第二十八話 独占欲
その日の昼休み。
杉浦先生に呼びだされた俺が職員室にいくと、そのまま談話室へと連れていかれた。
部屋に入り、ふかふかのソファで跳ねていると、足を組んだ杉浦先生がこちらを見てきた。
「金剛寺、犯人わかったぞ」
「誰ですか?」
「うちのクラスの、佐伯茜だ。カメラを見たところ、藤村の下駄箱に手紙のようなものを入れているところがばっちりと映っていた」
彼女は持ってきたノートパソコンにて、その時の動画を流していく。
そうして、杉浦先生は嘆息をついた。
「……はぁ、まったく。他のクラスの奴だったらまだ私の仕事ではないのだがな」
「そうなんですか。杉浦先生に相談してよかったです。あとは任せますね」
「おまえ、もしかして予想していたのか?」
「いえ、別に。相談できる人が杉浦先生しかいなかっただけなんですけど……」
さすがに、クラスメートにいるかどうかまでは把握していなかった。
ただ、可能性がないとは思えなかった。藤村がクラスに来るとき、毎回嫉妬の目を向けてくる相手がいた。
「まったくの偶然ですよ」
「それにしては、驚いている様子はなかった」
「驚きましたよ」
驚かなかったのは五塚と話したときに確信していたからだ。先生に相談したときは、別にそんなことは考えていなかった
「わざとだろう? 明らかに、反応が自然じゃなかったぞ」
「まあ、多少は予想していた部分がないわけでもありませんよ。俺のクラスメートですからね」
「……なおさら、なぜ予想できたのかわからんな」
「酷くないですか?」
「まったく……」
杉浦先生が不服そうに腕を組む。
「どうして、わかったんだ?」
「五塚にこんなことがあったと伝えたときに、佐伯も一緒にいましたからね。五塚が抱えている状況について話してくれましたし」
五塚が話してくれた内容を、簡単に伝えると杉浦先生は不満げに唇を歪めた。
「……周りへの牽制、か。そこまでしてくれたにも関わらず、行動を起こすとは……おまえの彼女、よっぽど恨まれていたんだろうな」
「まあ、モテるみたいですからね」
「彼氏のほうは大丈夫なのか? ……大丈夫か」
「勝手に納得するのやめてもらえます?」
「何かあったのか?」
「まあ、何もないですけど。時々嫉妬の目を向けられることはありますが。何かあったらまた相談します」
「……はあ。私から佐伯には話をしておく。彼女の起こした行動は問題だが、反省しているのであればこちらとしては、厳重注意で留めるつもりだ。まあ、本人がどうするかは分からないが」
学校側としては秘匿しておきたいのだろう。
「そうですか。夏樹も、悪目立ちはしたくないと思いますから、とりあえずはそれでいいんじゃないですか?」
「藤村の担任にも話をしておいた。藤村が学校に戻ってきてから、また色々と聞くことになるだろう」
「そうですか」
彼女は軽く息を吐いた。
「おまえが藤村との彼氏で良かったのかもな。彼女は、今まで周りに相談できる相手がいなかっただろう」
「役に立てたのならよかったです」
俺もそこまで信頼されているわけではない。
藤村は俺に相談したわけではなく、俺が勝手にやりたいように行動しているだけだ。
「そういえば、浅沼はどうだ?」
「浅沼ですか?」
「なんでも、一緒に部屋で食事をしたとか。浅沼が話していたぞ。修羅場か? 修羅場なのか?」
「俺としては、浅沼と夏樹が仲良くやってくれるのが一番だと思ったんですよ。俺の負担減るじゃないですか」
「なんだ、つまらんな」
修羅場を楽しむとか、本当にこの人教師か?
俺は談話室を出て、外へと向かった。
〇
放課後。校門を出たところで、佐伯がいた。
佐伯はじっとこちらを睨みつけてきた。俺はポケットに手を突っ込みながら彼女の周りを見やる。
「今日は一人なのか?」
「……ふざけんなっ」
いきなりの怒鳴り声。佐伯は苛立った顔だ。
たぶんだが、藤村の件なのではないだろうか。逆恨みもいいところだ。
「何がだ?」
「あたしは、あたしは……藤村に邪魔されたのに、なんであたしだけが……っ、どうしてよ!」
佐伯はこっぴどく叱られたんだろう。それで、逆切れか。
嫉妬は醜い、と五塚は言っていた。
確かにそうだな。彼女の発言はすべて的外れ、逆恨みもいいところだ。
「夏樹に邪魔する意思はない。あいつはただ、可愛いだけだ。それを周りが勝手に勘違いしているんだろ? そういうのは嫌だっていつも言っていたぞ。そして、おまえには、意思があった。自ら他者を貶めようとした。違いを明確に伝えるなら、こんなところだな」
「うるさい!」
「どうしてっていったから説明してやったのに……」
怒るとか理不尽だ。
「なんで……なんで! あいつは人の気持ちを散々踏みにじって……それで、なんで自分だけ彼氏を作って楽しそうにしてるのよ……っ」
「だから、踏みにじるつもりはないって言ってるだろ」
彼女はたいそう苛立っている様子だ。このまま暴れられたら面倒なので、俺はスマホを彼女へと向ける。
そこには、録音画面に、佐伯が眉根を寄せた。
「今の会話は録音してある。杉浦先生に言われなかったか? 反省していれば、これ以上特に処罰はないはずだ。だが、この態度はなんだ?」
俺の言葉に、佐伯は途端に牙の抜けた獣のように震える。
「……な、なんで。なんで、あんたみたいなのが。あんたみたいな根暗が!」
それでも、叫んだのは、負けたくないという思いだったのだろう。
俺はスマホをポケットにしまいながら、歩き出す。
「次はない。この録音を杉浦先生に提出されたくなかったら、夏樹に手を出すな」
俺が視線をやると、彼女はびくりと肩をあげた。
「……ひっ」
「おまえだって、鳩船高校の卒業生っていう肩書を捨ててまで夏樹にこだわる必要はないだろ?」
「……」
佐伯もそれ以上は言ってこなかった。まあ、こんだけやっておけば大丈夫だろう。
俺は録音をそのままに、学校へと連絡する。
杉浦先生を呼び出してもらう。
『なんだ金剛寺。先生の声が聴きたくなったのか?』
「早速、佐伯が絡んできたんですけど」
『……なんだと? 注意しておいたんだがな。金剛寺と藤村、どちらにも危害を加えるな、と』
「まっ、逆恨みであれこれ言われただけなんで実害は出ていませんが。まあ、そういうことがあったんで今後も注意してください」
『なんだ、処罰を頼んでくるのかと思ったが』
「そこまではやりませんよ。佐伯だって、鳩船高校の卒業生という肩書は欲しいみたいでしたからね。今の段階でそれを失うとなれば、逆恨みで何されるかわかったもんじゃないですし」
『……ほお。まあ、そっちが納得できるなら、私からも今くらいで終わらせたいところだな』
「そうですか。そんじゃ、電話きりますね」
『ああ。色々助かった、礼を言う』
スマホをポケットにしまい、俺は歩き出す。
もしも次に何かあったとき、杉浦先生もすぐ動いてくれるだろう。
これだけやっておけば、さすがに大丈夫だろう。
佐伯だって、バカじゃない。
うちの卒業生を捨ててまで、藤村に絡んでくることはないだろう。
杉浦先生もそこまで考えて、この処置にとどめたのだろう。
帰りにスーパーによって、ゼリーとアイスをいくつか購入し、急ぎ足で家に戻る。
「あっ、先輩お帰りなさい」
「夏樹、おまえ体調はもういいのか?」
「はい。先輩のおかげで、色々ありがとうございました」
「そうか。ま、これに懲りたら人の善意は受け取っておくんだな。部屋に戻るのか?」
「いやいや、まだまだ完全に治っていませんからね! あっ、なんか頭が痛いような……センパーイ、まだ看病してくれませんか?」
「ふざけんな。ほら、一応買ってきてやったゼリーとアイスくらいはくれてやるよ」
スーパーの袋を渡すと、彼女は目を輝かせていた。
「……毎日風邪ひこうかな」
「そんときは病院だ」
もはや俺がどうにかできる範疇を超えているからな。
藤村が急いだ様子でリビングへと向かう。見れば、冷凍庫にアイスなどを片付けているようだ。
「……先輩、おかゆありがとうございました」
「ん? ああ。まさか、金曜日の午後空けておいて役に立つとは思わなかったな」
「……」
藤村はなんだか顔が赤い。お礼を言うのがそんなに恥ずかしかったのか、こいつ。
「口に合ったかはわからんが、浅沼直伝のおかゆだ」
「……ふーん、浅沼先輩に聞いたんですね」
「まあな」
ネットで調べれば? と浅沼に言われたときは驚いたものだ。
そして、調べて驚いた。まさか、あれほど料理のレシピが充実していたなんてな。
さっきまで機嫌よさそうだった藤村だが、露骨に不機嫌だ。
どんだけ浅沼に教えてもらって作ったことに嫉妬しているんだこいつは。
ほんと、独占欲が強すぎる奴だ。将来の藤村が心配だな。




