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第七話 押しかけてくる彼女


 学校生活というのは同じ日々の繰り返しだ。

 それゆえに、多くの生徒は飽きてくる。

 その中で、俺たち思春期の子が一番盛り上がるのは、やはり恋愛だろうか。特に学校の成績に影響することもないこの恋愛に、力を入れる生徒が大半だ。


 俺の近くを座っている男子生徒だってそうだ。「そういえばおまえこの前告白してたけどどうだったの?」「ああ、オッケーもらったよ」。リア充死ね。


 そんな風に、多くの人が勉強、運動、恋愛に力を入れる。

 そして、一人。明らかにベクトルが違う方角へ向いている女がいた。


 そいつが、藤村夏樹だ。


 昼休み。

 あくびをしながらスマホでニュースを見ながら菓子パンを食べる。

 うん、今日も平和だ。いつもとそう変わらない事件事故程度だ。


 確認が終われば、アプリのスタミナ消費に走る。ただただ同じ場所を周回するしかないゲームではあるが、なぜかこう楽しい。たまにあるランキングイベントで上位を目指すために、今はコツコツと力をためていた。

 そんなアプリの最中で、教室の扉が思いきり開いた。ざわざわっ! と教室全体が盛り上がった気がした。


 さすがにそんな反応があれば、俺も見てしまう。ちらとそちらをみて、俺は窓から飛び降りたくなった。いや別に自殺したいとかではなく、ただ単にここから逃げ出したかった。

 二階から飛び降りたって、よっぽど打ちどころが悪くなければ、死ぬことはないだろう。


「金剛寺先輩! お弁当持ってきましたよ!」


 教室に乗りこんできやがった。

 俺たちがカップルになったと広めるために、藤村はここまで来たのだろう。

 教室の生徒たちが驚いたように声をあげる。


「ふ、藤村の彼氏ってうちのクラスにいたのか!?」

「こ、金剛寺……? いったい誰なんだ?」

「けど、相変わらず藤村さんは可愛いなぁ……」

 

 金剛寺なんて結構珍しい苗字だと思うが、誰も俺のことを覚えていなかったのか。

 それに少し満足する。俺がこれまで、努力してきたぼっち道は無駄じゃなかった。現在進行形で壊されているが。


 俺が陰を薄くして、そのまますっとトイレにでも行くような雰囲気で歩き出したのだが、藤村と目があった。

 藤村は箸でハエをとるのが得意なんだろう。俺を即座に見つけた彼女は手を控えめにつかんできた。


「先輩。お昼ご飯、外で食べるんですか?」


 ぎりっ。彼女が恋人繋ぎのように指を絡めてきた。悲しいかな、滅茶苦茶骨をごりごりと当てられていたいんですけど。

 逃げるんじゃねぇ、と彼女の目が睨みつけてくる。へ、へい、逃げませんとも、と言うしかない。


「そう、だな。天気もいいし、中庭に行こうか」

「もう、何言っているんですか。これから雨ですよ? 天気予報を見るくらいの余裕をもって登校しないとダメですよ?」


 藤村の言葉に合わせたように雨がぽつぽつと降り始めた。世界は俺に優しくない。教室から逃げたかった俺は諦めて席へと戻ることになる。

 近くの男子生徒が、ど、どうぞと藤村に席を譲っている。彼女は軽い感謝のあとに俺の机に弁当を並べた。


「先輩のために作ってきたんです」

「本当か、ありがとな」


 周りの生徒たちが羨ましそうにこちらを見てくる。ぱかっと弁当箱を開くと、色鮮やかな料理が並んでいた。

 

「……ほぼすべて冷凍食品だろ?」

「ご飯は炊きましたよ?」


 ぼそりと彼女が威圧的に言ってきた。それ以上口に出すな、とその目は語っていた。

 ひぇーと震えあがって、彼女の弁当を受け取る。


「うまい。さすが主婦に人気なだけはあるな」

「でしょ? よかった、先輩の口にあって」


 さすがに売れている冷凍食品というだけはある。安定のおいしさだ。それに何より白米がうまい!

 嬉しそうにはにかんでいる藤村は、ただいま絶賛天使の笑顔である。その笑顔は俺に向けられていて、周りの男子生徒からの羨望が多い。


 同時に男子生徒が俺に対して強い嫉妬を抱いているようだ。

 ただ、女子生徒の受けはあまり良くないようだ。ちらと藤村を見ると、彼女もそれに気づいているようだ。しかし、どうしようもないという感じか。


 確かに、これ以上はどうしようもないよな。アイドルや声優で、結婚しますと宣言するとファンが暴動を起こすことがある。

 藤村の場合、それが起きなかったというところか。本来であれば嬉しいことなのだろうが、藤村にとっては悩ましいところだろう。


 藤村は天使の笑顔を浮かべ続ける。

 はっきり言ってかわいいが内心まで知っている俺からすると彼女に対してそれ以上の感想は出てこない。むしろ、普段のほうが接しやすいとさえ思った。あれ、俺洗脳されてる?


 彼女の弁当を食べ終え、両手を合わせる。

 藤村が喜んで弁当箱を片付けていたが、どうにも少し震えていた。


 それから俺は藤村の手を掴んで廊下へと引っ張っていく。


「ちょっと廊下で散歩でもしようぜ」


 彼女はびくり、っと一瞬だけ肩を跳ねあげた。廊下に出て、しばらく歩いたところで藤村が俺の手をはたきおとしてきた。

 藤村は全身に汗をだらりと流しており、少し乱れた様子で呼吸をしていた。


「おまえ、昔何かあったんだろ?」

「な、なんですか……突然」

「実は人だかり苦手だろ?」

「……うるさいです」

「無理すんな。あれ以上あそこにいたってアピールできねぇよ。第一、女子たちからの評価はさして変わっていないみたいだしな」


 俺が廊下の壁に背中を預け、そんなことを言う。


「……無駄によく見てますね」

「人間観察は趣味の一つなんだよ」


 藤村が何度か深い呼吸を繰り返す。

 それから彼女は首を振った。


「もう大丈夫ですから。変な心配しなくていいですからね」

「へいへい。それで……? おまえのほうはどうなんだ? 色々変わったのか?」

「……全然ですね。また告白されましたよ、こんちくしょーです」


 藤村は不服そうに腕を組む。周囲に人がいないから、多少悪魔の顔が見えている。

 うちの学校結構、あちこちに防犯カメラ仕込まれているから、たぶん映ってるだろうな。警備員さんがもしも藤村を知っていたら驚いているだろう。


「告白か。断ったのか?」

「もちろんです。ただ、いつもとその告白のあとが違ったんです」

「どうした?」

「彼氏に脅されているんじゃないかって言われましたよ?」

「へ、俺が? むしろ逆だぞ?」

「先輩みたいなのと付き合っているって普通はありえないって言われたんです」


 彼女は非常に怒っている様子であった。


「おまえ、俺のことを心配して――」


 嬉しくって片手を口にあてる。彼女はたいそう不機嫌そうな声をあげた。


「はあ? 確かに告白してきた男の言葉はごもっともですがっ」


 そこ否定してくれない?

 

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