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―アースガル姉妹、河に行く計画を立てる―

 シグルーンも、自身を可愛がってくれる姉が大好きだ。

 まあ、あまりにもベッタリと付き添う姉を、たまには鬱陶しく感じることもあるが、それでも物心つく前に母を亡くした彼女にとって、ベルヒルデの存在は姉以上の意味がある。

 

「昨晩、物凄い音が鳴り響いたじゃない?」

 

「ああ、アレは凄かったよね! 

 あたし、怖くて暫くの間、眠れなかったもの!」

 

 そんな風に少し興奮した様子のシグルーンへ、ベルヒルデは新しい玩具(オモチャ)を手に入れた子供のような表情で、とある提案を持ちかけた。

 

「でね、これからあの音の正体を探りに行こうかと思うの!」

 

「え? でも、あれって雷じゃないの?」

 

 シグルーンは若干つり目がちの(まなこ)を、大きく見開いた。

 

「それがねぇ……河の水が酷く濁っているのよ」

 

「だから、上流の方で大雨が降って、ついでに雷も落ちたってことじゃないの?」

 

 シグルーンの言葉に、ベルヒルデは「甘いわね」とでも言うかのように、右手の人差し指を立てて「チチチ」と左右に振った。

 

「でもね、河は下流の方から濁ってきているのよ」

 

「河が逆流しているの!?」

 

「そう! いくら下流で大雨が降ったところで、そう簡単には河が逆流するような洪水にはならないはずよ。

 きっと大きな地滑りか何かが起こって、河を塞き止めているのよ」

 

 ベルヒルデの言葉が事実なら、これは大規模な水害に発展するかもしれない。

 帝国との戦争が終結して以来、平和が続いていたアースガルにとって、これはちょっとした事件である。

 

 しかし一体どれほど大規模な地滑りが起これば、あのような轟音が鳴り響くのか?

 山の大部分が崩れでもしない限り、あんな音は発生しないのではなかろうか。

 そしてそんな大規模な山体崩壊が自然の状態で起こることは、ちょっと考えにくい。

 

 事実、山体崩壊を誘発させるような大雨や地震は、このアースガルでは起こってはいなかった。

 他の可能性としては火山の噴火が考えられなくもなかったが、国内に活火山は無かったはずだ。

 

(そういえば、別の大陸ではもういくつもの国が滅びたって……)

 

 シグルーンはどうやらただの自然現象ではないことを察して、表情を曇らせる。

 そして世界に広がりつつあると噂される、超越者達の大戦争の話を頭から払拭することができなかった。

 

「姉様……」

 

 不安げなシグルーンの様子を受けて、ベルヒルデは優しく妹へと微笑みかける。

 

「だからさ、自分の目で何が起こったのかを確かめて、早く安心しちゃおうよ」

 

 ベルヒルデもまた、シグルーンと同じ不安を抱いていたらしい。

 このまま不安に脅えていても仕方がないので、原因を突き止めてスッキリしてしまおう、という腹づもりのようだ。

 

「でも……何もあたし達が行かなくても……。

 それにあたし、これからピアノのお稽古だよ?」

 

「なによ、ピアノの稽古なんてサボっちゃいなさいよ! 

 別にシグちゃんは将来音楽家を目指している訳でも、趣味として好きな訳でもないんでしょ?」

 

「う……ん。

 正直言ってあんまり好きじゃない……。

 曲を聴くのは嫌いじゃないけどさ。

 弾くのはちょっと……」

 

「そうでしょう、そうでしょう。

 ハッキリ言って、アレは雑音だものねぇ……」

 

「……今、なんて?」

 

「い、いやぁ、私には芸術は全く分からないなぁ~って……」

 

 ジロリと睨み返してくる妹の顔を見て、ベルヒルデは慌てて誤魔化した。

 だが、姉馬鹿のベルヒルデにして、そうまで言わしめたシグルーンの音楽の才能は、相当な物である。

 勿論、悪い意味で。

 

「とにかく、それならそんなものやる必要無ーし! 

 好きでもないものを無理にやらせたって、良い結果なんか出るはずないものね。

 時間の無駄よ」

 

 と、ベルヒルデは言う。

 彼女の言うことは強引なようだが、全く筋か通っていない訳でもない。

 普段はポーッとしていて、妹に激甘で、なんだか実年齢よりも子供っぽい彼女だが、物ごとの真理というものをよく理解していた。

 

 シグルーンの教育方針を決めた兄と教育係には申し訳ないが、それでもピアノだ何だと俗な習い事よりも他に、優先させて学ばせなければならないことが沢山あると、ベルヒルデは思っている。

 小さな子供には過度の学力も技術も必要無い。

 

 無論、全く不要という訳でもないし、あって損という訳でもないが、本当に必要なのは何が正しくて何が悪いのか、そして自分は何を学ばなければならないのか――それらを判断する能力(ちから)だ。

 それが無ければいくら学術や技術を身に付けても、間違った使い方しかできなくなるし、そんなものに時間を費やして本当に必要で大切なものを(おろそ)かにしてしまっては、それは人生の無駄遣いというものである。

 

 だからベルヒルデは、シグルーンを城の中に閉じ込めることはしない。

 そして積極的に外へと連れ出して、「判断力」の基準とする為に色々なものを見せる。

 ただし、彼女が見せるのは素晴らしいものばかりではなく、それは貧しい平民の暮らしや貴族の傲慢さ等々……と、世界の闇の部分である場合もあった。

 

 だが、それは目を(そむ)けてはいけない現実であり、それらを知らなければ善も悪も正しく判断することはできないだろう。

 ベルヒルデは妹を可愛がってはいるが、決して甘やかすばかりではなかった。

 姉のそういうところは、シグルーンも素直に尊敬できる。

 

「……分かったよ。

 でも、怒られそうになったら、『姉様に無理やり連れ出された』って言い訳するからね?」

 

「ええ、この国で私を止められる人間なんていないも同然。

 それで2人ともお咎め無しよ!」

 

「全くね……。

 国王である兄様でも、姉様を止めることは難しいかも」

 

 そして2人は顔を見合わせて、同時に笑い声をあげる。

 庭園には楽しげな声が響いていった。

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