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―王神の剣―

 竜が来たというベーオルフの言葉に、ベルヒルデは空を仰ぎ見る。

 だが、その姿は何処にも見当たらない。


「えっ、何処よ!?」


「ほら、あの山の向こうの空だ」

 

 ベーオルフは紅く染まる西の空を指さしたが、ベルヒルデの目には、何者の姿も見いだすことができなかった。

 

「? 何もいないじゃない」

 

「お前の目が悪いだけだ」

 

「目が悪いって……。

 私、視力5.0は間違い無いって自信あるんだけど……」

 

 ……やはりベルヒルデも只者ではない。

 だが、ベーオルフの視力はそれ以上だった。

 あるいは野生動物でさえ、これほど長距離を見渡せる視力は、持ち得ないのではなかろうか。

 

「確かにいる。

 ……数は20匹未満……大たいした数じゃあないな。

 ……だが――」

 

(かなり手強そうな奴がいるな……。

 しかも複数か……)

 

 ベーオルフの表情は険しく、それ故に竜の出現が真実であることをベルヒルデに確信させた。

 

「あと、何分くらいでここに来るの!?」

 

「精々10分ってところだな」

 

「そんな、避難が間に合わないっ!!」

 

 ベルヒルデのその声は悲鳴に近かった。

 

「……おい、何があっても街の住人にパニックを起こさせないよう、避難させる自信はあるか?」

 

「も、勿論あるわよ。

 私が手塩にかけて育てた部下達が、避難担当なんだから。

 でも、それが何なの?」

 

「じゃ、街の人間に危険を知らせてやるか」

 

 ベーオルフは手を天に向けて伸ばした。

 

「?」

 

()でよ!」

 

 唐突にベーオルフの(てのひら)の中に光が生まれ、その光は剣の姿を形作ってゆく。

 紅い刀身を持つ、人の身の丈を超えようかという巨大な剣に。

 

「な、何なの、これ……っ!?」

 

 ベルヒルデは混乱する。

 あまりに現実離れした光景を目にしたが為に、思考が現実についていけない。

 しかし更に現実離れした光景が彼女の目に飛び込んでくるのは、まさにこれからであった。

 

「斬竜王ベーオルフの名において命ずる。

 我が呼びかけに応じ、その封じられし力を解き放て!」

 

 ベーオルフのその言葉と共に、剣は凄まじい勢いで魔力の波動を噴出させ始めた。

 それに呼応して、大気はおろか大地までもが鳴動する。

 

「………………!!」

 

 ベルヒルデはあまりのことに驚きの声を上げることすらできず、ただただことの成り行きを見守ることしかできなかった。

 仮に何かしようとしたところで、今目の前にある巨大な力をどうにかするなんてことは、できるはずがない。

 

「我、呼びかけし汝の名は――」

 

 ベーオルフは剣先を西の空へ向け、そして叫ぶ。

 

王神剣(ヌァザスレイヤー)!!」

 

 剣先から光が撃ち出され、それは凄まじい勢いで西の空へ目掛けて一直線に飛んでいった。

 その一瞬後、夕日に赤く染まっていた空は白い閃光に包まれ、辺りには凄まじい爆音が轟き渡る。

 何か常軌を逸した規模の爆発が起きているようだ。

 

「……嘘」

 

 ベルヒルデはやっとの思いで、それだけを発する。

 彼女が爆発の起こった辺りを見遣ると、そこにあった山の山頂部分が吹き飛んでいる。

 なんだかもう、目を点にして茫然とするしかない光景だった。

 

「よし、敵数は半分近くまで減ったな!」

 

「なんなのよぉぉぉー!? 

 あんたってば、一体ぃぃぃーっ!?」

 

 許容量を超えてしまったベルヒルデは(わめ)く。 

 「この男が一体何者なのか」、そんな疑問の答えが返ってくることは期待していない。

 と言うか、今聞いても理解できないような気がする。

 ただ、無性に叫びたかった。

 

「そんなことより、今ので結構時間を稼げるはずだぜ。

 それに街の人間も異変に気付いたはずだろうから、避難させるなら今の内だぞ?」

 

「え? ああ!」

 

 確かにベーオルフの言う通り、幾人もの住民が今の爆音を聞きつけて、「何ごとか!?」と屋外に飛び出してきている。

 今のこの状況ならば避難を呼びかけやすいし、その呼びかけにもすんなり応じてくれるだろう。

 後はいかにパニックを起こさないように、迅速に避難を終えることができるかどうかだ。


「……そうね、早く避難させなくちゃっ!」

 

 ベルヒルデは避難を呼びかける為に、馬を走らせた。

 その途中、彼女は一度だけ振りかえり、ベーオルフへと呼びかける。

 

「強制できないけど……この国のことお願い!」

 

 急いでいる所為か、呼びかけはその一言だけだったが、その言葉に込められた切実な思いは、ベーオルフにもよく分かる。

 

「国を守ってほしいか……」

 

 ベルヒルデは強制しないと言ったが、本当はこの国の為に何が何でもベーオルフには戦ってもらいたいはずだ。

 彼ほどの能力があれば、いかに複数の竜が襲撃してこようとも、この国を救うことは決して不可能ではないだろう。

 

 しかし、一度戦いを始めれば相手は竜だ。

 命の安全の保証は何処にも無い。

 だからベルヒルデは、この国と直接関係の無い者に「命を懸けて国を守って欲しい」とは強く言えなかったのだ。

 あるいは、「自分の国は自分の手で護りたい」という想いもあったのかもしれない。

 

 無論ベーオルフも、できればこの国を救ってやりたいと思う。

 だが、邪竜という存在がいかに一筋縄でいかない者達なのかを、彼は知り過ぎている。

 

(もう……さっきみたいな不意打ちは効かないな……)

 

 先程まで一塊になってこの国に向かっていた邪竜の群は、四方八方に散らばり、あらゆる方向からアースガルへ侵入しようとする動きを見せている。

 もう先程のように、10匹近い竜をまとめて倒すことはできないだろう。


 しかもベーオルフの攻撃を警戒したのか、邪竜達の動きは慎重なものであった。

 これでは各個撃破するにしても少々手間どるかもしれない。

 

 だが、邪竜達が慎重になってくれたおかげで、城下町への侵入にはまだまだ時間を要すだろう。

 住民の避難は十分に間に合うはずだ。

 問題なのはその後の邪竜の攻撃に、この国が耐え切ることができるかどうかである。

 

(……国を襲おうとしているのは、火蜥蜴(サラマンダー)などの中位の雑魚ばかりか……。

 やはり囮か? それなら人間に任せておいてもいいか……?)

 

 ベーオルフは迷っていた。

 巨大な力を秘めた2体の竜が、アースガルの城下町を大きく迂回し、東の山中に降り立とうとしている。

 おそらくそこに、あの水竜が潜んでいるのだろう。

 

 今後のことを考えれば、まずは水竜の方を優先的に倒したい。

 事実、火蜥蜴などの中位竜族が数匹程度ならば、一国の兵力をもってすればギリギリで互角に渡り合えるはずだが、あの水竜は最早人間の力では到底太刀打ちできない存在だ。


 水竜さえその気になれば、たった1匹の力で人間の国を数十、数百、いや、全世界の国の全てを滅ぼすことも可能だろう。

 当然、竜族に対してもかなりの驚異となるであろうことは、間違い無い。

 今の内に水竜を倒しておかなければ、この世界に大きな禍根を残すこととなる。

 しかし――。

 

 邪竜達はゆっくりと、だが着実にアースガル城を目指し進んでいた。

 確かに一国の兵力をもってすれば、中位の竜族数匹程度と互角に渡り合うことは可能だ。

 しかし、勝っても負けても、壊滅に近い被害を受けることはほぼ間違い無い。

 それほどまでに竜という種の持つ戦闘力は、強大であった。

 

 しかもこれからアースガルを襲う竜の大多数は、火蜥蜴で占められている。

 火蜥蜴の機動力は、中位竜ながらも多くの上位竜を上回る。

 彼らがその機動力を生かして防戦に徹すれば、ベーオルフといえども倒すのに手間取るほどだ。


 しかも彼らは自在に炎を操る能力を持っていた。

 もしも彼らの操る炎が人々の避難する城に燃え移りでもすれば、それだけでこの国にとって致命的な打撃となるだろう。

 

 この戦いは明らかにアースガル側にとって分が悪い。

 ベーオルフはアースガル城へと目を向けた。

 美しく雄大な城だ。


 だが、このまま静観し続ければ、半日の時を待たずして、おびただしい数の人の(むくろ)を内包した瓦礫の山と化すだろう。

 まさに今、ベーオルフが持つわずかな、それでいて鮮明に脳裏に焼きついている過去の記憶と同じ光景が再現されようとしている。

 

 炎に包まれた街。

 

 逃げまどう人々。

 

 その上空を嘲笑うかのように泳ぐ竜の群れ。

 

 崩れかけた王城。

 

 折り重なる死体、死体、死体の山。

 

 そして、彼の腕の中で息絶えた最愛の――。

 

(許さない! 許さない! 許さない!許さない! 許る――)

 

「……もう……国が滅びるところは見たくないな……」

 

 ベーオルフは消え入りそうな声で呟いた。

 「ヌアザ(正確にはヌアザ)」は、ケルト神話の神々の王ですが、彼も片腕でベーオルフとの共通点があります。ちなみに「王神剣」には別の名前もありますが、これも他の神話の神に由来するものです。詳しくは次章で。

 なお、「ヌァザスレイヤー」の「ヌァザ」の発音は、気持ち「ナザ」と意識した方が読みやすいと思う。そう読みやすくする為に、あえて「ア」を小さくしました。

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