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―里帰り―

 何気に今回で100回目です。

「そうですか……そのようなことが…………」

 

 ザンの話を聞き終えた後、暫し沈黙を守っていたシグルーンであったが、やがて小さく声を漏らす。

 その顔には悲しみの感情に溢れていた。

 いや、そこに含まれているのは悲しみよりも、寂しさの感情の方が大きいようだ。

 既に覚悟はできていたのかもしれない。

 

 そのシグルーンの横では、フラウヒルデが目を潤ませながらも、やはり直立の姿勢を維持している。

 彼女はいかなる事態にも対応できるよう、常に緊張感を維持しようとしているらしいのだが、あまりにも動かないので「石化の呪いでもかけられているのか?」と、ザンは訝しんだりもした。

 そんな生真面目な者ですら自らの身の上に涙してくれたことについては、少し照れくさいが悪い気はしない。

 これで先程の「間抜け面」発言は、不問に付すことにしよう……と、ザンは思った。

 

「……竜達の戦いが沈静化するのと時同じくして、姉様から一切の連絡が無くなったので、何かが起こったであろう……と、覚悟していました。

 しかしただの人間である姉様は今も生きていられるはずもないことですが、せめてベーオルフ様だけでも健在でいてくれるだろうと願っていたのですがね……」

 

 シグルーンは表情を曇らせはしたが、わずかに安堵しているようにも見える。

 彼女は姉から斬竜剣士の里の所在を聞かされてはいなかったし、また、知っていたところでまず普通の人間には立ち入ることのできない場所にある。

 

 その為にシグルーンは、どうしても姉達の安否を確認することができず、それが長年の間、彼女の心の重荷となっていた。

 そんな心の重荷から、彼女はようやく今、解放されたのだ。 

 それにシグルーンへと届けられたのは、悪い話ばかりではない。

 

「それでも……リザン。

 あなたが無事で本当に良かった……。

 あの小さな娘がよくぞここまで立派に成長して、戻って来てくれました。

 そして姉様の最期を報せてくれたことには、心から礼を言います。

 本当にありがとうございました」

 

「そんな……礼だなんて……」

 

 ザンは決まり悪そうに目を伏せた。

 母でありシグルーンの姉であるベルヒルデを死に追いやったのは、間違いなく彼女自身だ。

 だから自分には、礼を言われるような筋合いなんて無い──と、彼女は思っていた。

 シグルーンは、そんな彼女の心中を察したのか、穏やかな口調で語りかける。

 

「姉様は……幸せでしたよ」

 

「え……?」

 

「命を懸けて守るに値する何かを得えられるということは、人として幸せなことだと私は思います。

 実際姉様は、何かを守ることで自らの存在意義を見出すような人でしたから……。

 そんな姉様が守り通したあなたという存在が、いかに姉様にとっての救いになっていたのかは、最早言うまでもないでしょう。


 少なくとも、生まれたばかりのあなたを抱いて幸せそうにしている姉様の姿は、今もなおこの目に焼き付いています……。

 なによりも、今もあなたと共に姉様の魂はある……。

 だから、私はあなたに礼を言いたいのです」

 

 そう、ザンの帰還によって、シグルーンがこの200年間、言いたくても言えなかった言葉がようやく言えるのだ。

 それだけでも彼女にとっては無上の喜びであり、いくら感謝してもし切れなかった。

 

「……よくぞ無事にアースガルへと戻ってきてくれましたね、リザン。

 そしてお帰りなさい、ベルヒルデ姉様……」


 その言葉に、ザンはどのように反応して良いのか分からなかった。

 しかし──、

 

「…………あれ?」

 

 ザンがふと気付くと、涙が頬を伝っていた。

 彼女自身はシグルーンの言葉に、激しく心を揺さぶれたという自覚は無かったのだが、それなのに何故か涙が溢れて止まらないのだ。

 

(きっと……母様の魂が泣いているんだ……)

 

 そう想うと様々な感情が湧き上がり、いつの間にかその涙はザン自身の物へと変わっていった。

 母を死なせてしまった自身を、決して許そうとしなかったザン。

 しかしそんな彼女をシグルーンは許し、温かく迎え入れてくれた。

 それが彼女を200年にも及ぶ自責の念から、わずかながらも解放したのだろう。

 

 涙を見せまいとうつむいているザンを、シグルーンは穏やかな表情で見守っていたが、やがて彼女が落ち着いた頃合いを見計らい、遠い過去の記憶を語り始めた。

 

「……あれは私がまだ幼い少女だった頃……」

 

 シグルーンは視線を虚空に泳がせ、まるで現在(いま)ではない時の風景を見ているかのようであった。

 その視線に宿るのは旧懐(きゅうかい)と、そして憧憬(しょうけい)の情か……。

 

「ことの発端はとある日の深夜、国中に響き渡った1つの爆音からでした……」

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