(33)
改めて肩掛けの合わせ目を握るスターチアに向け、ジェンドは得意げに言い放つ。
「俺の素晴らしさは、あえて説明するまでもないだろう」
「ええ、そうね。私なんかでは、理解できそうにないもの」
――こんな規格外の悪魔、誰が理解できるって言うのよ。
と、彼女は微笑みを浮かべつつ、言外に告げる。
そんなスターチアの言葉に、ジェンドはふいに片眉を上げた。
「……なんだか、他に言いたいことがありそうだな」
それに対して、スターチアはユルリと首を横に振ってみせる。
「取るに足らない人間の私は、思ったままのことしか言えないわ。あなたを欺くようなこと、できるはずないじゃない」
静かに告げると、ジェンドは「そうか」と一言だけ返してきて、それ以上追究してくることはなかった。
彼女は肩掛けをグイッと引き上げる振りをして、自身の口元を覆う。
それは、寒さを凌ぐためではない。
笑ってしまいそうな口元を隠すためだった。
――どうして、気付かないのかしら。
本当に、この悪魔は規格外すぎる。
悪魔というのは、人間を容易に手玉に取るほど、複雑で鋭い思考を持っているという話なのに。
いや、もしかして、気付いていながら追究しないだけなのだろうか。
――だとしたら、それはなんのために?
どちらにせよ、スターチアにとって、この悪魔の青年は理解しがたい存在だ。……そもそも、理解しようとは思っていないのだが。
話しかけてくるから、返事をしているだけ。
しばらく顔を合わせなくても、なんとも思わない相手だ。
むしろ、月を眺めることを邪魔してくるので、現れないでほしいとさえ思っている。
――でも……。二度と、顔を合わせたくないほど、嫌いってわけでもないのよね。
自分と月の間に立たずにいてくれたら、話しかけてくるのは構わない。
多少の嫌味も、それほど気にならない。
この規格外の悪魔は、スターチアにしてみれば、町ですれ違う通行人みたいなものである。
そう言い聞かせている自分に気付き、スターチアは苦々しく下唇を噛んだ。
気にするほどではないと考えるのは、相手の存在が気になっているからこそだ。
本当に気にしていない相手なら、そんなことをいちいち言い聞かせる必要はないのだから。
――やっぱり、よくないわね。
スターチアはさらに下唇を噛み締める。
彼女はここから引っ越すつもりはない。
今の自分の生活様式に合った家は、そう簡単に見つからないだろう。
また、月を眺めることをやめるつもりもない。
そうなると、悪魔青年がさっさと自分に飽きて、どこかに行ってくれるのを願うしかない。
はたして、それはいつになるのか。
――どうしたら、他の場所に行ってくれるのかしら。
ここを離れる条件を尋ねてみようかと、スターチアは考える。
しかし、次の瞬間、その考えを否定した。
そんなことを尋ねたら、かえってここに居座りそうではないか。
スターチアが困っているからこそ、彼が面白がるのだと容易に想像できた。
――結局、放っておくしかないのね。
口がうまい悪魔の青年を説得できる気がしない。
スターチアはヒョイと肩をすくめる。
言葉では負けるというなら、公園で会話をした貴族らしき青年も同じだった。
――そういえば……。
彼女はあの時に感じたことを思い返す。
碧眼を持つ青年には初めて会ったはずなのに、なぜ、知っているように思えたのだろうか。
自分の目の前にいる悪魔青年と並ぶほどの美貌だ。いくら美形の男性が特別好みではないにしても、そう簡単に忘れるはずはない。
物心ついた辺りからこれまですべてのことを覚えているわけではないものの、記憶を失った期間はないため、思い出せないというのがなんとも落ち着かなかった。
それでも、記憶を探ったところで、答えは見つからない気がする。
なにより、相手がスターチアと初対面といった感じだったのだ。
――そうね、私の思い違いだわ。
彼女がふたたび肩をすくめると、「おい」と不機嫌そうな声が投げかけられた。
「この俺を無視するとは、いい度胸だな」
「お褒めに預かり、光栄だわ」
サラリと返されたスターチアの言葉に、ジェンドがグッと眉根を寄せる。
「褒めてない」
ギロリと睨まれた彼女が、軽く首を傾げた。
「あら、そうだったの? 矮小な人間にしては肝が据わっているのだと、褒めてもらえたのかと思ったのよ」
もちろん、本気でそう思ったのではない。単なる言葉遊びのようなものだ。
鋭い視線にも怯んだ様子を見せないスターチアに、ジェンドはいっそう眉根を寄せた。
「まったく、口の減らない女だ」
「気に入らないなら、相手にしなければいいんじゃないかしら?」
できればそうして欲しいと彼女は心の中で願うが、彼の返事は残念なものだった。
「気に入らないが、暇つぶしにはちょうどいい」
いかにも悪魔らしい捻くれた言葉である。
――やっぱり、そうくるのねぇ。
無理だろうと思っていたので、スターチアはそれほどがっかりしない。
そこで、また彼女は貴族らしき青年を思い出す。
――あの人も、『暇つぶし』って言っていたわね。
美形の男性は、平凡な女性を相手にしたいのだろうか。
――美人な女性は見慣れているから、平凡な顔立ちの女性のほうが興味をそそられるという理由だったら、ちょっと落ち込むわ。
スターチアは自分の容姿を自覚しているし、綺麗に見られたいという願望も抱いていないものの、そのような理由は、さすがに年頃の女性には辛辣すぎる。
だからといって、明日からこれまで以上に身なりを整え、化粧をしっかり施すつもりはない。
――そうね。暇つぶしに理由なんて必要ないわね。
この悪魔の青年にも、あの碧眼の青年にも、スターチアに声をかけた深い理由などないのだ。
ただ、意味なく流れる時間を、少しでもどうにかしたいだけなのだ。
――暇つぶしの相手にされるのは癪だけど、二人とも、ちっとも私の言うことを聞いてくれないのよねぇ。こういうところも、なんだか似ているわ。
おかしな共通点に気付き、スターチアはまたしても肩をすくめたのだった。




