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 ジェンドは手の平の唐辛子を宙に放り投げ、そこにフッと息を拭きかける。

 すると、重力に従って落ち始めた唐辛子は、まるで手品のようにスッと消えてしまった。

 それを見たスターチアは、思わず笑みを浮かべる。

「わぁ、今のも魔術なの!? ねぇ、お願い。もう一度見せて」

 黒い瞳をキラキラと輝かせ、彼女が悪魔の青年に願う。

 その様子に、ジェンドは喉奥で低く笑った。


――こんな子供だましの魔術をせがむとは、欲がないというか、馬鹿というか。


 過去、ジェンドが人間から『消してくれ』と頼まれたのは、その人間にとって邪魔な者たちだった。

 反対に、『出してくれ』と頼まれたのは、宝石や、金、銀だった。

 初めてスターチアが彼に望んだのは――彼女の命を奪うこと以外で――、なんの変哲もない唐辛子を魔術で出して消すということ。

 これはもう、呆れを通り越して笑うしかなかった。

 ジェンドは肩を小さく震わせ、ククッと笑う。

 その笑い声は、徐々に大きくなっていった。

「ははっ、お前は本当に面白い女だな。この俺に魔力の無駄使いをさせるとは、いい根性をしている。ははっ、はははっ」

 スターチアは、パチクリと瞬きを繰り返す。

 これまで彼女が見てきた青年の笑顔は、意地悪そうなものだったり、嘲りを含んだものだったりといった感じだった。


 ところが、肩を大きく震わせ、しかも声を上げて楽しそうに笑っているのは、紛れもなく、背中に漆黒の双翼を持ついつもの悪魔の青年である。


――ええと……、これって、もしかしたら、夢?


 すでに屋根から下りていて、寝台の中で眠りについているのだろうかと、スターチアは真剣に自分へと問いかけた。

 それほどまでに、彼女は目の前の光景が信じがたかったのである。

 無言で瞬きを繰り返していると、ようやくジェンドが笑いを収めた。

「お前、本当に唐辛子を魔力で出したのちに消してほしいのか?」

 問いかけられ、スターチアはコクンと頷き返す。

 そんな彼女に、ジェンドはふたたび問う。

「俺が出した唐辛子を、ただ消すだけでいいのか?」

 それに対しても、スターチアは頷くだけだった。


――どうして、わざわざそんなことを確認するのかしら?


 スターチアは不思議そうに、悪魔の青年を見上げる。

「唐辛子が駄目なら、林檎でも、ジャガイモでもいいけど。あなたが都合のいいものを出して、消してくれたらいいわ」

 まったく見当違いな答えに、ジェンドはふたたび大きな声で笑った。

「あははっ、ははっ、やめてくれっ。笑いすぎて、腹が千切れるっ」

 そんなことを言われても、スターチアはなぜ青年がこんなにも笑っているのか、さっぱり分からないのである。

 首を傾げ、ひたすら瞬きを繰り返すばかりだ。


――いったい、なんなの?


 疑問は残ったままだが、スターチアはいきなり物が現れて消えるという現象への興味のほうが強かった。

「お腹が千切れても、あなたなら魔力で治せるんでしょ。とにかく、なにか出して。それから、消して見せてよ。ねぇ、お願い」

 再度促すスターチアに、口元を片手で抑えつつジェンドが答える。

「わ、分かった。だが、少し、時間をくれ……。笑いが止まらないと、魔力を操れない……」

 大笑いはどうにか収まったらしいが、まだ彼の肩は小刻みに揺れていた。

 スターチアは口を噤み、大人しく待つことに。

 今夜は雨が降る様子もなく、例の肩掛けのおかげで冷え込みもそれ程感じない。

 何時間も待たされることもないだろうから、このままここにいても問題ないはずである。


――それにしても、なにがそんなに面白かったのかしらね。


 スターチアは膝を抱え直し、先ほどのことを振り返る。

 彼女としては、普通に会話をしていただけだった。いや、人間の普通が、悪魔にとって普通とは限らないが。

 特別、笑わせるようなことを口にした覚えはない。

 それなのに、この漆黒を纏う青年は大笑いをしていた。しかも、「腹が千切れる」と言うほどに。


――たしかに悪魔は捻くれているとは聞いているけど、そういうこととはなんだが違うわよね。じゃあ、なんなのかしら。


 スターチアはジェンドが笑いを収め終えるまで考えていたが、答えを見つけることはできなかった。




 それから十分近くが過ぎただろうか。

 ようやく、ジェンドはいつものように尊大な態度で宙に浮いている。

 スターチアは黙ったまま、そんな青年を見上げていた。

 ここで下手なことを言ったら、また笑い出すかもしれない。

 自分の言動のどこにこの青年を笑わせるきっかけが潜んでいるのか分からないため、スターチアはただただ静かに見上げているだけである。

 すると、ジェンドがスッと右手を差し出した。

 

 次の瞬間、彼の手の平には先ほどよりも大量の唐辛子が出現する。

 崩れ落ちそうなほどに山盛りだ。


「わぁっ」

 スターチアは小さな子供のように歓声を上げた。

 

――次は、この唐辛子の山が消えるのよね!


 ワクワクと胸が弾ませながら見守っていると、彼女の予想とは違うことが起きる。

 ジェンドの手の平にある唐辛子の山が、徐々に高さを増していったのだ。

 上に積もっていくのではなく、下から湧き上がり、唐辛子の数が増えていく。

 数秒後には、高くなり過ぎた唐辛子の山がふいに崩れた。

 崩れ落ちた唐辛子は、ジェンドの手の平からポロポロと零れていく。

 スターチアは思わず手を差し出し、落ちてくる唐辛子を受け止めようとした。


 ところが、彼女の手に唐辛子が触れる寸前で、スッと消えたのだ。


「……えっ?」

 スターチアは目を見開いて固まる。

 そんな彼女にかまうことなく、ポロポロ、ポロポロと唐辛子が落ち、そして消えていった。

 しばらくその光景に目を奪われていたスターチアは、ふいにゆっくりと顔を上げる。

 視線の先には、得意気に片頬を上げているジェンドがいた。

「これが見たかったんだろ? ああ、そうだ。ついでに……」

 切れ長の目がフッと細くなった次の瞬間、林檎とジャガイモがとめどなく落ちてくる。

 さらには苺やオレンジや桃、トマトにキュウリにカボチャに大根など、季節や大きさに関係なく、色々なものがジェンドの手の平に現れ、零れ落ち、やがて跡形もなく消える。


 スターチアが、「もう、十分よ!」と声をかけるまで、それは続いたのだった。


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