上石神井駅にて
祝日に仕事か。
西武新宿線西武新宿行き急行列車の車内で、青柳は嘆息した。
周りは、家族連れやカップルで華やいでいる。スーツを着ているのは青柳くらいだ。
田無駅に着き、客がどっと乗ってきた。車内が混みあい、青柳はドアと背中合わせに立った。
電車が動きだすと、近くで手すりを握っていた子供の視線に気付いた。
青柳の顔を、じっと見つめている。
小学五、六年生くらいの女の子だ。有名な塾の鞄を持っている。
祝日に勉強か。
何となくシンパシーを感じて、青柳は首を傾げ「どうしたの?」という塩梅で、軽く微笑みかけた。
女の子は顔を背けた。
青柳は不愉快になって眉をしかめた。せっかく相手してやったっていうのに。
だから子供は嫌いだ。
会社も嫌いだ。電車も嫌いだ。
気付くと、またあの女の子が、こちらを見ていた。
腹が立ってきて、青柳は女の子に背を向け、外の景色を見た。
そこで「あっ」と声をあげた。
遠くに、虹がかかっていた。
少女は虹を見ていただけだったのだ。恥ずかしくて、青柳は後ろを振り向けなくなってしまった。
電車が上石神井駅に着き、目の前のドアが開いた。
降りる客が背後から押し寄せてきたので、慌ててホームに降りて脇に寄った。
女の子も降りてきた。
すれ違いざま、青柳と目が合った。
発車ベルが鳴る。
女の子は階段へは向かわず、ホームの端へ歩いていった。
青柳はもしやと思って、同じ方に二、三歩ほど歩いてみた。
思った通り、青柳の背丈なら、そこからでも虹がよく見えた。
背後で、電車のドアが閉じた。
次の便は六分後だ。
(完)