―銀狼姫対火蜥蜴―
「ガッ……!」
火蜥蜴の鞭の如き尾の直撃を受けたベルヒルデの身体は大きく弾かれ、軽く10m以上飛ばされた。
いかに彼女の体重が軽かったにせよ、その身体にどれほどの衝撃が叩き込まれたのかは想像にかたくない。
しかしベルヒルデは、危なげなく床に着地する。
どうやらさほど大きなダメージを受けてはいないらしい。
とは言え、先程ホズに施された防御魔法が無ければ、今の一撃で終わっていた可能性は否定できなかった。
「~っ! 女の子のお腹を狙うなんて、赤ちゃんが産めない身体になったら、どうしてくれるのよっ!!」
そんな憤りの念を込めて、ベルヒルデは火蜥蜴目掛けて再度「烈風刃」を放つ。
しかもそれは1発だけでは終わらない。
2発、3発……と、止まることを知らぬかのように、彼女は「烈風刃」を放ち続けた。
まさに衝撃波の散弾である。
だが、ベルヒルデが「烈風刃」を何発も撃ち込んだところで、火蜥蜴にはさほど効いてはいないだろう。
だからと言って、彼女は怒りに我を忘れて、効果の薄い攻撃を繰り返している訳ではなかった。
これで火蜥蜴に有効なダメージを与えられるとは、彼女も思ってはいない。
そう、これは牽制であった。
火蜥蜴が先程のスピードで間断なく襲いかかってこられては、さすがのベルヒルデも勝ち目が薄い。
とりあえずはこの「烈風刃」の連続攻撃で、彼女が「手強い敵である」と火蜥蜴に認識させることができればいいのだ。
そうすれば、火蜥蜴の動きも多少は慎重に――つまりは攻撃を繰り出す間隔も緩やかになるはずだ。
無論、火蜥蜴がベルヒルデのことを強敵と認めれば、それだけ強力な攻撃を繰り出してくる可能性も高くはなるが……。
これが吉と出るか凶と出るかは、一種の賭けである。
『ゴアァッ!!』
火蜥蜴は「烈風刃」による衝撃波の嵐をさすがに鬱陶しく感じたのか、ベルヒルデ目掛けて火炎息を吐き出した。
灼熱の熱線がベルヒルデを襲う――が、
「うわっっ!!」
どんなに強力な攻撃でも、回避できる範囲内であれば問題は無い。
ベルヒルデの回避はなんとか間に合ったようだ。
(あれは……かすっただけでもアウトだわ……)
熱線が直撃した石壁は、紅く溶け落ちて溶岩と化した。
それを見て、さすがにベルヒルデも顔を青く染める。
それでも、彼女の試みは成功したと言えるだろう。
火蜥蜴は彼女からやや距離をおいて対峙し、その動きを止めたのだ。
どうやらベルヒルデの能力を警戒しているようで、迂闊に攻撃を仕掛けてこない。
もっともそれは、ベルヒルデにも同じことが言える。
彼女にとっては竜の超絶的な攻撃力の高さよりも、その鉄壁とも言える肉体の頑強さの方が問題だった。
どうにも有効な攻撃手段が少なく、攻めあぐねているのだ。
(……やっぱり剣で斬ることは、代償無しでは無理ね……。
となると……)
ベルヒルデは思索を巡らせた。
(あの竜をたとえるなら、全身を鎧で覆った戦士だわ……)
そのたとえは的確だと言えよう。
火蜥蜴はまさに、天然の鎧で身を包んでいる。
全身を鎧で包まれた重武装の戦士を、剣で斬り倒すことは難しい。
当たり前だが、剣で鎧ごと敵の肉体を斬り裂ける者は、殆ど存在しないからだ。
普通ならば渾身の力を込めて斬りつけても、相手に傷を付けることができないどころか、逆に剣が使い物にならないくらい破損してしまうのがオチだろう。
しかし、そんな重武装の敵を倒す為に、有効な手段はいくつか存在する。
その最も基本的なものは、以下の3つの手段だ。
「突く」、「叩く」、そして「隙間を狙う」である。
まず「突く」。
元来、武器による刺突攻撃は、非常に殺傷力が高い。
特に槍等の突くことに特化した武器で、その先端に使用者の突進力を一点集中させて突けば、鉄板すらも──つまり鎧をも突き通すことが可能だ。
そして、「叩く」。
戦槌の類による打撃技は鎧に対して意外と有効な手段で、鎧自体を破壊することができなくとも、その衝撃は確実に内部へと届く。
特に頭部を狙えば、衝撃によって脳にダメージを与え、気絶させることも不可能ではない。
また、打撃によって鎧を歪ませることが出来れば、その歪んだ鉄板が内部の肉体を圧迫し、継続的なダメージを与えたり、動きを阻害したりすることも期待できる。
最後に「隙間を狙う」は、言うまでもなく鎧の隙間に武器を滑りこませればそれでいい。
おそらく天然の鎧を身に纏った竜に対しても、これらの手段は少なからず有効であるはずだ。
ベルヒルデが騎士団の者達に、槍や槌などの武器を使用することを促したのも、これを考慮した上でのことである。
だが、竜はベルヒルデの予想以上に強大な生物であった。
刺突攻撃で竜に致命傷を与えることは、かなり難しいだろう。
相手が人間であればともかく、竜の巨体に槍の1本や2本が突き刺さったところで、それは竜にとって軽傷なのではなかろうか。
打撃技でのダメージならば、なおのことだ。
それでもこれらを複合して用いれば、「隙間を狙う」が生きてくる。




