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 嫌味を言われたものの、スターチアは特には取り合わない。 

 これでも青年の期待に応えてやったのだから、もう相手をしなくてもいいだろう。

 そもそも、自分が彼の相手をする義理はないのだ。

 スターチアは漆黒の青年から視線を外し、月を見上げた。

 寒さはなかなか厳しいが、その分、空気が澄んで月がはっきりと見える。

 自分の髪と同じ色の光は、優しく彼女に降り注いでいた。

 いつもと同じようにただぼんやりと月を眺めていると、横からフワリと風が吹く。

 その風は一瞬で止んだものの、スターチアの柔らかい髪を軽く乱した。


――まったく、なんなのよ。


 乱れた髪を指で耳に掛けながら、スターチアはチラリと横に視線を向ける。

 青年は腕を組んだまま、相変わらず偉そうな態度で宙に浮いていた。

 突然やってきて、自分に声をかけてくるのは、あくまで彼の都合だ。

 そして、彼が暇つぶしのために現れたとしても、スターチアはそれに付き合うと承諾した覚えがいっさいない。

 だから、かまってほしそうな表情を浮かべている悪魔の青年を無視しても、スターチアには罪がないはずである。


――相手が欲しいなら、他の人の所に行けばいいのに。それか、魔術で暇つぶしの道具を呼び出したらいいのに。


 そこで彼女は、幼い頃に聞いたおとぎ話を思い出した。

 悪魔と騎士団の戦いの物語で、悪魔は木や泥に生命力の核を埋め込み、大量の木製人形や泥製人形を生み出した。

 悪魔の意のままに動く人形たちの数に押されて、騎士団は劣勢に追いやられる。それでも諦めず、騎士たちは剣をふるった。

 そこに、太陽神ロボアーヌと月光神ナティアが現れ、悪魔の人形たちを消し去り、最後には騎士団が勝利を手にしたという話だ。

 最後まで諦めない心が大事だという教訓を含んだこのおとぎ話は、アシュガルドの各地に広まっている。


――そういえば、裏庭に集めた木材の切れ端に向かって、「人形になれ!」と叫んでいたわよね。


 子供なら、誰でも一度はやることだ。

 おとぎ話と共に自分の幼少時代を思い出し、スターチアは苦笑を浮かべる。

 そこに、不機嫌そうな声が飛んでくる。

「なにを笑っているんだ?」 

 スターチアが見ると、ジェンドは形のいい唇をへの字に曲げていた。

 立派な大人である美貌の主が子供のようなことをしているので、なんだか妙におかしい。

 だが、ここで噴き出してしまうと、さらに悪魔の青年が不機嫌になり、いっそう面倒なことになりそうである。

 スターチアはなんとか笑いを堪えた。

「子供の頃に聞いたおとぎ話を思い出したのよ」

 できることなら、『大したことではないから、気にするな』と言いたかったが、そのように答えてしまうとかえって厄介だというのは、これまでの経験で知っている。


『愚かな人間のくせに隠し事をするとは、本当に愚かだな。お前の都合など、どうでもいい。さっさと話せ』

 

 きっと、彼はこのように言ってくるはずだ。

 だから、さっさと話を切り上げるためにも、素直に答えたほうが無難である。

 そんなスターチアの心中を読み取れなかったのか、ジェンドの口は元通りになった。

「ほう、どんな話だ?」

 先を促され、スターチアはまた素直に答える。  

「あなたも知っているんじゃない? 騎士団と悪魔が作った木や泥の人形と戦いお話よ。五歳くらいの時だったかしら、私、その話に出てくる木製人形を作ろうとしていたの。でも、魔力なんてこれっぽちも持っていない私には、人形を作り出すどころか、棒切れ一本動かすこともできなかったわ」

「なんだ、お前は木製人形を見たいのか?」

 その問いかけに、スターチアは少し考えた後、「ええ、そうね」と答えた。

「だって、ぜんまい仕掛けになっていないのに、ただの木や泥が人形になって動くんでしょ。それって、すごく不思議だもの。まあ、しょせんおとぎ話だから、実際にそんなことはできないでしょうけど」

 彼女がクスッと笑ったところで、横からブワリと強めの風が吹いてきた。

 体が傾ぐほどではなかったが、さっきよりもだいぶ強めであったため、月色の髪が盛大に乱れる。

「ちょっと、なにするのよ」

 チロリと睨みつけ、スターチアは手櫛で髪を整える。

 そんな彼女に、ジェンドはフンと鼻を鳴らした。

「この俺に、できないことはない。木製人形だろうと泥製人形だろうと、五十、いや百体を作り出すなど、容易なことだ」

 そう言って、彼は右手をスッと上げる。

 それを見たスターチアの表情が、サァッと青ざめた。

 この辺りにはスターチアの他に住んでいる者はいないため、人形たちの姿を目撃される心配はないだろう。

 それでも、悪魔が作り出した人形がどれほど禍々しさを醸し出すのか予想が付かないので危険だ。

 動物は人間よりも敏感だという話なので、飼っている牛や鶏がけたたましく鳴いたら、さすがに辺りに響き渡る。

 そして、少し離れたところに住んでいる者の耳に鳴き声が届き、何事かと駆けつけてくる可能性が大いにあった。

「ま、ま、待って! そんなもの、ここに百体も並べたら、大変なことになるわ!」

 スターチアの言葉に、ジェンドが片眉を上げた。

「心配するな、放置はしない。あとでしっかり処分する」

 処分うんぬんではなく、人形を百体も生み出すこと自体が困るのだ。

 ジェンドが改めて右手を上げたのを見て、スターチアはさらに青ざめた。

「あなたが、簡単に人形を作り出せるのを、私、信じるから! この肩掛けに施された魔術、本当に見事だわ! それだけでも、信じるに値するもの!」

 ところが、ジェンドの右手は上がったままである。

「遠慮は無用だ。渾身の魔力を込め、人形を作ってやろう」

「だ、駄目!」

 スッと目を細めたジェンドに、スターチアは駆け寄ろうとした。


 だが、ここは屋根の上で、足場が悪過ぎる。

 慌てるあまりに、スターチアは体勢を大きく崩した。


「きゃぁっ」

 屋根から滑り落ちそうになった彼女を、一瞬で近付いてきたジェンドが両腕で抱き留める。

 続いて、大声で怒鳴った。

「お前は、何度言ったら分かるんだ! こんなところでいきなり立ち上がったら、滑り落ちるに決まっているだろ!」

 普段はあまり取り乱すことのないスターチアだが、今回はさすがに肝が冷えた。

 漆黒の服をギュウッと握り締める彼女の体が、恐怖でガタガタと震えている。

「ご、ごめんなさい……」

 小さな声で謝罪を口にするスターチアの頭上に、深いため息が降ってきた。

「ったく、学習能力のない愚かな小娘だな。俺がいなかったら、今頃、首の骨が折れていたところだ。そんな馬鹿な死に方をすると、魂が浮かばれないぞ」

 悪魔に説教されるという奇妙な事態に、スターチアは少しだけ腹が立つ。

 体を震わせながらも、彼女はジェンドをキッと睨んだ。

「だって、あなたが人形を百体も作るって言うから」

 そんな彼女を、ジェンドも睨む。

「見たいと言ったのはお前だぞ」

「でも、そのあとにやめてと言ったわ」

 よりきつく睨み付けるスターチアに、ジェンドはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。

「ずいぶんと、気まぐれなことだ……」


――悪魔のあなたに、言われたくないわよ。


 そう返してやりたかったが、こじれそうな予感がしたので、スターチアは口を噤むことにした。


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