第八話 廊下の彼女と藤村の気持ち
悔しそうにしている藤村が、俺の方に顔を近づけてきた。
「私の演技が、完璧じゃないって言われたみたいで腹立たしかったんです! ですから、もっと完璧に付き合っていることを証明したいと思ったんです!」
……怒るところそこ? 彼氏馬鹿にされてますよ、藤村さーん。
「そうでもしないとまた変な男が寄ってくるでしょう」
「でも効果ないんじゃないか? ほら、俺って陰薄いし」
もう今すぐ消え入りそうなくらいだ。
「陰が薄いとかはどうでもいいんです……なんで、彼氏がいるってわかってるのに、告白してくる奴がいるんですか……っ。むしろ、先輩から解放しなきゃ! みたいなノリの人が増えているんです!」
大変苛立ったように、藤村が呟いている。
周囲には誰もいないからいいが、だいぶ素が出てしまっているな。
俺はそんな藤村の肩に手をおく。そして、めっちゃかっこつけて笑ってみる。
「そりゃあおまえのことが好きだからだろ。人を好きになるのに理由がいるか?」
「……」
呆れたような目である。あれ、何か失敗したか?
「先輩……確かにそうですね! 素晴らしいご意見です!」くらいの同意と尊敬は得られると思ったのだが。
「良いこといったろ今? 偉い満足してんだけど俺」
「彼氏がいるとわかっても告白ってしてくるんですか? そういう特殊性癖の方がたくさんいるってことですか?」
「そうじゃないだろ。人を好きになるのに――」
「先輩からだったら、奪えると思われた……? 選んだ相手のレベルが低すぎたってこと?」
俺が壊れたロボットのように繰り返そうとしたら、なんとも酷い言葉にかき消されてしまった。
真理にたどりついたような顔で、悪魔は言った。
「失敗ですね、見事に」
「おいこら」
俺の反応が楽しかったのか、藤村はにやりと笑う。
まったく、本人の前で言うことじゃないからな。
俺じゃなかったら泣きながら全力ダッシュで放送室にかけこんで、今の話を全校放送していたっての……。
俺が高校生活を始めて真っ先にやったことは、スマホで音声を録音すること。いじめられてもすぐ報告できるようにな!
「そんじゃ、そろそろ俺は教室に戻る。おまえも、クラスまで帰るくらいはできるよな?」
「そうですね」
俺はそこで藤村と別れ、教室に戻った。
☆
『藤村の気持ち』
昼休みも終わり、午後の授業が始まりながら私はぼーっと先生の授業を聞いていた。
思い出すのは昼休みの二年の教室での視線だ。
――あのとき、教室から連れ出してくれた先輩に、私はほっとしていた。
また、あの目を向けられた。私は興味なんてないのに、嫉妬と憎悪の混ざった目……。
それらを思い出すと体が、ぶるりと震えた。
同時に……無駄に察しの良い先輩に、悔しさも覚える。
なんで無駄にやさしいんですかね、あの人は。
もっと冷たくあしらってくれたほうが、こっちとしてもやりやすいのですが。
たまに見せる優しさが癪なんですよね。
……私は、昔から恋愛に興味がなかった。
まったくない、というわけではない。たぶん、魅力的な相手がいれば、積極的に声をかけていただろう。
ただ、そういう人が今までにいなかった。だから、誰かを好きになるとか、誰かにあこがれるとか、そういう感覚が分からなかった。
テレビでかっこいいといわれる人を見ても、友達と歩いていてかっこいいね、という人も。
私はかっこいいんだなぁ、くらいにしか思っていなかった。
……けど、それでも。自分を好いてくれる人は多くいたから、困ってしまっていた。
好きという感覚はどういうものなのか、直接聞いてみたいとも思えた。
こんな考えを友人に話せば、面倒なことになるので口に出したことはない。……それを笑って流してくれるほどの友人が今までにできたことがなかった。
人に好かれること……それは初めは素直に喜べた。ただ、次第にやめてほしくなった。
周りの嫉妬が、増えていくのだ。初めの一、二回ならみんなも凄い、羨ましいという言葉だけで終わらせてくれる。
だが、その回数が増えていけばいくほど、周りの人たちの目の色が変わっていく。
散々告白されて、すべて断っている。
『それはモテない自分たちへの自慢か? あてつけか?』
友達と思っていた相手がそんなことを言っていた場面に遭遇してしまったことがあった。誰かが一度口にすると、それが仲間同士で共有されていく。
私は何も言っていないのに、私がそう言ったかのようになってしまったこともあった。
そんなことはない、と否定しても、誰も信じてくれない。
良い友人だと思っていた人たちも、段々と離れていく。
なのに、告白される回数は減らない。
完全に孤立しているわけではない。表面上は、仲良く接することができた。
けど、裏では好き放題言われて――誰も信用できなかった。
中学のときはそういうのがあって、私は高校入学と同時に彼氏を作ろうと思っていた。
そうすれば、きっと嫉妬されることもないだろう。ただし、相手はしっかりと選ぶ必要がある。人気の男子とかは絶対ダメ。あと、自分に危害を与えてきそうな人も――。
そうして選んだのが……金剛寺恭介というわけの分からん先輩だった。
ほんとあの先輩は! いつも適当なことは言うし、人の連絡はだいたい返事しないし、部屋でやることも漫画読むくらいだし、あげく自分は昼寝しようとするし!
はっきりいっていいところは少ない。けど――一緒にいて、悪くない相手だった。
その言葉が不意に浮かんできて、私は頭をかきむしりたくなる。
……なんで悪くない相手、なんて思ってしまうんだろう。
気楽に、気兼ねなく話せる人……自分にまったく興味がないからこそ、そういうことができるんだと思う。
……まったく興味がない。
見向きもされないのは少しプライドを傷つけられる。そんなに構ってほしいわけじゃない。けど、ちょっとは構ってほしい……みたいな。
ああ、もうっ、わかんない。
わがままなのは自覚しているが、もう少しくらい意識してほしい。別に、先輩に好かれたいわけでもないけどっ。
ただ、今までにいないタイプの人であることは確かだった。
とにかく、向こうがまったくこっちを意識しないのは癪だ。一緒にいて気楽な相手、くらいに意識してほしい……それとも、やっぱり先輩は私との出会いで嫌がっているだろうか。
……謝った方がいいだろうか。あれこれと頭の中を思考が行き交う。
あのときは……ああするしかなかった。先輩の人となりを知らなかったから、脅すように言うしかなかった。
それに、怖かった。逆に私が脅されていたかもしれないんだ。
それこそ、この裏の顔をばらされたくなかったら……って。
だったら、今謝罪すればいいんだけど……それは恥ずかしくてできない。人に謝るのってとっても難しいんだと今ならよくわかる。
……どこかで、機会があったら――うん、そうしよう。
とにかく、今は彼氏彼女アピールのためにも、先輩に興味を持ってもらうための行動をしよう。
今日の放課後はどうしようかな? 明日は、明後日は……そうやって考えていると、今まで好きじゃなかった学校生活も、少しだけ楽しくなってきた。




