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―戦後処理―

 クラサハード帝国の皇帝は、アースガルの支配をまだ諦めてはいなかった。 

 彼は懲りるということを知らない。

 いや、その肥大しすぎた征服欲を、最早己の意思では制御できないのだ。


 だからこの度のアースガルへの侵攻が失敗したことで、彼はむしろ意固地になっていた。

 それに実際に戦場で戦って死ぬのは皇帝自身ではなく、地位も財も無い無力で名も無き民が殆どである。

 それがいくら消耗しようとも、彼には痛くも痒くもなかった。

 

 そんな皇帝も、いずれはその欲望が為に身を滅ぼすだろう。

 遅かれ早かれ、彼について行けなくなった者達によって、クーデターか革命が起こされるはずだった。

 だがその破滅は、思いの外早かった。


 再びアースガルへの侵攻を準備をしていた皇帝の身に、暗殺未遂事件が起こったのである。

 しかも驚くべきことに、その回数はわずか2ヶ月間で78回にも及び、その暗殺手段もありとあらゆる方法が用いられていた。

 たとえば、とある朝に皇帝が目覚めてみれば、彼の眠っていたベッドに数十本の矢が突き刺さっていたということがある。


 また別の日には、突然皇帝の頭上から1tはあろうかと思われる巨石が落下してきたということもあった。

 しかも屋内で、である。

 未だにどのような手段を用いて、この巨石を警戒厳重な宮殿に持ちこんだのかは謎であり、クラサハードの七不思議に数えられているという。

 

 その上それらの暗殺手段は、二度と同じ方法が使用されることは無かった。

 つまりこの暗殺者(アサシン)は、実に78通りの暗殺手段を考案し――計画段階で立ち消えた案もあるだろうから、実際には更に多く考案されていたに違いない――それを実行したのである。

 

 それにも関わらずこの暗殺事件は、実のところ皇帝を1度たりとも傷付けてはいなかった。

 いかに熟練した暗殺者であろうとも、78回も同対象への暗殺行為を繰り返せば、1度くらいは誤って相手を殺してしまいそうなものだが、この暗殺者は毛ほどの傷も皇帝に付けていない。

 また、暗殺行動が未然に防がれたことも無かった。

 

 これは確かな技術と完璧なまでの計算能力がなければ、まず不可能なことだ。

 そして裏を返せば「いつでも殺すことができる」ということでもある。

 

 更に帝国を震撼させたのは、その78回という暗殺回数だった。

 これは後に皇族や宰相・将軍などと、国を動かす為に必要な要人の人数と合致することが判明したのである。

 つまり「その気になれば、暗殺のみで国の機能を完全に停止させることもできる」という脅しでもあったのだ。

 

 この人間(わざ)とは思えぬ暗殺事件が原因で、皇帝は心労から体調を崩して病床に()せり、帝位から退(しりぞ)いた。

 しかし、暴君が去って全てが平穏に終わった訳ではない。

 いかに暴政を行っていたとしても――いや、だからこそ皇帝に強い権力が集中していたことは事実であり、その(かなめ)を失った帝国の内政は大いに乱れて分裂し、大幅な弱体化を招いたのだ。

 

 結局、これが元で皇帝の退位から約2年後、クラサハードはアースガルに吸収併合されることとなる。

 勿論、クラサハードにとっては戦争までした相手だ。

 この併合に対しては、大きなわだかまりもあっただろう。

 だが、帝国の暴政に嫌気が差していた国民の多くは、これを好意的に受け入れた。

 

 かくして、アースガルへの侵略は自殺にも等しい行為だと近隣諸国に知れ渡り、帝国の領土も手に入れたアースガルは、このユーフラティス大陸でも有数の大国であると認知されるようになった。

 そしてこの暗殺未遂事件から併合に至るまでの一連の流れは、人々の間でベルヒルデの仕業であるとまことしやかに囁かれているが、現在も事件の実行犯の身元は特定されておらず、その真実は闇の中である。

 

 ただ、皇帝暗殺未遂事件が起こった時期に、ベルヒルデがアースガル国内から姿を消していたことだけは事実であり、噂する人々にとっては、それだけで十分な根拠として受け止められている。


 そんな対帝国戦争最大の功労者とも言えるベルヒルデは今、のんびりと庭園を歩んでいる。

 あれほどの偉業を成し遂げたのだから本来であれば、彼女は何か重要な国の役職に就いていてもおかしくはなく、そんな暇も無いはずだ。

 

 実際に終戦直後は国民の間で、空位になっていた王座をベルヒルデに継がせよとの意見もあった。

 彼女の力をもってすれば、国を更に強大にすることも可能だと考えた者も多かったからだ。

 

 しかしこの時代、女性の地位はまだまだ低い。

 「女王」の前例も無い為に反対意見も多く、何よりもベルヒルデ自身が王位を継ぐことを拒んだ。

 まだ少女である彼女にとっては、そんなものは重く面倒なだけだったし、国を大きくするという野望の為の道具になるのも嫌だったのだ。


 そしてなによりも、実の兄と王位を争って対立することは、父を失ったばかりのベルヒルデには耐えられなかったのだろう。

 彼女にとっての家族は、何よりも大切な財産であった。

 

 結局、ベルヒルデに拒まれれば誰も逆らうことができず――彼女に睨まれるとどうなるかは、クラサハード皇帝を例に挙げるまでもない――女王の話は立ち消え、ベルヒルデの兄バルドルが王位を継いでいる。

 そんな訳で、今のところ彼女が持つ肩書きはたったの1つしかない。

 それは「戦乙女騎士団(ワルキューレナイツ)」の団長である。


 「戦乙女騎士団」とは、ベルヒルデに憧れる女性のみで結成された騎士団である。

 この時代、多くの国では女性が騎士となる権利を与えられてはおらず、事実、アースガルでもそうだったのだが、ベルヒルデのように女性の身でありながらも男性以上の力を持つ者もいることから、その有用性を考慮され、そしてなによりも騎士を志す女性が後を絶たなかった為、女性のみの騎士団の結成が認可されたのである。

 

 しかしベルヒルデは当初、この騎士団の結成に対して強硬に反対した。

 騎士はいざ戦いとなれば、当然命の危険を伴う。

 彼女は生まれてこの方、剣を握ったことすらない女性達を、そんな危険な目に遭わせたくはなかったのだ。


 だが、皆の「騎士になりたい」という熱意と覚悟にはさすがのベルヒルデも折れ、今は面倒をみている。

 その戦乙女騎士団も今日のところは訓練の予定も無く、のんびりとしたものだ。

 

 ベルヒルデはゆったりとした足取りで歩みつつも、たまにキョロキョロと周囲を見回している。

 どうやら誰かを探しているらしい。

 

「あっ、いたいた! 

 シグルーン!」

 

 ベルヒルデは庭園の隅にある花壇の脇で、花々の間に戯れる蝶を眺めていた者へと、大声で呼びかけた。

 

「……姉様?」

 

 反応したのは10歳ほどの少女であった。

 なかなか気の強そうな顔立ちをしており、どことなく大人びた印象もある。

 そして何よりも人目を引くのは、ルビーのような紅い瞳と、少しクセのある銀髪であった。


 彼女は先代国王の第三子にして、現国王第二王妹のシグルーンである。

 

「なあに、姉様? 

 何かあたしに用でもあったの?」

 

 シグルーンはそんな言葉を姉へと投げかけた。

 別に「用が無いのなら来ないでくれ」と言っている訳ではない。

 ただ、几帳面な性格の彼女は、何事も確認しておかなくては気が済まないらしい。

 

「シグちゃん、あのねあのね……」

 

 ベルヒルデは「何がそんなに嬉しいのか?」と、他者が見れば(いぶか)しむほど嬉しそうにシグルーンへ話しかける。

 だが、これが彼女にとって妹と接する時の普通の状態であって、特別に嬉しいことがあった訳ではない。

 

 ベルヒルデは元々子供好きではあったが、この少し年の離れた妹は特に可愛がっている。

 それこそ「目に入れても痛くない」と言うくらいに溺愛していた。

 普通、兄や姉といったものは、弟や妹をよく苛めるというが、彼女に限ってそんなことは皆無だった。

 むしろ妹を苛める者がいたとしたら、その者を誅殺しかねない勢いだ。

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