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その3 魔法使いになりたい

これも長い

 


 チュンチュン、ピヨピヨ。小鳥のさえずりが聞こえる。


「・・・」


 朝である。

 俺はまだ覚醒しきっていない頭をなんとか働かせながら、朝の日課へと移行する。まずは歯磨きからだ。


 あの驚きに満ちた転生初日から、もう1か月が経っていた。

 そしてその期間に俺が得たものは主に3つある。


 規則正しい生活、この館での生活への慣れ、そして1か月間、一日も欠かされることのなかった、座学による『膨大な量の世界の知識』だ。


 歯磨きが終わった俺は、着替えながら思いを馳せる。


 いやー、ほんとにキツかった。来る日も来る日も勉強勉強。しかも理解するまで寝させてくれないし、シトラスは普通に怖いし、何回ここから逃げようと思ったことか。


 そういえば今日は教室じゃなくて中庭に集合って言われてたな。なんだろ、フィールドワークでもするのかな。


 着替えを済ませ、廊下に出る。朝の空気が心地よい。


 俺がこの館に住まわせてもらっているのは、主に館の雑務をするためだ。

 基本的な流れは普通の主婦のように、家事や炊事など。今朝はまず館内の掃除からかな。


「~♪」


 鼻歌を歌いつつ箒を掃く。初めはめんどくさかったが、掃除って楽しいのな。雑務のなかではけっこう好きだ。


 現在時刻は朝の5時。ヤバくない? 元ヒキニートの俺としてはありえない。ちなみに就寝は夜の7時。小学生かよ。


 もろもろの家事を終え、一息ついたときは大体8時とか9時になっている。そこから朝ごはん、前日のお勉強の復習、お昼寝、散歩などをするのがルーティーンだ。ヤバくない? 隠居したご老人かよ。


 転生2日目あたりに、この生活に耐えかねてスマホでネットを見ようとしたこともあったが、当然といえば当然、インターネットには繋がらなかった。散歩しか娯楽がないとか、シャレになってない。


「えーっと、ルサス鉱石は青く透き通り、衝撃を与えると発光する・・・と」


 健気に勉強をしていると、部屋の時計が12時を知らせる。そろそろお昼ごはんの時間だ。

 当然これも俺の仕事。まぁ料理も好きだからいいけど。





 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦





「今日は14時から外だぞ。覚えているか?」


 食卓(映画とかで貴族が食事しているテーブルを想像すれば大体あってる。二人しかいないんだぞ? アホか。)で対面しているシトラスが、食事をほお張りながら言う。


「あぁ。座学の延長なのか? フィールドワーク的な?」


 俺もパンをかじりつつ答える。

 今日の朝餉の献立はオニオンスープに白身魚のフライ、そしてふわふわのパン。レシピは台所に置いてあった。


「いや、違うな。私が置いたんだ。役に立つだろう?」


「俺の心を読むな。・・・え、ま、まさか今までの心の声、全部聞こえてたのか!?」


「あ~ぁ全部聞こえてたぞ。全く、私のことをあんな目で見るなんて、このへんたーい♡」


「うっそつくな! 流石にお前に欲情なんてしないわ! このつるぺた!」


「え、なに? はらわたを体内から除去してほしい? 仕方がないな」


「い、いや・・・すみませんでした」


 シトラスはかわらず料理をぱくついている。冗談に聞こえない・・・。っていうか一回ガチで殺されかけたことがある。


「で、なんで中庭なんだ?」


「やだ。教えない。」


「・・・」


 子供か。もうわがままのレベルだぞそれ。


「後でのお楽しみだよ。くくっ、それじゃあ、ごちそうさま。」


 シトラスはそのまま席を立ち、部屋を出ていった。

 さて、俺もそろそろ部屋に戻るか。


 食器を片付け、2階へと昇る。部屋に入ると、俺はベッドに倒れこんだ。

 そういえば、あれから1か月間、シトラスに言われて訓練していたことがある。


 それはスキルだ。俺の『千変万化・万物流転』を実用レベルまでもっていきたいらしい。実用レベルってなんだよ。


 まぁ、その訓練の甲斐あって、だいぶ能力には慣れた。

 俺はベッドから起き上がり、本棚から本を一冊取り出す。そして能力を発動――


「・・・なにこれ」


 手の中の本は10センチくらいの黒く細長い棒になっていた。


 どうやらこの能力は、自分や触れたものを『この世界に存在するあらゆるもの、または俺の元居た世界の中で、俺が知っているもの』へと完全なランダムで変質させるスキルらしい。


 うーん、この棒、けっこう重いな。なんなのか気になる。ちょっとシトラスに聞いてみよう。





 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦





「うわ珍しい。これはアレだな、杖だ。それも極上の。」


 紅茶を飲みつつ、シトラスは目を輝かせながら説明した。しかし杖ねぇ。どう見てもただの棒なんだけど。

 あ、もしかして魔法媒体のほうの杖か? それなら納得だ。映画で見たことある。こういう杖。


「その通りだ。魔法を発動する際の触媒だよ。」


「極上ってどういうことだ? 杖にランクがあるのか?」


「あぁ、そっち系の知識はまだ教えてなかったな。」


 シトラスは空中で指を動かしながら簡単に説明する。


「そう、杖にはランクがある。まず、一番安価でオーソドックスなのがスギを使った杖だな。芯には大抵、モンスターの心臓の琴線かシルクが使われる。」


 そう、スギやシルクのように、この世界にも俺がなじんだ物質は多数存在する。若干がっかりしたのはここだけの話。


「次に、需要と供給のバランスが一番いい感じなのが、鉱石を使った杖だ。芯は霊水か精霊石。」


 霊水に精霊石・・・、どちらも効用の割に入手難度は低い。なるほどな。


「さらにその上に、カエデを使った杖がくる。これはけっこう珍しい。芯は・・・そうだな、確かドラゴンの舌とか最上級の魔法石とかだったと思う。」


 意外なことに、カエデには魔法的な力があるらしく、広葉樹のなかでも特に重宝されている。ただ母数が少ないので、それなりに高価になるのだろう。


 シトラスはいったん紅茶を口に含み、続ける。


「そして、最も高価で希少なのが、世界樹を使用した杖だ。これまで、世界で3本しか作られていないと聞いている。芯は・・・ちょっと貸してみろ。」


 俺はその極上らしい杖を手渡す。え、そんな高いの? 手汗出てきたんだけど。


「ふーむ、多分神のなんかだな。天界で作られた糸とかそんな感じじゃないか?」


「いや適当すぎるだろ。なんかってなんだよ。そんな感じってなんだよ!」


「しょーがないだろ、よく分かんないんだから。とはいえ、いい機会だ。その杖、大事にしておけ?」


 そう言うとシトラスはしっしっと手を払い、俺を部屋から追い出した。

 この杖、そんなに価値が高いのか・・・。どうしよう、これで大魔法使いになっちゃったら。わくわくが止まらない。


 まぁ魔法なんて何一つ知らないんだけど。はぁ、早く教えてほしいなー。

 俺はもやもやを残しつつベッドへとダイブした。





 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦





「お前は座学はなかなか優秀だが、戦闘はからっきしダメだな。」


 シトラスが俺に馬乗りになりながら欠伸をする。


「だ、だって元々ヒキニートだぞ・・・。なんで戦闘なんだよ・・・。」


 そう、現在時刻は14:05。中庭に集合した俺に、シトラスはこう言った。


『はい、じゃあ今から戦闘能力を鍛えます。構えろ。気を抜くと死ぬぞ?』


 そして今、ボコボコにされた俺がへばっている、というわけだ。


「これから生きていく中で、戦闘の技はあっても困らないぞ? それに能力の使い方も教えてやる。悪いことは言わないから、黙って戦っとけ。」


「俺は頭を使って生きていくからいいよ! それより魔法を・・・」


 俺が言いかけた言葉を遮って、シトラスの言葉が降りかかる。


「あぁ、いいぞ。ただ魔法は体力を使うからな。戦闘訓練の後に教えてやろう。」


 いずれにせよ俺には地獄が待っていた。また地獄か・・・。


「あ、そうだ。訓練用の道具を用意するのもめんどいから、ネオン、お前自分で用意してみろ。」


「自分でって・・・どうやって?」


 シトラスはにやり、と笑いながら俺を指さす。


「お前にはあの面白い能力があるだろう?」


 あー、そっか。ランダムとはいえ、俺はこの世の全ての物質を手にできるのか。


「さぁ、今やれ。そこらの草を生贄にしろ。はやくはやく」


 シトラスに急かされながら草を摘む。千変万化を行使するのにもう抵抗はない。


「・・・?」


 手の中の草は、新たな草に変わった。いや、変わったっていうのか?


「それは人間界には存在しない草だな。」


「そうなのか?」


「あぁ。多分天界とか魔界とかのじゃない? 知らんけど。」


 そんなものにも変質するのか・・・。しかし、能力を使えば使うほど思うが、この『千変万化』という能力は――


「まるでガチャだな。本当に面白いスキルだよ。くくっ」


 俺は若干びっくりしつつシトラスを見上げる。この世界にもあるのか? ガチャという概念が。


「ん? どうした、私に惚れたか?」


「いやそういう意味で見てたんじゃねぇよ。ガチャってこの世界にもあるのかと思って」


「ああ、そういうことか。」


 シトラスは納得したようにうなずく。こいつ、どんだけ自己評価高いんだよ。自意識過剰ってレベルを軽く飛び越してる気がする。


「いや、ないぞ。正確に言えば、ギャンブルはあるが、ガチャに準するものはないな。」


「え、じゃあなんでガチャを知ってるんだ?」


「そりゃあ、知ってるからだ。」


 答えになってねぇ・・・。

 俺の非難に満ちた目に気づいたのか、シトラスはんんっと軽く咳ばらいをすると、こう言った。


「要するに、お前の元居た世界を知っている。あまり興味はないが、モンゴル、だったか?」


「ちげぇよ。なんで俺がモンゴルに住んでたことになってるんだよ。日本な。一応。」


「興味がないと言ってるだろ? まぁ、とにかく知ってるんだよ。わかったか?」


 なるほどな・・・。かなりとんでもない話だが、こいつなら不思議はない。本当に知っているんだろう。俺の元居た世界、地球、そして日本を。普通にダージリンとか、スギとかカエデを知ってたしな。


「へぇー、それも魔法で、か?」


「まぁな。それより、はやく道具を出せ。レア度はそこまで高くはないはずだぞ。」


 レア度とか言うな。一気に世界観がチープになるだろ。

 俺は魔界かどこかの草を手に、目を閉じる。はぁぁぁぁぁ、千変万化ッ!


「・・・おお。」


 普通に感嘆の声をあげてしまったが、俺の手の草は見事な日本刀になっていた。

 デザインはシンプルだが、見えないところに凝った装飾が施してある。これはなかなか俺好みだ。


 シトラスを見ると、なぜかしかめっ面をしている。


「ダメだな。次。」


「ちょちょちょちょっと待てよ。これめっちゃ良くないか? なにがダメなんだよ。」


「いや、戦うのはほとんどモンスター相手だぞ? どこに柔肌を曝け出したモンスターがいるんだ」


「た、確かにモンスター相手に日本刀は適してないかもしれないけど・・・。でも、魔法でなんとかならないか? こう、切れ味を強化、とか」


 するとシトラスは少し考え、ため息をつきながら答えた。


「まぁないこともないが、それよりもやはり西洋の両刃の剣が好ましい。ほら、千変万化をそれに使え。」


 うーん、そんなにダメかなぁ。この刀、めっちゃ好きなんだけど。


 俺は精一杯の抵抗を続けることにした。


「い、いやだ! これは俺の刀だ! 誰にも手は出させないぞ!」


「お前なぁ・・・ガキか。今時、子供でももっと聞き分けがいいぞ」


「頼む! 戦闘訓練頑張るから! この刀を許可してくれ!」


「えぇー・・・。はぁ、仕方ないな。まったく、それようにカリキュラムを組まないといけないこっちの身にもなれ。」


「いや元はと言えばお前が無理やり戦闘訓練に駆り出したんだろ・・・。」


 どうやらこの日本刀を使っていいらしい。やった! シトラスに勝った!


「はぁ? 今すぐその刀をへし折ってやろうか?」


「だから心を読むなよ! そして勝手にキレるな!」






 時は流れ、数分後。


「お前もういいわ。魔法だけやろう。運動神経悪すぎ」


 正座させられ、シトラスに罵倒されている俺がいた。そ、そこまで言わなくても・・・。


「引きこもりに運動神経を期待すんなよな・・・」


「限度があるだろう。反射神経は悪くないが、その他が酷すぎる。センスない。死んでる」


「ぐぬぬ・・・」


 な、なにはともあれ、当初の目的である魔法を教えてもらえるらしいし、まぁこれでよしとしよう。


 なんだかんだでその日も体力を限界まで絞られ、俺は倒れるようにベッドに沈んだ。

 明日からこれが続くと思うとしんどいな・・・。でも、これを乗り越えれば俺は成長できるはずだ。



 こうでも言ってないと、マジで耐えられない。あ、涙出てきた。





 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦







 そして2か月が経った。





 ・・・いや2か月って。1か月でも長いな、って思ったのに2か月って。







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