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第二十六話 おかゆ



「ゲホゲホ!」

「おい、なんでおまえが風邪ひいてんだ?」

「ぜんばいは、なんでぴんぴんしてるんですか」


 次の日。爆睡していた俺は、藤村の咳によって起こされた。

 ベッドで横になっていた彼女は、あからさまに具合が悪そうであった。

 顔は赤く、息は荒い。声はしゃがれている。まさに風邪だ。


「だから言っただろ。傘使って一人で帰った方がいいと」

  

 風邪ひいたら一緒に帰った意味がまるでないじゃないか。


「……先輩、マスクってありますか?」

「持ってるわけないだろ」

「そう、ですか」


 本当に辛そうである。


「飯はどうする? 体調悪いときって食欲が落ちるとか聞いたことがあるが」

「……あんまり、食べたくはないですけど、何かしら食べないとですよね」


 彼女は考えるように顎に手をあてたあと、


「おかゆ、食べたいです。あと、ゼリーもあれば、嬉しいです」

「おかゆ……作り方わからないんだが」

「……そういえば、料理したことなかった、ですね。……うどん、ゆでられますか? それくらいなら食べられそうです」

「おう、任せろ」


 藤村の隣で見ていたからな。

 俺は言われた通り、うどんをゆでる。あっというまにかけうどんの出来上がりだ。


「枕元においたらこぼれるか?」

「火傷で殺す気ですか……」

「食べられるのか?」

「なんとか……」


 体を起こした藤村にうどんの皿を渡そうとするのだが、あまり力も入らないのか、不安定に揺れている。


「食わせてやろうか?」

「……お願い、してもいいですか?」

「おう」


 てっきり嫌がるかと思ったが案外素直だな。

 うどんを空中に持ち上げ、さっと振る。


「……なにやってるんですか?」

「いや、おまえのことだ。フーフーってやったら絶対嫌がると思ってな。こう、空気に触れさせることで冷まそうかと」

「自分で冷ますくらいは、できますよ」


 一口サイズをつかみ、彼女の口元に運ぶ。彼女は何度か息を吹きかけ、それからぱくりと食べた。

 ……一瞬、さっとかわしてやろうかと思ったが、本気で辛そうだしやめておいた。


「味付け……そのまま私と同じですね」

「それ以外は作れん。まったく同じのを作るなら任せろ」

「そうですか」


 藤村がゆっくりと食事をしていく。

 俺のベッドは壁際に置かれている。彼女は今、体を起こし、壁を背もたれ替わりにしてなんとか座っているという感じだ。

 そのまま、うどん一人前を食べおえた藤村が息を吐いた。


「……先輩、すみません。着替えってまだありましたっけ? 結構、汗かいちゃったので着替えたいんですけど」

「俺の服はまだあるが、自分の部屋に戻ったほうがいいんじゃないか? 運ぶぞ?」

「……すみません。ちょっと、いまは女子寮で一人でいたくないんです」


 藤村の手は、怯えているのか少し震えている。

 ラブレターの相手は誰かわからないが、女子生徒なのではないか、と思っている。

 下手したら隣の部屋の奴かもしれない。そりゃあ、怖いってもんか。


「それならいいが。さすがにシャワーを浴びるほどの余裕はないんだろ? タオルと一緒に着替えを置いておけばいいのか?」

「……すみません」

「こんくらいは別にな」


 とりあえず、着替えとかは用意しておき、軽く伸びをする。

 そろそろ学校に行くか。やりたいこともあったし。


「氷ってありましたっけ? 袋にでも入れてもってきてくれませんか?」

「ああ」


 氷を袋につめ、口を縛る。タオルでつつんで、彼女に渡した。

 それを首元にあてた藤村の表情が緩んだ。


「ありがとうございます……学校への連絡は――」

「一応、職員室に行く予定があるから、そのときに伝えておくが、おまえからも連絡しておいたらどうだ?」

「わかりました」

「そんじゃ、行ってくる」

「はい……色々、ありがとうございます」

「帰りに何食べたい? コロッケ? 唐揚げ? メンチカツ?」

「そんな、脂っこいもん、食べたくないです……っ。ゲホゲホ!」

「大丈夫か? あんまり声を張り上げるな……体に障るぞ?」

「誰が、原因ですか!」

「そんだけ話せりゃ明日には治ってるだろうな。そんじゃ」


 藤村が休むのなら、好都合だ。さっさと、昨日のラブレターについてかたをつけてしまおう。

 学校についた俺は、職員室へ向かう。俺たちの担任である杉浦先生もすでにいた。まだ先生たちの姿はまばらだ。

 意外と早く来てるんだな。彼女はスマホをいじりながら、余った手でコップを持っていた。


「杉浦先生、ちょっといいですか?」

「どうしたんだ金剛寺? おまえが職員室に来るとは、珍しいな。今日も雨か?」

「べつに珍しくないんじゃないですか? ほら、よく課題で分からないところがあったら聞きに来てるじゃないですか」

「そんな勤勉な姿、一度も見たことないなぁ」


 彼女はココアを飲んでいるようだ。


「朝から優雅にコーヒーでも飲んでいるのかと思っていましたけど、ココアなんですね」

「苦くて飲めん」

「甘いのもあるじゃないですか」

「あの独特な風味が好かん」

「あ、そう。って、先生ふざけている場合じゃないです。いじめですいじめ」

「……なんだ? おまえがクラスでぼっちのことか? 悪いがそれに関してはいじめとは思っていないぞ。おまえが周りと関わろうとしないのが原因だ」

「酷い……じゃなくてですね。これです」

「なんだこの可愛らしい便せんは。まさかおまえ、年上好きか?」

「そうなんです。もう俺の気持ち、抑えきれません!」


 ぴらっと彼女がラブレターを開き、顔を顰めた。


「なんだ、この罵倒の嵐は?」

「あっ、すみません。三十路を追加しておくのを忘れました」

「ほぉ、殺されたいのか?」

「教師が堂々と殺害予告しないでください。それ、夏樹の下駄箱に入っていたラブレターです」

「歪んだ愛だな」

「ツンデレじゃないですか?」

「ツンが過ぎる。わかった。下駄箱……か」

「あそこなら、監視カメラを使えば調べられるんじゃないですか?」

「ほぉ、よく知ってるな」

「まあ、天井とか見ていればわかりますし」

「そうか? あそこはわかりにくいようにしていたはずだが……それで? このラブなレターに気づいたのはいつだ?」

「帰りです。登校時にはなかったですし、昨日藤村は三時間目に外で体育があったみたいです。なので、それ以降だと思います」

「わかった、調べてみよう。これは預かっていいのか?」

「ええ、まあ。証拠隠滅しようとしてもあれですよ? この会話録音していますから」


 スマホをちらと見せる。


「どんな用心深さだ。おまえ、昔教師に隠ぺいでもされたのか?」

「いえ、別に。重要な話をするときはこのくらいしたいので」

「そうか。先生は悲しいぞ、信頼してもらえないなんてな」

「全然、悲しそうじゃないんですが」


 むしろ、嬉しそうに笑っている。

 杉浦先生は肘を机につきながら、さらに笑みを濃くする。


「それにしても、変わったな」

「変わった?」

「おまえが困っている相手を助けるような子だとは思っていなかったからな」

「酷くないですか?」

「そういう場面を見たことがなかったからな」

「他人と関わってこなかっただけですよ。別に何も変わってはいないと思いますが」


 元々、そういう人間だっただけだ。

 俺は努力している奴や、夢に向けて頑張っている奴を見たい。それで、俺も何か、夢とかそういうのを見つけられるかもしれないからな。


 だから、現状に不満を抱え、どうにかしようとする奴にはそれなりに協力的だ。

 藤村や浅沼は俺の考えに一致している人たちだったからな。それを邪魔する奴は許さないというだけだ。

 ……別に藤村だから助けるってわけじゃない。いや、まあ、どうにかしてやりたいとは思ったが、それでも藤村だから、とかは関係ない。


「それと、夏樹が風邪で欠席します。一応、本人から学校に電話を入れると思いますが、伝えておきます」

「風邪だと? 昨日の雨か?」

「ええ、まあそんな感じですね」

「なるほどな。彼氏として、お見舞いに行くのか? 私が付きそって、女子寮に入れるようにしてやろうか?」

「別にいいですよ、たかが風邪なんで」

「おいおい、何を言っているんだ。彼氏として頼れるところをアピールするいい機会じゃないか」


 そうなのか? 別にアピールする必要はまったくないんだが。


「まあ、必要があれば頼みますよ。杉浦先生は、とにかく犯人捜しに力を入れてほしいですね」

「ああ、わかってる。とりあえず、これから監視カメラで調べてもらうよう、警備員に頼んでくるつもりだ」


 杉浦先生がすっと立ち上がり、伸びをする。

 彼女とともに職員室を出た後、俺は教室に向かう。


 俺は教室にも用事があったからな。

 その相手は、五塚と浅沼なんだが……ちょうどいた。


「五塚、ちょっといいか?」


 友人と談笑しているところに、割って入る。

 五塚が少し驚いたようにこちらを見て、それから肘をついた。


「金閣寺? なに?」

「俺に彼女がいることは知っているよな?」


 ぴくりと彼女の友人たちが反応した。一人は気に食わなそうに、一人はさっと顔をそらした。


「まあ、前に聞いたし。藤村夏樹でしょ? あの一年の」

「ああそうだ。昨日、あいつの下駄箱になんか脅迫状みたいなのが入れられててな。犯人とか見てないか?」

「べつに何も知らないけど、なんでそれをあたしに聞いてくんの?」

「いや、おまえ交友関係広いし、夏樹を嫌っている奴とかに心当たりあるんじゃないか?」

「そう思う根拠は?」

「以前、俺に彼女がいるかどうか聞いたことがあっただろ? あれは、周りに教えるためにわざわざ聞いてきたんだろ?」


 そういうと、五塚の目がようやく興味を持ったようにこちらを見てきた。


「へぇ? 続けて」

「お前が俺に好意を持っていないのなら、まず聞く理由が考えられない。そう考えたとき、浮かぶのは五塚の友人、あるいは知り合いの誰か……夏樹が誰かと付き合っているのを疑うやつがいて、そいつに教える意味で言ったんだと思ってな。まさか、実は俺のこと好きだった? そいつは悪かったな」

「いや、全然」


 五塚が無邪気に笑い、それからこちらを見てきた。


「まあ、金閣寺の言う通りで間違いないよ。あたしが声をかけたのはそれが理由」

「だろ? それで、心当たりはあるのか?」

「犯人について? 藤村のこと嫌ってた人が結構いるのは知ってるけど、一応あたしそいつらには伝えてあるんだよね。嫉妬は見苦しいからやめろって。変なことするのなら、友達やめるからって」

「……こえぇな」

「だって、好きな人がいたら正々堂々奪い取るほうがいいに決まってんでしょ?」

「男らしいな。その考え方には同意だ」

「でしょ?」


 五塚は楽しそうに笑い、


「あたし、ちょっと興味出てきたんだけど」

「なんだ犯人捜し手伝ってくれるのか?」

「ううん、そっちじゃなくて、あんたに」


 五塚がこちらを見てくる。


「なんだそりゃ」

「今までにいないタイプの男だから、面白そうだなって思って。色々聞いてもいい?」

「色々、か。それじゃあ一つ教えてやろうか」

「なになに?」

「俺の名前は金剛寺だ! そんじゃあな!」


 びしっと指をつきつけてから、浅沼のもとに向かう。


「浅沼、お前にも聞きたいことがある」

「な、何かしら……?」

「さっきの話聞こえてたろ?」

「ええ」

「おかゆの作り方知ってるか?」

「まるでつながりが見えないのだけど!」


 それでも浅沼は一応、教えてくれた。

 とりあえず、犯人はわかったな。俺と五塚が話している間、気まずそうに顔をうずめていた五塚の友人がいた。

 名前は佐伯さえきあかね。五塚の取り巻きの一人だ。


 『脅迫状』と聞いた瞬間、表情が露骨に変わった。

 それからの表情の変化はわかりやすい。周りの顔を見て、それと同じ表情を浮かべようとしていた。

 

 嘘を隠しているのが丸わかり……あいつが、犯人で間違いない。

 あとは、証拠さえあがれば終わりだ。

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