(20)
スターチアはアディスたちに手順を説明すると、近くに積んであった木箱に腰を下ろす。
アディスの部下の一人が、木苺と林檎の果汁を合わせて炭酸水で割った飲み物が入ったグラスを差し出した。
三人は恐縮しつつも、ありがたく受け取る。
「はぁ、冷たくて甘くて美味しいねぇ」
「喉が渇いているので、一段と美味しく感じます」
マールと青年の感想を聞きながら、スターチアも飲み物を口に含む。
酸味と甘さがちょうどよくて、ゴクゴク飲めそうだ。
「美味しいです」
スターチアの感想に、アディスが振り返って二ッと笑った。
「それは、私が考案したものだ。適度な酸味と甘さが、疲れを吹き飛ばしてくれるだろ? 軍の中でも、けっこう評判がいい」
「これをアディス様が?」
驚くスターチアに、グラスを差し出した人物が大きく頷く。
「アディス様は、日頃から新しい食べ物や飲み物をご自分で考えて、試作なさっているんですよ」
どうやら、彼は飲み食いするだけではなく、調理することも好きなようだ。
サッパリした甘さのジュースを飲み干したスターチアは、少々不器用な手つきでパンに肉を挟んでいるアディスの隣に並んだ。
「ありがとうございます、あとは私がやりますので」
ところが、アディスは手を止めるはない。
「いや、このまま手伝わせて欲しい。これは、なかなか楽しい作業だ」
そんなアディスに、スターチアは戸惑う。
「ですが、お忙しいのではありませんか?」
「先ほど言ったように、私の役目はすでに終わっているんだよ。それに、下手に時間を持て余していると、あれこれ声をかけられて煩わしくてね」
アディスの話を聞いて、スターチアはどうしたらいいのかと困ってしまう。
彼だけではなく、一緒に来ていた関係者たちもなにかと動き回ってくれているため、申し訳なさが膨れ上がる一方だ。
オロオロと視線をさまよわせていた彼女だが、せっかくの厚意を無下にすることができず、また手伝ってくれている彼らは楽しそうであるので、このまま続けてもらうことにした。
「それでは、よろしくお願いいたします」
スターチアがペコリと頭を下げると、アディス様は笑みを深める。
「ああ、任せてくれ。ほら、お客様がお待ちだ。スターチア、対応を頼む。それと、そろそろ肉が足りなくなりそうだ」
アディスが指示を出し、それに対して周囲がテキパキと動き回る。
おかげでスターチアもマールも、だいぶ楽になった。
これまで三人でやりくりしていたところに、アディスを含めた四人が加わり、肉挟みパンを作るのもお客をさばくのも、かなり手際がよくなる。
その甲斐あって、大量に準備してきたはずの丸パンがすべてなくなった。
時間はまだ正午を過ぎたばかりで、噂を聞き付けた人々が、スターチアの屋台を目指して歩いてくる様子が目に入る。
閉会となるまであと一時間以上はあり、これからも客が来ることは簡単に予想できた。
牛肉は次々に焼き上がっていてソースもまだ残っているが、肝心のパンがないので、客たちに提供できない。
――困ったわ。でも、パンがないと、どうしようもないもの。
スターチアがそのことを告げると、客たちは一様にがっくりと肩を落とした。並んでいた子供たちは、食べたいあまりに泣き出す始末。
その様子を見たスターチアは、少し考えたあとにアディスへと声をかける。
「あの、小麦粉と牛乳を分けていただくことはできますでしょうか? それとも、持ち込んだものしか提供してはいけないという決まりがありますか?」
「いや、そういった決まりはないが……。今からパンを仕込むとなったら作業が大変だろうし、時間もかかるのではないか?」
心配そうな視線を向けてくるアディスに、スターチアは微笑みを返した。
「手軽にできて、パンの代わりになりそうなものを作ろうかと。それでしたら、牛肉にもこのソースにも合うと思うんです」
そこで、彼女は軽く手を打つ。
「ああ、そうだわ。できましたら、調理に使える大きめの鉄板と、持ち運びができる小さめのかまどもお借りしたいです」
「鉄板なら、調理場から借りてくることにしよう。かまどは野営に使うものがいくつかあるから、それを使うといい」
アディスは調理場で小麦粉とバターと鉄板を、軍の倉庫からはかまどを持ってくるようにと、部下たちに指示を出した。
程なくして道具が揃うと、スターチアの指示により、三つ並べて置いたかまどの上に鉄板が置かれた。
「これでいいか?」
アディスの問いかけに、彼女はコクリと頷く。
「はい、十分です。あとは、これを焼きます」
温まった鉄板にバターを薄く延ばし、スターチアは牛乳を混ぜて作った小麦粉の生地を薄く流し入れ、自分の顔程度の大きさに丸く焼き上げた。
その生地の真ん中に牛肉と野菜を乗せ、ソースをかけて端からクルクルと巻く。
――たぶん、美味しいはずだわ。
丸パンと形状は違うが、材料が簡素だからこそ、なんにでも合うだろう。
スターチアはいくつか生地を焼き、出来上がったものをアディスたちに味見をしてもらう。
「では、いただこう」
まず、アディスがパクリと噛り付いた。
無言で数回咀嚼した彼が、二コリと微笑む。
「このもっちりとした生地が、肉と野菜によく合っている。これは、止まらなくなるな」
その言葉通り、アディスはあっという間に食べ切ってしまった。
彼の食べっぷりを見ていた部下たちは、我先にと手を伸ばした。
「さっきのパンも美味かったですが、これもまた美味いです」
「香ばしい焼き色が、食欲をそそりますね」
皆が口々に褒める言葉を、スターチアは気恥ずかしい思いで受け取った。
「これでしたらどんどん作れますから、引き続き、皆さんにお出しできますよ」
彼女の言葉を聞いた客たちは、手を叩いて喜んだ。泣いていた子供たちも、すっかり機嫌を直して大はしゃぎである。
こうして、スターチアの屋台はふたたび行列ができ、大盛況のまま慰霊祭は終了したのだった。
スターチアとアディスたちが心地よい疲労感に包まれている様子を、ホースキン男爵は射殺さんばかりの目で見ていた。
「田舎者の小娘が、出しゃばった真似をしおって……」
唸るように低く呟くと、爪が手の平に食い込むほどギリギリと握り締める。
スターチアの屋台が盛況だったこともそうだが、なによりアディスが肩入れしていることを悔しく思う。
――いったい、ウチのパンのどこが悪いというんだ! くそっ、あの小娘さえいなければ!
見当違いな恨みは収まることなく、彼の中で徐々に大きく膨れ上がっていく。
そんなホーキンス男爵の思いなど知らないスターチアは、マールと片付けをしていた。
アディスたちも片付けを申し出たが、さすがにそこまでしてもらっては恐れ多いと、スターチアはそれを笑顔で断ったのである。
鉄板と携帯かまどを持って行ってもらったので、後はゴミを片付けて荷物を持ち帰るだけだ。大した作業ではない。
「それにしても、大賑わいだったねぇ」
マールの言葉に、スターチアは小さく微笑む。
「びっくりしました。こんなにもお客様が来てくださるなんて、思ってもいなかったですから」
用意してきたパンがなくなり、さらには小麦粉で作った薄焼きを作ることになるとは、考えもしなかったのである。
だが、それは嬉しい誤算だ。
「それだけ、スターチアが作るパンが美味しいってことさ」
はにかんでいるスターチアの肩を、マールがポンッと叩いた。
「さて、私はこのゴミを捨ててくるかね」
「お願いします」
共同ゴミ捨て場に向う背中を見送ったスターチアは、小物類をまとめる作業を続ける。
そんな彼女の手元に、折りたたまれた紙が投げ込まれた。
「え?」
パッと顔を上げて辺りを窺うが、ゴチャゴチャと人が行きかっていて、誰がこの紙を投げてきたのかは分からない。
「なにかしら?」
感じからしてゴミではないようだが、手紙にしてはおかしな渡し方だ。
スターチアは不思議に思いながらも広げてみる。
そこに書いてあったのは、『調子に乗るな。今に、痛い目に遭わせてやる』というものだった。
――なんの冗談かしら?
宛名がないので、これがスターチアに向けられたものかどうかは判断できない。
それに、スターチアとしては、「調子に乗るな」ということに思い当たらなかった。
今日はアディスの協力のおかげもあって大盛況となったものの、本来は細々と手売りで稼ぐしがないパン屋だ。
その生活に戻ったら、やっかみを受けることもないだろう。
そう結論付けたスターチアはこのことを誰に告げるつもりもなく、片付けを進めた。




