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その4 どうも、冒険者です

 


 一人の少年がしっかりと舗装された道を歩いている。すれ違う人々は活気にあふれ、この街は生きているんだ、と感じさせる。夜になったらどんな景色になるんだろう。


 少年は胸を弾ませながら、この街で一番活気がある建物へと向かっていた。その足取りは驚くほど軽やかだ。


 ここはセントリア大陸の中でも有数の大都市、ラーステイルだ。内陸に位置するが川が流れており、手に入らないものは無い、とまで言われている。


 それに、付近はだいぶ前に安全化されており、弱いモンスターしか出ないため、子供から老人、はたまた上級冒険者から駆け出し冒険者まで、様々な人がこの街に住んでいる。


 少年は目的地に着き、そっと扉から中の様子をうかがうと、いったん建物から離れた。

 すぐ帰ってきたかと思うと、また離れる。一体なにをしているんだろう。


 まぁ、もう分かるとは思うが、この少年の名は都音々、つまり俺だ。

 俺は今朝、突然この街に来ることになった。


 別にそれ自体に異議はないし、俺もそろそろ違う景色が見たいと思っていた。


 しかしながら、俺は転生前はヒキニートであり、転生後も引きこもっていたようなものだ。

 ゆえに『ほかの街へとおでかけする』というイベントに、超浮足立っていた。


 地に足がつかない感じ。まるで都会に出てきた田舎者のように(直喩)、終始きょろきょろしながらこの街を彷徨っていた。


 そしてこのお目当ての建物――冒険者ギルドをやっと見つけた、というわけだ。


 ふぅ、疲れた。ワクワクしすぎてもう気疲れしている。

 しかし、ここであってるよな? 看板は・・・、やっぱ合ってるわ。ここだわ。目的地。


 でも、なんていうか、初めて入る建物ってなんか躊躇しちゃうんだよな。無駄に外壁一周したりしちゃう。

 今もそうだ。かれこれもう10周はしてる。その姿はまごうことなく不審者のはずだ。


 よし、入ろう。ここで時間を浪費しても、なにも良いことはない。


 俺は勇気を振り絞ってドアを押し開けた。




 中は予想とは違い、けっこう静かだった。


 図書館のような厳粛な雰囲気ではなく、居酒屋のようなラフすぎる雰囲気でもない。例えるなら昼過ぎのカフェ。


 いい感じだ。俺、こういう感じ好きかも。


 不審にならないように注意しつつ周りを見る。長いテーブルがたくさん、窓際は小さいテーブルもけっこう置いてある。


 突き当りにカウンターのような受付があり、そこかしこの壁や柱にはモンスターの手配書も貼られている。


 わ、ワクワクが抑えきれなくなってきた。俺は顔がにやけないようにそそくさと受付へと向かう。


「よう、にいちゃん。見ない顔だな。新入りか?」


 ふと呼び止められ、声の方を向くと、そこには屈強なマッチョメンが立っていた。


 うわぁぁぁぁぁぁ! めっちゃ冒険者っぽい! 本物だ! ほんものだ!


 俺は場の雰囲気になじむべく応える。


「あ、ああ。そういうあんたはなにモンだ?(イケボ)」


「フッ、俺か? 俺の名はバングス。人呼んで荒れワニのバングスだ。」


 二つ名!? 二つ名だ! 俺もそういうの欲しい!


「フン、お前さんはヒョロヒョロだが熱い冒険者魂を感じるぜ。受付はあっちだ。もし戦場で会うことがあったら、そんときはよろしくな。」


 そう言うと荒れワニのバングスさんは向こうの席へと去っていった。


 うわぁ・・・。ホンモノに会っちゃった。サインとかもらえばよかったかな。俺もあんな風になりたいなぁ・・・。


 余韻もほどほどに、俺は受付へと向かう。そこでは綺麗なお姉さんが待っていた。


「あのー、冒険者になりたいんですけど」


「あ、はーい。冒険者志望ですね。それではまず、こちらの用紙に記入をお願いします。」


 一枚の紙を受け取る。紙には名前や年齢、性別のほかに、出身地、戦闘経験の有無などを書くようだ。


 ちゃっちゃと記入し、お姉さんに紙を返す。俺を早く冒険者にしてくれ!


「ふむふむ、ミヤコ、ネオンさんですね。出身地は・・・これは確か、死の森があるあたりですね。」


 だ、大丈夫かな。あるあたり、っていうかモロ死の森なんだけど。


「なるほど。わかりました。それではこの用紙をもとに、冒険者カードを発行しますので、少々お待ちください。」


 そういうとお姉さんはごそごそと何かを取り出した。


「お待ちの間、こちらの水晶球に手を置いててください。それにより適正がわかります。」


 おー! ステータスとかも出るのかな? 楽しみ!


 俺はさっそく手を置く。もはやワクワクは限界突破していた。




 水晶球を包み込むこと約5分、お姉さんは1枚のカードを持って戻ってきた。


「お待たせしましたー。水晶の方は・・・あ、なんか不思議な反応」


「不思議?」


「あぁ、こっちの話です。うーん、この色は珍しい・・・。」


 お姉さんは水晶に見入っている。え、どうすればいいの。手、離していいのかな。


「あの、」


「! す、すみません、それではまずこちら、冒険者カードです。」


 慌てるお姉さんからカードを受け取り、じっくりと見る。表には基本的な情報と、何故か顔写真が貼ってあった。いつ撮ったんだ?

 裏はシンプルで、左上に『討伐数』と書かれているだけだ。


「あの、ステータスとかはどこですか?」


「え? ステータス? そんなのありませんよ。」


 え、ないの? てっきりあるのかと。ゲームとかとは違うのか。


「水晶の色をカードに落とし込みますね。よいしょ、と。」


 お姉さんの手がカードに触れると、水晶球の色がそのままカードを染めた。すげぇ。魔法すげぇ。

 なるほど、これでアイデンティティを確立するのか。ふんふん。


 感心していると、お姉さんはにっこりと笑いかけてきた。


「初心者の方には、まずパーティへの参加をおすすめしています。ということで、この水晶の色をもとに、募集しているパーティを検索しますね。」


「え、ちょ、パーティ? それに水晶の色をもとにってどういうことですか?」


 パーティとか聞いてない。俺は集団行動とかチームワークとかそういうの苦手なんだよ! 

 お姉さんは、なにやら紙をなぞりながら答える。


「まぁ基本的に冒険者っていうのは自己責任なんですけれど、まだ右も左も分からないうちに勝手に一人で死なれると、こちらも寝覚めが悪いじゃないですか」


 ぐっ・・・。勝手だけど一理ある。しかし、パーティ・・・。あ、胃が痛くなってきた。


「水晶の件は、こういうことです。こちらの水晶球は人の性質を映し出すもので、出た色の相性によってパーティが絞り込まれます。このシステムを導入してから、けっこう評判良いんですよ。」


 へー。そうなんだ。いやでも、パーティか・・・。一応見ておこうかな・・・。

 そうこうしているうちに、お姉さんは紙を持ち上げ、こちらに見せてきた。


「今募集している中で、あなたに合うものはこんな感じです。」


 ざっと目を通す。その数約3つ。・・・3つ?


「これだけ?」


「すみません、珍しい色なので、それに合うものも少ないんですよね。この中から選んでください。」


 俺はその3つによく目を通す。


『メンバー募集! 死にたい奴はよし! 文句を言わない奴ならなおよし! さぁ、こいよ!』


『メンバー募集。いや別に来なくてもいい。来るならくれば? 責任はとらないよ。』


『メンバー募集! 明るくアットホームなパーティです! 特に男の子だと助かります!』


 全部うさんくさい。地雷臭がハンパない。1つ目は論外として、2つ目はなんか、入ったらメンタルが壊されそう。理由はないけど、そんな気がする。

 3つ目は元の世界でもよく見かけた、いわゆるブラック企業のテンプレね。これヤバい。でもこん中だと一番マシ。悲しすぎる。


「ほんとにこれしかないんですか? もっかい検索お願いします」


 そう言うと、お姉さんは露骨に嫌な顔をしながら、紙を下げた。


「えー、検索ってけっこう気力使うんですよね・・・。あ、新しいものが見つかりましたよ。」


「マジすか!」


 新しく追加されたのは2件。


『募集。口が堅い奴。家族や友人と縁を切れるやつ。報酬多い。』


『メンバー募集! あなたは神を信じますか?』


 ろくでもなかった。なに、縁を切れるやつって。2つ目は完全に宗教勧誘だし。


「えっと・・・と、とりあえずソロで頑張ります・・・」


「えぇ~? こんなにおすすめしてるのに、入ってくれないんですか?」


「もっとまともなやつがあれば喜んで入ったんですけどね」


「も~、しょうがないな~。じゃあ、この誓約書にサインをお願いします」


 お姉さんが紙を差し出す。・・・誓約書?


「何があってもすべて自己で責任を負う、という誓約です。冒険者ギルドは、援助はしますが保護はしません。ご理解よろしくお願いします」


 けっこうドライなんだな。まぁ、いいや。実は『ソロプレイヤー』という響きに憧れていた俺にとって、こんな仕打ちはなんてことないぜ。




 受付を済ませ、そのまま窓際の小さい席に座る。よし、なんとか冒険者にはなれた。


 俺はちょうどそばを通りかかったウエイトレスさんにコーヒーを注文し、窓の外を見る。人々が慌ただしく往来するさまを見るのは心地がいい。


 ふと、今朝の出来事を回想する。事の発端は例によってシトラスの一言だった。





 俺はいつものように昼食を用意し、食卓につく。向かい合ったシトラスは食事を終えると、突然言い放った。


『うんうん、なかなか魔法もいい感じになってきたな。よし、you、冒険者になっちゃいなよ』


 いや意味わかんないでしょ? 大丈夫。俺も意味わかんないから。

 しかしながら、俺があのお屋敷での生活に若干飽きてきていた、というのもまた事実だった。


 さらに言えば、冒険者になるというのは、転生してからやりたいことランキング第一位だったので、俺はもう舞い上がった。超うれしかった。


 それから、シトラスは魔法でゲートを作った。あの屋敷とこの街をつなぐゲートだ。

 本来なら馬車で1日かかる距離を、なんと3秒で行き来できるらしい。そして今朝の不審な挙動につながるってわけだ。





 俺はコーヒーを一口味わう。これからどんな冒険が待ってるんだろう。ふふ、この後はちょっと街の外へ出てみようかな。


 にやにやしながらそんなことを空想し、俺は冒険者ギルドを後にした。





 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦





略式転送・創世の氷槍(つらら落とし)ッ!」


 空に現れた無数のつららが、重力で加速し獲物に突き刺さる。俺は額の汗を拭った。


「フッ、やれやれだぜ」


 危なかった。死ぬかと思った。魔法を覚えてなかったら即死だった。

 獲物――スライム――を一瞥する。体力を9割持っていかれた。


 ちっ、初心者向けって聞いてたのに、こんな強いモンスターが出るなんて、俺じゃなかったらヤバかったな。


 一息つくと、近くの茂みの向こうから声が聞こえてきた。

 どうやら俺と同じ初心者冒険者のパーティのようだ。


「うわ、このスライム弱すぎじゃない? もっとレベル高いとこ行こうよ!」


「確かにな。これじゃ初心者向けっていうか、子供向けだ。むしろ子供でも苦戦しないだろうな」


 ・・・ほう、言うじゃないか。


「そうだよ~。こんなのに苦戦するとか、赤ちゃんレベルなんだから、他のとこ行こ!」


「・・・略式転送・魔軍襲来(スライム落とし)ッ!」


「うわっ! なんかいっぱい出てきた!」


「だが所詮はスライムだ! 落ち着いて倒すぞ!」


 フン、魔軍に呑まれ消えるがいい・・・。

 俺を侮辱するとどうなるか、思い知れ・・・。


「わ、なんかさっきのより弱くない?」


「確かに。これじゃ赤ちゃんでも楽勝だな」


 え、そうなの? なんで? あれ?

 俺が戸惑っていると、流れ弾ならぬ流れスライムが飛んできた。


「そんなに弱いのか・・・?」


 よし、ならちょっと戦ってみようかな。

 俺の『シトラス式魔法』で木っ端みじんにしてやるぜ!


「行くぜ! 略式転送――」





 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦





 ここは街からちょっと離れた森の中。


 時間はさっきの初心者パーティとの遭遇からだいたい5分後。


 俺は倒れていた。半身をスライムに捕食されながら。




 冒険者生活、終わりそうです。









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