第二十五話 盾
「あんな言い方されて、じゃあ前田先輩と付き合います、ってなる人がいると思っているんですかね?」
「引っ込みがつかなくなったんだろ。それだけ思われていたってことじゃないのか?」
例え、周りを蹴落としてでも自分のモノにしたい。
そういうことではないのだろうか?
「そういうの、嫌いなんですよ」
藤村の不機嫌メーターがたまっていく。先ほどのラブレターの件もあるし、彼女は出来る限り穏便に物事を済ませたいんだろう。
だから、俺とも付き合っていることにしているんだしな。
「人の欠点は目につきやすいし、誰かをバカにするほうが会話って楽じゃないか?」
バカにする、とまではいかなくとも、からかう程度のやり取りでもな。
「けど……あの言い方はやりすぎです。先輩は、何も思わないみたいですけど」
「まあな。俺のこと話してたの? って気分だぜ」
「……凄まじいですね」
「特に興味ないからな。物理的に傷つけられたら、そりゃあこっちもやり返すが、たかが耳から入った言葉だろ? 右から左に流れるだけだっての。そんなの気にするだけ無駄だ」
他人の言葉にいちいち反応してたら疲れるってんだ。
「それでも、私は聞いていて気分よくなかったんですっ。どうしたらああいうのがなくなると思いますか!?」
ゼロにするのは難しいだろうが、減らすことはできるかもしれないな。
俺にまったくもって魅力を感じないからこそ、校内の人たちは藤村が変人では? みたいな評価をするのだから、魅力を見せられるよう、周りに関わっていけば多少は減るかもしれない
面倒だからそんなことはしないし、提案もしないが。
ぷんすか怒っている藤村が、はっとしたように前を見た。
「先輩、凄い勢いで車が来てます!」
近くには水たまり。
俺は即座に藤村の腕をつかむ。
「夏樹、盾になれ!」
「先輩がなってください!」
「うぉ!」
無理やり引っ張られ、車がびゅんと走っていき俺の体が濡れた。
あの運転手め、通報してやろうか。ナンバーと車種は覚えたからな。次あったら、覚えとけ。
「先輩、今堂々と私を盾にしようとしましたよね」
藤村がジト目を向けてくる。
「いや、ほら……よく漫画であるだろ?」
「逆ですね」
「心は乙女なの」
「……先輩、本気なんですか?」
「あっ、傘持ったまま引くな! 濡れるだろ!」
藤村を慌てて追いかけ、傘に入る。藤村は楽しそうに笑っていた。
男子寮についたのはそれからすぐだった。
中が繋がっているため、ここから女子寮に行けばいいだろう……と思っていたのだが、藤村は部屋までついてきた。
「先輩、結構濡れちゃいましたね」
「俺のほうがな」
盾にしやがって。藤村は苦笑しながら、上着を脱ぐ。
「早く風呂入ってきた方がいいんじゃないですか?」
「おまえ部屋に戻らないのか?」
「……えーと、まあ、その」
藤村の表情は少し冴えない。……さっきの手紙もあるしな。今すぐ一人になりたくないのかもしれない。
「それなら、先に入ってきたらどうだ?」
「……いいんですか? なんか今日の先輩優しくて凄い怖いんですけど」
「たまには人の好意を素直に受け取れ」
「けど、先輩に風邪ひかれるのも困るんですよね」
こいつもなんだかんだ今日は優しいな。
藤村は口元に手をあて、からかうようにこっちを見てくる。
「なら、一緒に入ります?」
「いいのか?」
「だ、ダメに決まってるじゃないですか! タオル用意しておいてください!」
彼女は逃げるように風呂場へと向かう。
俺は、先ほど藤村を盾にするときにさっと盗みとったラブレターを取り出す。
「さて……」
俺はそれを開き、中の手紙を見る。
『死ね ブス 消えろ』
随分と愛がこもっていることで。
書きなぐったような文字がそこには書かれていた。
この手紙に付着した指紋でも調べれば、誰が犯人かはすぐに特定できそうなもんだがな。
ただ、現実的じゃないな。
他の手段でいうと……確か、監視カメラがあったか?
校内には、監視カメラがあったはずだ。一度、校内で迷子になったとき、守衛室にたどり着き、警備員に案内してもらったことがある。
記憶をさかのぼる。確か部屋は和室。そこは住み込みができそうなほど落ち着いた場所だった。昼休みに貸してほしいと思ったな……ではなく。
いくつかモニターがあり、その一つに生徒用玄関を映すものがあったはずだ。
校門、そして生徒用玄関などの入り口は、特に監視カメラが多く設置されていたはずだ。
内部の監視カメラは、すべて天井に埋め込まれるように隠されていたはずだ。
校内での陰湿ないじめなどを見逃さないため、とかなんとか。だったら、体育館裏で脅された生徒がいるんだから助けてほしいもんでもあるがな。
たぶん、どこかしらのカメラが捉えてくれているだろうとは思うが、だからなんだ? で終わってしまいそうな気がする。
カメラについては学校案内にも載っていたな。よく読み込んでいれば生徒も知っているはずだ。
だから、映っていない可能性もある。逆に、カメラの存在を知らなければそこで犯人捜しは終わりとなる。
教師に頼み、今日の登校後から調べてもらえばすぐに見つかるかもしれない。
第一、校内のカメラはあちこちにある。犯人を特定できなくとも、ある程度絞り込むことはできるだろう。
職員室に行く必要があるな……めんどくさ。
けど、藤村が俺と付き合っているのは、こういうのを防ぐためだったはずだ。
となれば、これは俺のミスでもあるか。
俺がもっとこう……他人の嫉妬を集めないような人間ならどうにかなっていたかもしれない。
「藤村、タオル置くために中入っていいか?」
返事はない。ただ、シャワーの音はしているから問題ないだろう。
俺は扉を開け、タオルをさっと置いた。
それからすぐに退散し、リビングに寝転がりながら電子書籍を見ていると、藤村がやってきた。
リビングの入口でそっと顔だけを出す。
見たところタオルしか巻いていないようだ。
「先輩、すみません。着替えありませんか?」
「そういや、忘れてたな。俺ので良かったら貸すが」
「それでいいです」
「下着はどうする? トランクス履くか?」
「洗濯機回しましたので、乾くまで待ちます」
「それまでどうすんだ?」
「い、言わせないでくれますか!?」
彼女の目が吊り上がる。
ぶっ飛ばされる前に、風呂へ向かうと、呼び止められた。
「先輩……その、さっきのラブレター知りませんか?」
「なんだ? なくしたのか?」
「……みたいなんですよ」
「落としたんじゃないか? 帰り道、雨に気をとられてたし」
「そう、ですかね」
「大丈夫か? 時間とか待ち合わせ場所とか覚えてるのか?」
「それは……大丈夫です」
「なら別にいいんじゃね。勘合貿易みたいに、合わせて本人と証明するわけじゃないんだろ?」
「そう、ですね」
藤村のラブレターは俺が預かったからな。一応教師に相談するときに物的証拠があったほうがいいと思ったのだ。
「先輩、何か食べたいものあります?」
「食えるものならなんでも」
「それ困るんですけどね。それじゃあ、簡単に作っておきますね」
藤村がキッチンへと向かい、俺は風呂へと行く。
リビングから出ようとしたとき、
「……すみません、先輩。今日泊まっていっていいですか?」
「俺の寝る場所は?」
「……私、床でもいいので。お願いします」
ちょっと声に元気はない。
ちらっとキッチンにいる藤村を見ると、元気のない様子だ。
……ったく、調子狂うな。
「一応寝袋があるから俺はそれで寝る。ベッドはおまえが使えばいい」
「……どうしたんですか今日は。熱あります?」
どうしたのとはこちらが聞きたいのだが、今は黙っておいた。
「俺基本優しい人間なんだが? 浅沼にもだいたいこんな感じだったろ」
「……そういえば。じゃあなんで私にはいつもあんな態度なんですか!」
「そりゃああれだ。売り言葉に買い言葉よ」
それだけいって俺は風呂へと向かった。




