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―剣を持つ意味―

 本日2回目の更新です。

 火蜥蜴は昏倒した。

 だが、さすがは竜の眷属。

 ベルヒルデの猛攻を受けてなお、意識は未だ保っており、長い首をもたげた。

 しかし明らかに動きは鈍く、脳震盪(のうしんとう)を起こしていることは間違い無い。

 

(いけるっ!)

 

 ベルヒルデは顔に喜色を浮かべる。

 今は国の存亡に関わる非常事態だ。

 いつ死んでもおかしくない死闘の最中(さなか)だ。

 しかし彼女には、「竜と互角に戦える」――その事実が嬉しくて堪らない。

 

(思い起こせば、私が剣を習い始めたのは、7つか8つの、今のシグルーンよりもまだ幼い頃だったっけ)

 

 と、ベルヒルデは、遠い過去に想いを馳せる。 

 その頃のベルヒルデは、軍事などに興味を持ってはいたが、それらを本格的に学んではいなかった。

 ましてや剣術とは全くの無縁である。


 そんなベルヒルデが剣の道を志した切っ掛けは、母の死だった。

 それはその後の彼女の運命を決定付けるものとなった。

 

 当時のアースガルの内政は、傍目(はため)にはさほど乱れていないように見えたが、いかに善政によって国を(うしは)く王家であろうとも、不満分子は必ず生まれるらしい。

 いや、むしろだからこそ、私利私欲に走る者達にとっては都合が悪かったのか。


 そんな不満分子の中にある過激派の一派が、ベルヒルデの誘拐を企て、人質を盾に自らの主張を通そうとした。

 表向きには人々の間でそのように認識されている──そんな事件が発生した。

 

 だがその誘拐事件は、更に重大な事件の発生によって未遂に終わった。

 過激派の手からベルヒルデを庇った母グリムヒルトが、凶刃に倒れたのだ。

 それが原因で彼女は、母の死を自らの所為だと思い込んだ。


 妻を失った父オウディンの憔悴ぶりは、痛々しかった。

 数年後の彼の死は、妻を失ったことと全くの無関係ではなかっただろう。

 また、普段は無感情な兄バルドルが泣くのを、ベルヒルデはこの時初めて見た。


 ベルヒルデは父や兄の苦悩の全てが、自身の責任だと子供心に感じてしまった。

 「代わりに自分が死ねば良かった」とさえ思ったのだ。


 だが実際には、命を落としたのが母ではなくベルヒルデであったとしても、父や兄は同じように悲しんでくれただろう。

 そして実のところ、ベルヒルデも知り得てはいないが、この事件の真相は最初からグリムヒルトの暗殺が目的であり、彼女を(おび)き寄せる為にベルヒルデが狙われたものであった。


 当時、王政にまで干渉するほど国教会は増長し、そんな教団と結託して貴族は汚職にまみれていた。

 それらを抑えようとしていたグリムヒルトには敵が多く、そんな権力闘争に幼いベルヒルデは、理不尽にも巻き込まれたのだ。

 

 故にベルヒルデが責めを受けなければならない理由は、何1つ無かった。

 だが、幼い彼女にはそれが理解できず、自らを責めた。


 しかも母を殺害した者は、既に処刑されていた。

 その背後にあった教団や貴族の罪状も、父が命を削ってまでして突き止め、数年がかりではあったが、その殆どが処刑されるか、国外へと排除された。


 しかしそれは、ベルヒルデの与り知らぬところで起こったことだ。

 結局彼女にとっては償いを求める相手も、恨む相手も存在せず、虚しさと悲しさが残るだけだった。

 

 それにこれから母を知らずに育つであろう生まれたばかりの(シグルーン)には、心底済まないとベルヒルデは思う。

 妹は優しかった母の温もりを記憶に留めることはおろか、永久に知ることができない。

 母が大好きだったベルヒルデにとって、それは酷く悲しくて寂しいことであるかのように思えた。

 

 だからベルヒルデは自らを責め続けた。

 しかしそんな日々の中にありながらも、彼女は次第に前向きな生き方を模索するようになっていく。

 自身がいつまでも嘆き悲しみ続けていては、父や兄を始めとする周囲の人間を、更に悲しませるだけだということに気が付いたからだ。

 

 ベルヒルデにはまだ大切な物が――母と同じくらい大切な家族がまだ残されていた。

 これが彼女の未来の娘とは、決定的な差であったと言えよう。

 その差が似たような境遇に陥ったにも関わらず、双方の生き方を対照的なものにしていた。


 全てを失い復讐の為に強くなろうとしたリザンに対して、ベルヒルデは残された大切な物を守る為に強さを求めたのだ。

 ベルヒルデは自身に力さえあれば母を死なせずに済んだ、少なくともこれから何があっても家族や大切な人々を守ることができるのではないか――そう考えるようになっていた。


 だからベルヒルデは剣を学び始めたのである。

 「強くなる」――とりあえずそれが、幼い彼女にできる数少ない償いの方法だった。

 

 そして今、ベルヒルデは竜と互角に戦えるまでの力を持つに至った。

 これだけの力があれば、全てとは言わないまでも、大切な者を守ることができる。

 死なせずに済むことができる。

 

 ベルヒルデはこれまで打ち込んできた必死の習練が、ついに報われたような気がした。

 並外れた才能に恵まれた彼女であったが、その上で剣術に注ぎ込んだ情熱と重ねた努力は常人の数倍以上だった。

 それは無駄ではなかったのだ。

 

(でも、まだだ。

 この竜を完全に倒さなければ、誰も助けられない!)

 

 ベルヒルデは再び表情を引き締め、渾身の力を込めて火蜥蜴の左目に「ラインの黄金」を突き立てた。

 明日はお休みします。


 あと、感想をいただきました。ありがとうございます!

 展開の遅さについては私自身にも自覚がある部分なので、なかなか的確な指摘だったと思います。本作は既に完結まで書いているので、今から構成を大幅に弄るのは難しいのですが、今後の作品作りで意識していきたいと思います。

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