その5 パーティを組んでみる。・・・女の子と。
小鳥のさえずりとアラームの音。朝である。
「う~ん・・・」
俺は背伸びをして、朝のルーティーンを始める。
いやー、昨日は危なかった。まさかスライムがあんなに強いとは。
あの半身捕食事件(仮称)から、俺は見事生還した。まぁ助けてもらっただけなんだけど、とにかく帰ってきた。
「どうしよっかな・・・」
朝食をつくりながらつぶやく。こういう時間は考え事に集中できるのでけっこう好きだ。
昨日の事件から、俺の冒険者としての欠点、もとい問題点が見えてきた。
ひとつは、俺は職業で言えば魔法使い、つまり後衛だという点。
そして、後衛ってことはソロには向いてないってこと。
じゃあパーティでも組めば? って話になるんだけど、残念なことに、俺にはそんなアテはない。
多分そういう運命なんだと思う。だからこの点に関しては無視しよう。
「自分のコミュ障を運命のせいにするな」
食卓で向かい合っているシトラスに口を挟まれる。なんかもう読心がデフォルトになってる・・・。
「だいたいお前、スライムに魔法で挑むとかバカか?」
「え、なんかまずいの?」
シトラスはハッと俺を嘲笑しながら説明する。むかつくなこの幼女。
「スライムの魔法耐性を知らんのか? 教えたはずだが」
「あれ、そうだっけ? 物理耐性が高いとか言ってなかったっけ?」
「・・・やば。忘れてた。ラーステイル周辺はそこらへんが反転してるんだった」
「おい今聞き捨てならないことが聞こえたぞ。説明しろ」
シトラスはフッと鼻で笑うと、俺を見下す。
「まぁ常識だが、あそこらへんはモンスターの性質が一般的なものとは違う」
いや知らないんだけど。なんで偉そうなのこのガキ。
「世界でも唯一の性質だ。不思議だな」
「いや不思議だな、じゃねーよ。おかげで死にかけたじゃねーかどうしてくれんだ」
「まぁ落ち着け。お前は今生きているだろう? ならそれでよいではないか。はっはっは」
このガキぶっとばそうかな、なんて思うけど、そんなことをしたら俺の命が吹き飛ぶのでやめておく。
「そういえば、今日は出かけるから、昼は作り置きな」
「ん? またラーステイルへ行くのか? 熱心だな」
「フン、スライムにリベンジしなきゃ俺の気が済まないからな。物理弱点なんて、いい情報を掴んだぜ」
朝食後、支度をしてからゲートに向かう。さて、スライムに復讐したら、今日はどんなクエストを受けようかな。
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地面の感触が頬に食い込む。顔のすぐ横には草。左腕はねちょねちょのモンスターに覆われている。
「く、くそ」
すっかり忘れていた。俺、近接の戦闘能力0なんだった。
あ、ねちょねちょが左肩にきた。わー、冷たーい。
スライムに捕食される感覚を楽しんでいると、草を踏む誰かの足音が聞こえてきた。
「えい」
ザシュ、という音とともに、左半身を覆っていた感覚が消え去る。このパターンは・・・。
「また会ったね。大丈夫?」
「あ、ありがとう」
その恩人はさらさらの髪をなびかせ、ふふっと微笑む。
「君、もしかしてわざとスライムに食べられてるの? 昨日も半分食べられてたよね」
そう、この方こそが、昨日の半身捕食事件の恩人、セニスタ・ローズミストさんである。
ピンク髪の、いわゆるゆるふわ系の女子なんだけど、けっこう強い。
「いや、わざとじゃないよ。あれは紛れもなく俺が負けただけだ」
「そんな自信満々に言われても・・・」
セニスタが苦笑いを浮かべる。
くそ、まさか2度も女の子に助けられるとは。これじゃ俺が弱いみたいじゃないか!
「じゃあ、またどこかで」
俺は次の獲物を狩るために別れを告げる。強さを証明するんだ・・・!
お礼はいつかしようと思ってます。ほんとだよ。
「待って!」
「ぐぇっ!」
颯爽と去ろうとした俺の背中に、突然鈍痛が走った。
振り向くと、セニスタは逆手に持った剣を差し出していた。
これ、柄で突かれたのか? なんで?
「待って!」
「ごふっ!」
セニスタは表情を変えることなく、もう一度柄を突き出した。は、腹が・・・!
「お、お前! 殺す気か!」
「・・・待って!」
パシィン!
三度突き出された柄を受け止める。こ、こいつ、まさか本気で俺を・・・?
「・・・」
「おい、マジなの? マジで殺す気なの?」
「・・・待っ」
「いや待て。お前が待て。とりあえず落ち着け。俺がなんかしたか? 言ってみ?」
「あのさ、私とタッグ組まない? 今だけでいいからさ」
「何事もなかったかのように話し出すな。まず謝れ。そして説明しろ。なぜあんなことをした」
「そのほうが、1人よりいいと思うんだ。いろんな意味で」
「え、あの、聞こえてる? 俺の声、届いてる?」
「・・・? どうしたの? 大丈夫?」
「こっちのセリフだ!」
俺が怒鳴ると、セニスタはぷいっと顔を背け、口をとがらせた。
「だって止まってくれないんだもん」
「止まってたよ! 最初に突かれた時からずっと止まってたよ!」
「止まってないよ。今もずっと動き続けてる。その胸の中で」
「まさかそれは心臓を指して言ってるのか!? やっぱり俺を殺す気なんだな!?」
「ふふふ。冗談。ごめんごめん。許して?」
こいつ、真顔で冗談を言うタイプか・・・。やりにくいこと、この上ない。
「まぁ冗談なら許すよ」
「ふふ、君、ネオンくんだっけ? 優しいんだね」
よく言われる。
その後、俺たちはタッグを組むことになった。
その影響は大きかった。まず、俺の弱点だった前衛不在という問題が解消されることにより、(俺の)生存率、(俺の)狩猟効率が大幅に良くなった。
そしてその甲斐あって、俺は念願のスライム復讐を果たせた。
「これ、お前にメリット無くない?」
「そんなことないよ! 私、面白い人と一緒にいるの好きなんだ~。」
セニスタはにへ~っと笑いながら言う。人に好かれそうな笑顔だ。俺も耐性が無かったら危なかったかもしれない。
「次なに行く? スライム? オークとか行っちゃう?」
「んー、じゃあ、このマンモス大将軍」
来がけにギルドから持ってきた、何枚かのクエスト用紙から一枚を選ぶ。これはなかなか報酬がおいしそうだ。
「うぇっ、本気? けっこうキツくない?」
「そうか? こいつはそこまで強くないぞ?」
「そうなの? 私あんまり見たことないからよく分かんないんだよね。でも君が言うならいけるのかな」
まあ、俺も座学での知識だけで実物は見たことないが、このタッグを組んで戦闘力が飛躍的に上がっている今なら、いける気がする。
全長約10メートル、重さ約25トン。この世界における、モンスター『マンモス大将軍』のスペックである。ネーミングセンスは置いておいて、その巨大さは、初心者向けモンスターがはびこるこの平原にはとても似つかない。
「うはー・・・、でかーい・・・」
それが今目の前にある。茂みに身を隠しながら、俺たちはその迫力に唖然としていた。
「無理じゃないかな・・・これは」
「そうか? 今まで通りセニスタがタンク兼アタッカー、俺が魔法で援護する、っていう感じでいけない?」
「いや死ぬって。私死んじゃうってば。あれを相手にどうタンクするのよ」
「・・・まぁ、確かに」
今まではスライムや小型モンスター相手だったので、攻撃されてもそこまで痛くなかったが、こいつは規模が違う。性格も温厚じゃないし、ただでは済まないだろう。
しばらく思案してから、俺は考えを発表する。
「よし、焼こう!」
そう、あんな図体のやつ、まともに挑むのはナンセンスだ。よって大火力の魔法で焼くのが一番いい。照明終了。Q.E.D.
「あれ、急に頭がおかしくなっちゃった? 大丈夫?」
セニスタはマンモスを見つめたまま声をよこす。
「いやいや、それしかないって。となると、この杖だけじゃ足りないな・・・。なんか触媒用意しなきゃ」
「ちょっと? ちゃんと考えてよ。あれを焼くなんて、全然現実的じゃないよ。」
考える。触媒を、それもけっこう上質なものを入手する手段・・・。
「そもそも、あの大きさじゃあ、私たちが攻撃をしても全然ダメージにならないんじゃない?」
手っ取り早いのは千変万化だ。そこらへんの草を代償に触媒を錬成する。しかし、俺は知っている。
俺の能力、『千変万化』はガチャである。魔法触媒を、それも高度なものを厳選するのは現実的じゃない。
「私の剣は言わずもがな、君の魔法も、あれを倒せるものなんてある?」
うっさいなこいつ・・・。
俺はセニスタを見やる。瞬間、俺に電撃、ってほどじゃないな・・・、うん、静電気が走った。
そういえば聞いたことがある。確か、髪っていうのは魔法触媒になる。さらに、若い女の子のものは上質な触媒になるんだそうだ。
「これはあきらめるしかないよ。倒せるビジョンが見えない・・・って、なにしてんの?」
そこで初めてセニスタが俺の方を向いた。よし、決めた。
「なぁ、お前の髪、綺麗だよな」
「え、なに? 君そういう人?」
「待て。距離をとるな。違うから。そういう意味で言ったんじゃないから」
「・・・じゃあなによー」
俺はにやり、と笑いながら言葉を放つ。
「なぁ、髪をもらえないか?」
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「――炎の彗星――」
瞬間、空が赤く染まる。俺の手にあった触媒は燃え去り、マンモスに向かって巨大な火の玉が堕ちる。
そしてマンモス大将軍は地に伏せた。俺たちの勝利だ。
「すごい。こんなこと出来るんだ」
傍らで見守っていたセニスタが駆け寄ってくる。ふふん、そうだろう。
さっきまでドン引いていたのがウソみたいに彼女は感心している。
「すごいだろ? ちなみに今のは炎の彗星って言って――」
「なんか、寒くない・・・?」
セニスタが肩をさする。やめろ。俺の渾身の大魔法を寒いとかいうな。
「そうじゃなくって。気温が、低くない?」
そういうことか。そういえばそんな気がする。あれ、なんか雪降ってきた?
「あ、そういえば、この魔法は副作用があったような・・・」
「い、息が白いんだけど! 足元の草凍ってきてるし!」
「なんだっけ、確か周囲の温度を氷点下にするとかそんなんだった気がする」
「ヤバいじゃん! ちょ、はやく逃げよう!?」
「そうだな」
俺はセニスタとともに駆け出・・・そうとしたが、なぜか足が踏み出せない。
「あれ? ネオンくん? なにしてんの!」
俺は慎重に状況を確認する。足が動かない。これは・・・
「あの、靴が、地面に張り付いちゃった。てへ☆」
「・・・もおおぉぉぉぉ!!!」
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「セニスタって優しいんだな」
「・・・これで風邪ひいたら君のせいだからね」
俺たちは冒険者ギルドに戻っていた。ここは暖炉もあって温まる。あったかい。
「でも、あんな魔法ができるなんてびっくりしたよ」
「まあその代わり近接がボロボロだけどな」
暖炉の火を見ていると、なんだか眠くなってくる。今日はもう帰ろうかな。
「・・・うちの子と競わせてみたいなー」
「ほえ? なんか言ったか?」
セニスタはいやに真剣な顔で暖炉を見ている。
俺がうつらうつらしかけていると、再び彼女が口を開いた。
「・・・ねえ、君って今ソロだよね?」
「・・・ふぇ、ソロ? そうだけど?」
ヤバい、頭が回らなくなってきた。ね、眠い・・・。
「もしよかったらだけど、うちのパーティに入らない?」
セニスタが急にとんでもないことを言い出した。おかげで目が覚めてしまった。
「パーティって・・・マジ?」
「うん、マジ。『フレンカラーズ』っていうんだけど」
聞いたことないな。まぁ俺が聞いたことあるパーティ名なんて無いけど。
しかしなんだこのイベントは。ちょっと急すぎない? そんな急に言われても、返答に困るというか・・・。
「今ちょうど募集もかけてるんだけど、なかなか見つからなくて。君だったら信用もできるし、入ってくれると嬉しいんだけど・・・」
ど、どうしよう。誰かに必要とされるなんて初めてだ。超嬉しい。
それにセニスタにはお世話になったし、は、入るだけ入ってみようかな・・・。
「・・・た、体験参加なら」
「やった! じゃあ今からパーティハウスに案内するね!」
セニスタはすっと立ち上がり、俺の手をとる。え、今から!?
「ちょ、疲れたから今日は帰っ」
「わ~、楽しみ! こっちだよ!」
・・・ま、いいか。楽しそうだし。手を繋ぐのはやめてほしいけど。緊張しちゃうからさ。いやマジで。
しばらく歩くと、突然セニスタが立ち止まった。
「着いたよ! ここが私たちのパーティハウス、名付けて『酒池肉林の家』!」
えなにそのセンス。意味わかってんのか? どっから見てもちょっと大きめのただの家だ。
「いやー、男の子入れるの初めてだなー。ちょっと緊張するね!」
・・・? えっと、どういうことだ?
セニスタがドアを開ける。中はとってもファンシーでキューティーなハウスだった。
そして俺はほどなくして彼女の言葉の意味を知ることとなる。
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「・・・」
俺は絶句していた。
さっきセニスタがパーティメンバー全員に召集をかけた、と言っていた。
初顔合わせのためだ。俺はリビングのソファに座らされ、微動だにせず待っていた。
そして今。俺を含めて6人がリビングに集結している。
その男女比は1:5。お分かりいただけるだろうか。俺が絶句している理由が。
そう、なんと、俺以外みんな女の子だったのだ。
うん、このパーティ、抜けようと思います。ありがとうございました