その8 CASE02:黒い美少女
「闇玉追尾ッ!」
黒い球がいくつか浮遊し、定めた地点へ留まる。
「変化・刃」
瞬間、球は鋭い刃に変わり、向かってきた標的を斬り裂いた。
「ふぅ・・・」
俺は額の汗を拭い、空を見上げる。今日もいい天気だ。
ここはラーステイルからそんなに離れていない平原だ。周辺では割と強めのモンスターが出るので、基本集団で行動することが推奨されている。
まぁ俺はソロだけど。
ちらっと横たわる残骸を見る。あとはこれを5体狩るだけだ。
俺はいわゆる『クエスト』を遂行している最中で、この『スーパーハイエナ』を6体狩れば2ヒューム(大体2000円)の報酬と、こいつの素材がもらえる。
でもスーパーハイエナってどうなの。小学生みたいなネーミングセンスだな。
しかしスーパーの名は伊達じゃなく、俺がこいつを狩るのに1時間かかった。まぢむり。このままじゃ日が暮れる。
しかも俺には今杖がない。忘れてきた。おかげで簡単な魔法しかできない。
「それに見つかんないんだよな・・・」
そう、こいつを見つけるまでに30分を要した。ほんとありえない。時給換算すると大体220円。キレそう。
そう言ってても時給が減るだけなので、新たな獲物を探し始める。一人で来たのは失敗だったかな・・・。
パーティに動きがない以上、ソロでやるしかない。じゃないとあのアクセサリーに手が届かない。
来る前にあの家に寄って、セニスタかアッシェントに同行してもらおうとしたが、どっちも用があるらしい。決して、俺とクエストに出たくないとかそういうアレじゃないはず。はず。多分。
「お、今度は早かったな」
目前にはスーパーハイエナ。そーっと背後に回り、いざ奇襲――!
「変化・刃!」
ガッキィィン!
闇の刃と剣の刃が交わる音が響く。スーパーハイエナはその下をするりと抜け、逃げた。
「・・・」
「・・・」
俺は刀を構えた相手を見る。その髪はまるで濡れたように黒く、愛嬌があり、かつ整った顔は可愛い、としか言いようがない。
「あの、そろそろその剣を収めてくださいません?」
「・・・獲物を奪われたからやだ」
それ、俺もなんだけど。
そう、そこには『フレンカラーズ』の一員、ルーナの姿があった。
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「はぁっ!」
ザシュッ!
「ほぉっ!」
シャッ!
刃が肉を裂く。獲物は成す術もなく倒れるしかない。
「でも、君の魔法は肉じゃなくて空を裂いてたよね!」
「当たってました~! ちゃんと切ってました~!」
俺たちは話し合いの末、2人で行動することになった。そちらの方が効率がいいからだ。
実際俺一人だとあと7、5時間かかるはずだったが、なんと1時間で終わってしまった。
しかしこいつ、めっちゃ強い。俺より強い。それに元気。俺も元気出る。
「よし、これで最後かな?」
ルーナがしゃがんで獲物を確認する。
「ありがとう。助かった」
「そんなのお互い様だよ~! 私も助かっちゃった☆」
天使か? ここが理想郷なのか?
「あ、ねぇねぇ、ついでにもう一個クエストやってかない?」
「いいけど、どんなのだ?」
これ! と見せてきたのは、『ハイパーハイエナ』を1体狩る、というものだった。
確か、ハイパーハイエナはスーパーハイエナよりも数段強い固体で、主に単独で行動するモンスターだったはずだ。
「まぁ・・・2人ならいけるか」
なんか前にもこんな展開無かった? マンモスがどーたらみたいな。
「けってーい!」
ルーナが鼻歌交じりにスキップする。なんだ? 妖精に見えてきた。そろそろ俺も末期だな・・・。
「・・・なぁ、帰らないか?」
「・・・やだ」
30分後、俺たちはとある茂みに潜んでいた。
目前には化け物。体長5メートルぐらいのハイエナが食事をしている。
「でかすぎる・・・。これじゃあもうウルトラハイエナじゃねーか」
「くだらないこと言ってないで、作戦を考えよう?」
おいまじかよ。こいつアレに勝つつもりなのか?
「えっ帰ろうよ」
「やだ。大丈夫、勝てるよ」
「ど、どうやって」
「それをこれから考えるんだよ☆」
おいおい・・・。でも、なんかコイツ本気の目してるし、もしかしたら勝てんのか?
仕方ない、作戦を考えよう。
数分間の沈黙ののち、茂みでは作戦会議が行われていた。
「でも、今まで通り2対1で挑めば勝てるんじゃない?」
「いや、きついだろ。俺たちの武器、魔法じゃアレの皮膚を貫通できないし、アレの攻撃は俺たちを容易く貫いてくるぞ」
「じゃあ・・・柔らかい場所を斬ればどう? 口の中とか、お腹とか」
「確かここらへんのハイパーハイエナは、そういう弱点は消えてるはずだ」
「じゃあ、どうすんの」
ちょっとふくれつつルーナは俺を見る。うーん、可愛い。
でも、なんだろう、こいつに対して俺の警戒心がアラートを鳴らしている。なにかひっかかるな・・・。
「帰ればいいんじゃね・・・ごふっ」
腹パンされた。剣の柄で。痛い。
「却下。ちゃんと考えてよー。このままじゃ帰れないよー?」
つってもな・・・。あいつに勝つ方法なんて・・・ん?
「なぁ、アレって人間だよな?」
「え? ・・・ほんとだ。まさか、一人で挑むつもり?」
そいつは俺たちの茂みから少し離れた場所に現れた。ハイパーハイエナはまだ気づいてないっぽい。
「しかも女の子だね。大丈夫かな」
髪の色は黒っぽい青。さらさらな髪をなびかせ、その少女はハイエナに忍び寄る。その手には白銀の剣。
口元には自信からくる、余裕の笑みが浮かんでいる。
ごくり、と鳴ったのが自分の喉だと気付くのに数秒を要した。それくらいの静寂。
ちらっと隣を見ると、ルーナも真剣な表情で成り行きを見守っている。
突然少女が消えた。あ、あれ?
「どこ行ったんだ? 消えたぞ」
「あそこ」
ルーナが指さす方を見る。ハイエナの方だ。
少女はいつの間にか、ハイエナの真上に浮いていた。まさか、跳んだのか?
剣の切っ先を下に向け、ゆっくりと落ち始める。と、少女の口が微かに動いた。
瞬間、ヒュオッという音が響き、少女は急加速した。
「こ、これは、あの世界で数人しか習得していないという、『加速魔法』!?」
びっくりしたー。急にルーナが叫んだので、心臓が止まるかと思った。え、そうなの?
そして切っ先がハイエナの首元へ突き刺さる――
カイィンッ!
鋭い金属音を響かせ、少女と剣は弾かれた。そしてそのまま草の上へと投げ出される。
いやおかしいだろ。あんなに自信満々に登場しておいて、ハイパーハイエナ倒せないのかよ。
ぎろり、とハイエナの目が少女を射抜く。
少女は思わぬ展開に混乱しているようで、ハイエナを見つめて固まっている。
「まずいわね」
ルーナの張りつめた声が聞こえる。そう、このままじゃ目の前でRー18G展開が繰り広げられてしまう。それだけは避けなければ。
「どうする・・・。どうする・・・。」
うわごとのように呟くルーナは、目を見開き、拳を握りしめている。多分考えているのだろう。この状況の勝利法を。
落ち着いて、俺も頭を働かせる。
あの少女を助ける方法は、3つある。
1つ、イケメンな俺は、突如天才的なアイデアを閃く。
2つ、アッシェントが助けてくれる。
3つ、助からない。現実は非情である。
くそっ、どれも現実的じゃない! 3つ目に至っては助ける方法じゃないし! どうする!
俺は心のよりどころを求めるように、手元にあった草を握りしめる。
ん? なんか前にも草を握りしめたことがあったような・・・。あ、千変万化を使った時か。
現実逃避にしかならないようなそんな思考の中、俺の脳に電流が走った。
――あの異常に硬い皮膚を貫通できるものを作ればいいんじゃね?
すこし後方へ下がり、俺は草へと手を伸ばす。頼むぞ・・・少女の命は俺にかかっている!
「くそっ!」
手の中には小さな輝く石。これじゃあ貫通はできない。
しかし、完全ランダムならあとは試行回数だ。絶対に出してやる。見とけよ・・・!
そして数秒が経った。や、やばい。軽く50回はこのガチャを回してる。全然出ない。なんか変な生き物とか、なんか変な物体しか出てこない! くそ、なんかめまいもしてきたし、どうなってる!
しかし諦めない。俺は再び草に手を伸ばす。
「・・・え?」
次の瞬間、俺はおっさんの足を掴んでいた。手にすね毛の感触が伝わる。
そのおっさんは俺を睥睨すると、もじゃもじゃのひげを動かす。
【なんのようじゃ、ハゲ】
「・・・ハゲ? 俺じゃないよな?」
【お前じゃよ。死んだような目に、死んだような髪。将来はハゲじゃろう】
「か、髪は死んでねぇよ! あんたこそ誰だよ!」
そのおっさんはフン、と鼻を鳴らす。よく見るとなんか発光してないか? このおっさん。
【わしは神じゃ。もっとも、力の残滓じゃがな。】
い、意味が分からない。でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「お、おっさん! あの化け物を倒せるか?」
俺は茂みの向こうを指さす。ちらっと見ると、おっさんは不敵に笑った。
【わしは神じゃぞ? 我がメテオストライクで屠ってやろう】
「なにそのダサ・・・じゃなかった、かっこいい名前の技! お願いします! あの子を助けてください!」
【よかろう。では行ってくる】
おっさんは潜みもせず堂々と向かっていく。茂みを超えるとき、ルーナがめっちゃびっくりしてた。そりゃそうだ。俺だって驚く。
「え? え?」
「頼むぞ、おっさん・・・」
戸惑うルーナの横で見守る。おっさんはある程度進むと、突如声を張り上げた。
【おい! こっちを見ろ! 今からお前をぶっ飛ばしてやる!】
馬鹿か。お前は戦国武将か。なんでハイエナに宣戦布告してんだよ。しかも表現が幼い。ぶっ飛ばすってお前・・・。
ハイエナは少女めがけて飛び掛かる。おっさんガン無視されてんじゃねーか!
「ヤバい!」
俺は咄嗟に茂みを飛び出し、少女の前に体を滑り込ませる。ハイエナの牙がてらてらと光りながら俺の胴体へ食い込む――
【必! 殺! 隕 石 大 激 突 ゥ ! 】
ズガァァアアンンンンンン・・・・
とてつもない轟音が辺りに鳴り響き、ハイエナをぶっ飛ばした。少女は唖然とした顔でおっさんを見る。無事でよかった。
ただ、1つ問題がある。それは俺もハイエナとともにぶっ飛ばされたということだ。
巨体とともに草原に横たわる。体はぐちゃぐちゃに混ざり合っていて、俺がハイエナでハイエナが俺でって感じ。
こいつがクッションになったことで、なんとか一命はとりとめたっぽい。
が、俺の体は見てわかるくらいダメージを受けていた。ボロボロだ。ふざけんな。
少女の安全を確認したルーナが駆け寄ってきて、俺を覗き込んだ。
「生きてる・・・?」
「・・・あぁ。ありがとうハイパーハイエナ」
「よかった。じゃあ応急処置してあげる」
こいつ器用だなーなんて思いながら少女の方を見ると、いつの間にかおっさんはいなくなっていた。
「あ、あの・・・ありがとうございます」
「ああ、怪我はない?」
「はい。おかげさまで・・・。」
よかった。吹っ飛ばされたのは俺とハイエナだけだったんだな。うん、ふざけんな。
処置が終わり、立ち上がる。思ったより動けるな。これなら帰れる。
「ふぅ・・・じゃ、帰るか」
「そうだね」
「あの、私もご一緒していいですか?」
少女が上目遣いで頼んできた。どうしよっかな・・・。あんま気は乗らないんだけど。だって俺とか初対面の人とまともに会話できないし。帰り道気まずいの嫌だし。
「行こうか。」
俺はできる限りのイケメンボイスで少女に語り掛ける。やべぇわ。上目遣い強いわ。
なんかルーナが怪訝な目で見ている気がしないでもないけど、気にしないでおこう。
「私の名前はアリサです。あなたたちは・・・?」
「私はルーナ。こっちがネオンくん。よろしくね!」
「はい!」
こいつコミュ力高いな・・・。学ぶことは多いかもしれない。
俺たちは街へと歩き出した。
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「そういえば、あの人はどこから出てきたの?」
そろそろ街に着く、というタイミングで、ルーナが話し出した。
あの人? ああ、おっさんのことか。
「あれは、まぁ、その辺から」
「その辺? すごいね。通りすがったのかな」
ふぅ、なんとか誤魔化せそうだ。俺の能力は、シトラスから『あんま他人に知られないようにな。もし知られたら家畜にされるぞ』と言い含められている。
「って、そんなわけないよね? ねぇ、ほんとは?」
ほっとした瞬間、ルーナの視線の温度が一気に冷たくなり、声音が凍りついた。
後ろでアリサが『ひぇっ』と声を発する。
え、え、なに、怖いんですけど・・・? か、顔に影が落ちてる・・・!
「ほ、ほんとって?」
自分でも笑っちゃうくらい声が裏返った。いやまじで威圧感がヤバい。
「あのタイミングで、奇跡的に場を覆せる人が現れるなんて、故意としか考えられないよね? ネオンくん」
「そ、ソウカナ」
「そして、私の後ろには君しかいなかった。だよね?」
「・・・」
く、口が開かない。なにこれ? 俺はいつ尋問を受けたんだっけ?
ルーナは言葉を止めない。街までがひどく遠く感じる。
「私は、君の能力か何かだって思うんだけど。っていうかそうだよね?」
「・・・」
「・・・」
「・・・ハイ」
た、助けて! この人怖い! 人殺しの目をしてる!
俺が折れると、ルーナはふっと微笑んだ。
「やっぱり。あ、そろそろ街だね。それじゃ、気をつけて帰ってね」
そう言うとルーナは街かどへと消えていった。
「・・・え、えっと、じゃあ私もこれで。またお会いしましょうね」
そしてアリサも若干おびえながら街へと消える。そして誰もいなくなった。
な、なんだったんだ今のー。ヤバーい。ドキドキが止まらなーい。待って、涙出てきた。
帰路に就く俺の足は確かに震えていた。