カードへと鋭い視線を送っていた。
その射抜くかのような鋭い視線は、牢で封じ込めなければならないほど剣呑な、猛獣の如きものであった。
まさに牢屋には相応しい女だ。
そんな薄暗い牢の中で、ルビーを思わせる紅い煌めきを見せる女の瞳は、見る者へと強烈な印象を与えた。
(はて……何処かで見たことが……。
いや、誰かの雰囲気に似ているのか……?)
カードは目の前の娘に対して、何か引っかかるものを感じたが、その理由を思い出すことができなかったので、気にしないことにした。
おそらくこの娘は、彼の手によって身内を殺された者なのであろうが、彼は殺した者のことなどいちいち憶えてはいなかった。
それだけ彼にとって人の命を奪うことは、ありふれた作業であると言えた。
「貴様か……儂に会いたいと言うのは。
名は?」
「ザン」
ザンは素っ気なく答える。
「男のような名前じゃな……本名か?」
「そんなことは、あんたに関係無いだろ。
どうせ明日には永遠にお別れだ……」
「……確かにな」
カードはクククと低く笑いながら、長く白い顎髭を撫でる。
「面白い娘じゃな。
明日には生贄にされるというのに、脅え1つ見せん。
貴様、儂に会って何をしようとしていたのだ?」
「あんたに聞きたいことがある」
「ほう……?
儂には別にやましいことなどは無いから、質問にはいくらでも答えてやるぞ」
「……やましいことが無いとは、よく言うよ」
ザンの顔が、不快の表情で歪められた。
「……じゃあ聞くが、何故、こんなことをする?」
「こんなこと……とは、生贄のことかね?
それは如何に竜とて、食料が必要なのでな。
仕方がないことなんじゃよ」
カードの答えを受けて、ザンは鼻で笑う。
「それなら牛や馬でも代用がきくだろう……と、あんたが本当のことを言ってるのなら、そう言ってやりたいところだけどね。
今のは嘘だろ?」
「それはどういう意味かね……?」
カードの口元が僅かに歪んだ。
「あんたの言っていることは、全部デタラメだって言ってるんだよ!
竜を養う為だって?
そんなのは、趣味の悪い遊びをする為の、口実にしか過ぎないんだろ?
本来竜ってのは、頻繁に食事を摂らなくちゃならないほど、エネルギー効率の悪い生き物じゃない。
2年くらいなら、何も食べなくても平気なはずなんだ。
なにせ喰ったものを、ほぼ100%エネルギーに変換してしまうんだからな」
「ほう……」
カードが浮かべた小さな驚愕の表情は、ザンが述べたことの正しさを証明していた。
本来、ほぼ全ての生物は、自らが食したものを完全に消化し、それを吸収することができない。
だからこそ吸収できなかった物のを、糞として排泄する必要がある。
だが、もしも食物を完全に消化吸収できるとしたら、それは膨大なエネルギー量となるであろう。
上位の竜は食物を完全に消化吸収――しかも金属さえも――できる為に排泄行為を必要とせず、その上に取り入れたエネルギーを、長期に亘って蓄える肉体機能まで有している。
竜が持つ強大な能力は、これによるところが大きかった。
「えっ!?」
カードの背後に控えていた男は、小さいながらも驚きからくるとハッキリ分かる声をあげた。
当然であろう。
今のザンの言葉が正しいのならば、自分達は必要のない生贄を捧げ続けてきたことになる。
確かにカードへと逆らった者の多くは、その処罰の為と、同様の考え方をする者が再び現れないようにする為の見せしめとして、竜への生贄にされた。
勿論、純粋に竜の餌としての名目で生贄に捧げられた者もかなりの数にのぼってはいるが、それでも見せしめとして命を奪われた者の方が、はるかに多い。
だから町の誰もが分かっているのだ。
カードが主張する「竜を養う為」というのは、所詮は反乱分子の増長を抑える為の口実にしか過ぎないのだということを。
それでも「竜を養う」というその名目が有るのと、無いのとでは話が全く違ってくる。
町の住人達は、この無茶苦茶な生贄の理由を、カードに逆らえないが為に無理やり納得して怒りを抑えているのだ。
もしも「竜は全く餌を必要としていなかった」という事実を住人達が知れば、最早我慢する理由が無くなってしまう。
そう、抵抗しない理由が無くなってしまうのだ。
鉢植えに病気が発生して処分せざるを得ず、悲嘆に暮れる今日この頃DEATH。




